僕の世界は唐突で

 重く響く幾数もの足音と酷く煩い金切り声。それらは逃げる俺達を追うように背後へ刻一刻と近づいていた。


 その正体はエナが拘束し、撃ち殺した一体のトーリスが呼び寄せた仲間の群れ。この幾数に抗える筈がない。やはり、先程の戦闘で確信した。ダンジョン内の魔物はレベルが違う、と。エナにティア、二人のレベルは格段的に高い。だが、余りにも少ない戦闘経験からその力を上手く扱えていないのだ。対して俺はどうか。戦闘経験、少なからずティアやエナよりかは多いはずだ。それは過去の汚職の賜物。


 ————しかし、魔物達と対峙するには如何せんレベルが低いのだ……。


 それは俺が操作することの出来ない天命。反応さえ出来れど、やはり柔な肉体、思うように命令することの出来ない神経、それらはどうにも戦闘の足を引っ張っている。


「フェオ!前!」


「————ッ!」


 唐突に呼ばれ気がついた。俺達が今駆けている道。その先に視界を覆うよう聳え立つ壁が現れたことに。


 ————行き止まり。それは俺の死を宣告するには充分だった。壁との距離が手を触れられる所まで俺を含め三人が集まる。

 振り返ると、こちらへと距離を詰めるトーリスの群れが確認出来た。このままではものの数秒程度で追い詰められるだろう。


「あ、あの……。私に任せてくださいませんか?」


 ティアが徐に口を開く。


「……何か策があるのか? 」

「策、という程のものでは無いのですが……」


 そうティアは言い残すと、俺とエナの眼前に立つ。

 俺達を追い詰めた、そう言わんばかりに減速するトーリスの群れ。それらをエナ同様、恰も余裕の表情でティアは見つめる。


 トーリス達がティアと目と鼻の先程の距離まで近づいた後、ティアが手を眼前の地面に向けて何かを呟いた————

 その刹那、理解し難い言語の綴られた赤い印が壁の左右、端々に一線を描く。


「あれ……………」


 俺が抱いた既視感。それはティアの戦闘方法に対してだ。

 この世界では誰しも持っている魔力。それを詠唱によって変換し、形に変えるのが魔法だ。逆に、詠唱を用いず、印を刻み形に変えるのが魔術。力の関係で言えばやはり、手順や代償がかかる分魔術の方が上。


 ただ、先程のティアの行動。

 ————詠唱し、印を刻んだ。

 魔法と魔術、似ても似つかぬその存在を融合させている。


 以前のオークの戦闘の際、ティアが発動させた魔法、『付呪タラント』。その時も俺自身を印が覆った。


 ティアはレベルだけでなく、その行動さえ異常なのだ。


「「「キチチチチチチッ!!」」」


 トーリス達が立ち尽くすティアに向かって鋭い鎌を振り下ろした。

 ティアには避ける術はない。俺でさえ反射的にのみ躱せた攻撃。幾らレベルが高いとはいえ明らかにそれはティアに直撃するだろう。


「ティアッ! 危————ッ!」


 俺は動いた。手を伸ばした。感情、そんなもの要らない。任せてくださいと言っていたティア。だが、そのティアに危険が迫っているのだ。守らざる負えないだろう。

 ————ただ、俺のその判断は少し遅かった。





 一体のトーリスの攻撃がティアの頭部を貫く————————はずだった。

 刹那、爆風が吹き荒れる。

 爆ぜた。そう言うと当てはまるのだろう。そこでようやく理解する。ティアが先程成した印。その上部に触れたトーリス達は体ごと吹き飛んだ。つまり、設置魔術をティアは仕掛けたのだ。能のないトーリスが起動することを加味して。


「————終わったの、かな……? 」


 砂埃によって少し埃かぶった様なエナが俺の腕にしがみつき尋ねてくる。

 聞く主は俺じゃないだろうに。


「ええ、多分。————ですから安心を」


 ティアが止んだ風塵の中現れ、そんなことを告げる。幸い、ティアに外傷は見受けられず無事なようだ。

 安心した。と、同時に少し驚嘆の感情も抱く。


 ここに至るまで、俺とティアが出会ってからティアの活躍はあまり見られなかった。『付呪タラント』によるサポート、確かにあれがないとオークに勝てなかった。しかし、それが言えてやっとだろう。

 更にいえば、小枝を踏み、襲われる原因を作ったのはティアだ。活躍と言ってもそれを鑑みればマイナス。


 ただ、今回に関しては違う。追い詰められたこの状況。それを覆したのはティアだ。エナにもトーリスの軍勢を吹き飛ばすことは容易だっただろう。しかし、エナの得意とする魔術。それは少なからず時間を有するとそう聞いている。ならティアの異常な魔法。印を刻み、その威力を増してなお早く顕現できるあの魔法の扱い。それがないとあの状況を打破することは不可能だっただろう。


「もう! エナさん!」


 ティアは徐にこちらへ近づき、俺にしがみつくエナの手を掴んだ。エナはそんなティアを狂犬のような顔立ちで睨みつける。


「何してるんだ」

「もう……。————僕のだよ? いい加減にして」

「貴方のではありません!」

「何の話だ」

「いえ、フェオさんには関係ないです」


 そう言ってエナを俺から引き剥がすとティアはにこりと微笑みを向ける。要するにこれ以上踏み込むなと言うことだろう。何故か少し鳥肌が立った。


「まぁ、いいや……。帰ってからね、フェオ」

「帰ってからもさせません!」


 二人の会話、何処と無く何かの対象を取り合っているような表現。


「はぁ……。ティア、今回は助かった。けど、お前らはもうちょっと気を張れ」

「痛ッ!」

「痛いです……」


 一度、言い争う二人に灸を据える様、手刀で軽く頭を叩いて置いた。

 敵を倒し終えたとて、ここはダンジョン内。言わば死線だ。いつ敵が現れてもおかしくない。緊張を解くのは危険すぎる。


「さて、冒険譚サイファ探しを続行だ。逃げる時横道に逸れたが…………。とりあえず道沿いを歩くしかないな」


 松明が灯るも薄暗い通路。その通路は前後、直線に広がっていた。迷宮ダンジョンとは言ったものの、見る限りそこまで道が枝分かれしてはいない。ならば道沿いに進むのが妥当だろう。


「冒険譚、何処にあるのでしょう」

「さぁな。行き当たりばったりで見つけるしか無いんじゃないか? 」

「でもそれだと時間かかるね……。全く、お腹すいちゃうよ」

「それくらい我慢しろ」


 通路沿いを歩きながらそんな他愛ない会話を何度か繰り返す。ふと、トーリスの群れを倒した所から数百メートル程進んだ所、眼前に大きな扉が現れた。入口の扉とはうって変わり鉄臭い金属で出来ている。縁には錆びたように変色した赤い部分が疎らにあった。


「なんでしょう。この扉は……」

「ふむ。とりあえず入るか」


 重々しい扉に手をかける。その際、気がついた。————軽い。余りにも。見た目とは異なり押せばつっかえなく開くだろう。例えるなら誰かがリビングへの扉の様に。


「————ちょっと待って!」


 俺が勢い良く扉を押そうするが、瞬間、エナの糾弾によって静止される。

「どうした」

 扉から手を離し、焦りの滲み出る様な表情のエナに耳を傾ける。

「この扉の奥かな。魔力の量が異常だよ。それこそさっきのトーリスなんて比べ物じゃない……」

「————ッ!」


 新たな敵、そう考えざる負えない。更にはエナの身を詰める様な発声。それはこれから対峙するであろう敵の脅威さを表していた。

 必然的にため息が出る。


「二人共、慎重にな」

「ええ」

「分かった」


 二人の返事が同じ意味を為して重なり、それを聞いた所で俺は再度扉に手をかける。


「じゃあ、行くぞッ!」


 一声。俺はそう叫ぶと重々しくも軽い扉を勢い良く開いた。すぐさま顔を前へと向ける。その目に映ったのは先程と明るさ、景色、それらの余り変わらない部屋だった。エナの言葉に沿うように敵の位置を探るため、辺りをくまなく見渡す。


 すると、この一室の奥、揺り椅子に腰掛け読書に勤しむ男性らしき人影が俺の眼に映った————。






















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