僕の世界は零細で

 力なく掴んだ冒険譚サイファに込めた切な願い。それはただただ、純粋に感じた心情だった。


 ————死にたくない。


 たった六文字で表せる言葉。誰しも人間が抱いて当然の感情。それは冒険譚に届いたのだろうか……。


 それさえ分からない程辺りは光に包まれていた。


「この光……君、一体何を………」


 奥でエドが驚嘆を零す。先程の様な余裕を含めた口調とは変わり、焦りを感じた声音で。


 それを聞き終えた刹那、俺の意識は何も無い空間に吸い込まれたような気がした。


『————あいつを倒したい? 』

『————二人を守りたい? 』

『————強くなりたい? 』

『————まだ生きたい? 』


 浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す誰かの質問の最中。俺は一つ、たった一つだけ頭に浮かんだ答えを述べる。

 全てに対して肯定を含む意味と捉えるように。






『ああ。だから…………少しでいいから力をくれ』


『ふふっ、強欲だね。いいよ、叶えてあげる』


 その言葉の主は誰だったのか。ティアか、エナか、あるいは冒険譚そのものなのか。しかし、そんな事は今の俺にはどうだって良かった。

 何処と無く聞こえたそんな言葉が俺の耳を駆け抜け、俺は全身を巡る魔力を理解する。先程迄微塵も感じられなかった感覚。ただ、今なら分かる。この感覚が。この魔力が。目の前の敵への鋭利な刃へと変わることを。


「フェオッ!」

「フェオさん!」


 ふと、背後の二人に呼ばれ俺は意識の覚醒を感じた。

 とりあえず徐に起き上がると、今しがた触れていた冒険譚を拾い直し眼前に佇む悍ましい獣を見据える。後ろでは俺を呼びかけたティアとエナが体を寄せ合い怯えた様子で縮こまっていた。


「君の魔力量、大幅に膨れ上がっている……一体、何が……」

「さぁな。俺も何が起こったのかわからん」

「冒険譚、による物かな……? 」

「かもな」

「まぁいいや。くはは、ますます面白くなる事には変わりない。本当に、退屈させてくれないねぇ」


 エドは高笑いを含め、俺を悠々と罵る。その言葉の意味。それは先程迄の自分なら痛いくらい痛感させられていただろう。弱く、醜く、まるで無くしていたパズルのピースの様に『雑魚』と言う言葉が当てはまるのだと。そう自覚出来ていたのだから。


 けれど、今の俺は違う。エドに何を言われようと、どれ程蔑まれようとも前を向けた。

 理由は分からない。けれど、理由など要らないと切り捨てる事は出来る。

 受け取った魔力の使い方、制御の仕方など到底分からない。けれど、結果を求めるためにそれを行使する事は出来る。


「さて、増大した魔力。どれ程の物になったのか確かめてあげよう」


 そう言うと、エドの体は勢いよく地面を跳ねた。大きな肉体から鞭の様にしなる腕が俺の顔面へと迫る。その時間、秒にして一秒足らず。獣でさえ出すことの不可能な速度。視認はできた。ただ、避けることはできない。ならば、どうするか。


「『顕現フェクション』。」


 脳天を抉られる寸前。先程得た力、それを行使するための言葉を紡ぐ。

 すると、魔力が体を伝い外側へと溢れ、光を帯びた魔力が障壁のように俺を覆った。

 それはエドの腕を容易に受け止めると、遥か後方へと弾き飛ばす。勢いを失ったエドの体は為す術なく背後の黴臭い壁へと衝突した。辺りが壁の崩壊により、砂埃に包まれる。

 俺の意識下での操作。この威力を確認し少し実感出来る気がした。


 ————これならば勝てる、と。



「何だと……? 」


 体を前のめりにし、晴れた粉塵から身を現すとエドは驚嘆を投げかける。先程まで蹂躙していたはずの相手に攻撃をいなされ、更には弾き飛ばされたのだ。戸惑って当然だろう。

 ただ、俺の力はそれまででは無い。

『顕現』。そうして現れた魔力の障壁は少し収縮すると、俺の肩、腕と順に交差する様流れていき、最後に手へと集まった後、複雑な形を為した。


 出来たものは、銃。それは魔法、魔術の発展した今、使われる事など余り無い過去の代物。その原始的な構造を用いること。それこそが俺の受け取った能力。


「————ッ!! くはははは!! 面白い!面白いぞ!! あの古本にはそんな力があったのか……!」


「らしいな」


 エドの言う通り、俺はレベルアップを遂げたはずだ。ステータスは確認の仕様がないが、実感はある。

 エナやティアでさえ完封されてしまったのだ。そのエドに引けを取らないとなるとどれ程のものか。計り知れない。


「これで対等、などと思わないでおくれよ! 僕はまだ力を出し切っていないんだ!!」

「知ってるよ。……俺もだからな」


 言い終えた寸前、俺とエドは同時に足を踏み込み距離を詰める。

 右手に掲げた銃。それに込められた弾丸はたったの一発。元より顕現させた時から込められていた。魔力量の問題か、はたまたそれ以外の問題か。理由は分からない。しかし、弾数が少ないならば確実に当てれば済む話。肉弾戦へと持ち込み、必ず当てる。


「死ね」


 エドは言葉を発すると先程の如く右腕を振りかざす。

 銃へと変形した為、魔力障壁はもう出せない。俺は体を捻り、右方向へと足を踏み込む。そのせいかエドの右手は狙いを外し勢いの余り地面へと落下。拳は地面を余裕綽々と貫き、エドの腕は地面に刺さる形となった。


 今撃つべきか……? 少しの考えが俺の脳内を過ぎる。しかし、エドの表情を確認し、即座に否定を促された。


 ————笑っている。どこか戦闘狂を思い浮かべる様な笑み。理解が出来ない。やるか、やられるか。その狭間の最中、エドは笑みを浮かべている。


「いいねぇ。反応出来てるじゃないか……!ならちょっとばかり本気を出させてもらうよ」


 刹那、眼前で笑みを浮かべるエドが視界から消えた。


「————ん? こっちだよ?」


「————ッ!!」


 突如、背後に現れ、エドは俺の後頭部を勢いよく蹴り飛ばす。魔法による存在の阻害。それがエドを視認できなかった理由————ではない。

 見えた。一瞬ではあったが、エドが俺の背後へと周りこむ瞬間を。エドは地面を移動していた。単なる加速だったのだ。


 俺が受け取った力。それは魔力をこの銃へと変形させるというもの。どれ程の威力が出るのか、初発まで分からない。それでも一度、銃を成す前にエドの攻撃を弾いたのだ。魔力の力をそのまま受け継ぐならば銃自体の能力は高いのものだと自負できる。しかし、言ってしまえばそれだけ。魔力を得て遂げたレベルアップでは身体に与える影響は無い。概ね身体を強化しているだろうエドと、何も無い俺とでは肉弾戦の実力に雪と墨ほどの差があった。


「クソッ……」


 遠のく意識を無理やり戻し、エドを振り返る。悠然と佇むエド。そいつに銃身を向けることさえまだ出来ていない。


「その銃……使わないのかい? 冒険譚で得た能力なのだろう? 」

「お前がわざわざ当たりに来てくれるなら使ってもいいがな」

「成程。……精々頑張ることだ、ねッ!!」


 エドの第二波。地面を跳躍し、距離を詰められる。

 やはり、背後にエドは回っていたようで、知覚した頃にはもう遅かった。鋭い爪を振りかざされ、背中に電撃が走るような痛みが流れる。


「フェオさんッ!」


 背中を伝う紅色の血液。

 エドの一撃は幸い掠った程度————などでは済むはずもなく。流血の状況から、至急止血した方がいいと分かる。


 ただ、エドがそんな時間をくれるはずがない。


 距離を取りつつエドの第三波に注意を払う。

 厄介極まりない攻撃手順は単純シンプルかつ凶悪だった。


 ————勝ち筋。それを握るのはこの銃なのだろう。レベル至上主義と銘打たれた理不尽な世界の中、弱者である俺が強者である敵と対等に事を運ぶ。などということは到底無理だ。

 ではどうするか。

 答えは自分でもわかっている。


 ————何かに頼る。


 今までの戦闘。その勝利は全てティアやエナに頼って得た。つまり、それこそ弱者が強者に勝つ方法なのだ。現在、エナやティアはこちらを心配する様に見つめている。ただ、それだけ。かといって無理やり協力を迫ればティア達に被害が及ぶ恐れがある。

 この状況下で俺が今縋るべき物。それは必然と決まっていた。


「ねぇ……ッ!もっと反撃してくれないか」


 鳴り止まぬ猛攻。辛うじて瀕死は免れているがそれでも俺の体は限界に近い。


「————ッ!!」


 エドに腹部を蹴りあげられ、吸い込んでいた息が肺の底から押し出される。難なく吹き飛ぶ俺の体はエドの少し先の地面へと叩きつけられた。


 倒れ込む形で地面に俺は身を寄せる。首筋が地面へと接触すると、首筋から火照った体温が地面へと移る。痛みに意識を持っていかれ、手は力を入れることすら叶わなくなった。唯一機能している目はこちらを見下す様なエドの脚部付近を眺めることしか出来ない。


「はぁ……。流石に君、飽きたよ。何もしてこないし、出来てない。魔力が膨れ上がったと思ったら君は大して強くなってない。凡そその銃が脅威なのだろうけど……」


「…………」


 何も言えなかった。否、喋れなかったと言っていいだろう。言葉を発することさえ億劫な状況。更には俺の視界に移るもの、それに意識を向けていたのだから。


「沈黙、か……。まぁ、もういいや。終わらせてあげるよ。痛いのも嫌だろ? 」


 そう言い終えるとエドは俺に近づいてくる。先程同様の速さはなく、一歩、また一歩と地面を踏みつけて。

 俺を煽るためなのか。はたまた自分が勝っているという自尊心に浸っているのか。

 ただ死を待つだけの俺には知る由もない。


「フェオ!」


 エナの俺を呼ぶ声が響き渡る。刹那、俺の眼前を二つの足が立ち止まった。俺を助けるため、自らを危険に晒してなお、エドの前へと立ち塞がったエナ。無論、そんな事ではエドは止まらない。更にいえば俺までの道中を阻んだティアをエドは先に攻撃するだろう。


「ほう。自ら殺されに来るとは。フェオ君……だっけ? が頑張って僕を君たちから離してるって言うのに……。少しでも長く生きれる時間を無駄にするんだね。残念だなぁ 」


「く、るなっ……! 逃……ろっ!」


「フェオに……手を出すな!フェオは僕が守る!」


 俺を守るため、とエナは手を広げてエドを見据える。

 臭いセリフなど要らない。逃げて欲しかった。出入口はなくとも、必死に抗って欲しかった。俺と言う人間が死んだところで誰一人損をする訳でもない。ただ、エナやティアは違う。高い能力、端麗な容姿。それらはどこに行ったって腐ることは無い。更には関係でさえも。俺には切り捨てた物。そんな薄かった物をゼロにした俺とは違う。周りの人に信頼されて尚深まる関係をティア達は持っているのだ。


 これ程無力な自分がとても嫌になる。能力を得た所で使い切れていない自分に腹が立つ。


 そんな自分を信じられないから。

 そんな自分を許せないから。


 ————俺は一つ覚悟を決めた。


 そんな意図を察してか、俺の触れている辺りの地面に赤く文字列が並ぶ。


「さてと……。君みたいな可愛い娘に手を下すの些か抵抗はあるけど……まあ、仕方ないか」


 エドはそう言うとエナへと徐に腕を振るう。怖さからか、目を瞑った様子のエナには避ける術はない。


 エナを助け、ティアを守り、エドを倒す。少なくとも、俺は全てを熟したい、とそう言う。しかし、それはとても安易ではない。弱さ故に出来ない事柄。

 ただ、今ではどうか。冒険譚の質問に全てを肯定する意味。『力を下さい』と。俺はそう唱えた。そうして得た力。

 例えるなら『願いを一つ叶える』と言う事象に大し、『ならば願い事を増やしてください』と答える様に得た力。


 今こそ願いを叶える時では無いのかと。その思いは俺の勇気を、魔力を、鼓動を、全てを。一撃を放つ力と変えた。


 エドの攻撃がエナの頭部を抉る寸前————。

 引き金を引いた俺の銃弾はエナの心臓諸共、エドの頭部を貫いた。











零細な一撃リジストレイター』。















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