05 悪童ボーダー?



 目が合うなり、輝良人きらとの方から近づいてきた。

「よっ」

 片手を上げて挨拶してくる。今朝は機嫌がいいらしい。

「どうした。何かいいことでも?」

 昨日はあれだけ不機嫌にしていたのに、どういう風の吹き回しだろう。


「おぅ。昨日あれから練習行ったんだけどよ、コーチから話があってな」

「何の?」

「強化指定選手に決まったって」

「マジか!? おめでとう!」


 輝良人はスノーボード・ハーフパイプ競技の選手だ。海外のエクストリームスポーツ界隈ではそれなりに顔を知られた存在らしく、去年は国際大会で上位入賞を果たしたと聞いている。そんな彼をオリンピックのメダル候補と見るのは当然で、この度それが正式に決まったというわけだ。


「ま、次の冬季オリンピックを楽しみにしててくれよな」

 この前向きさが輝良人のいいところだと俺は思っている。機嫌が悪い時の態度がイメージとして定着してしまっている彼だけど、先入観なしに接してやれば実はいい奴と言えないこともない。


「で、その髪はそのことと関係あるのか?」

 髪を黒く染めたのは、反省の意を示す為じゃなさそうだ。

「ああ、これな。コーチから言われてよ。今後は注目されることが多くなるから、今までみたいな無茶はするなよって」


 そういうことか。強化指定選手に選ばれた以上は、マスコミからの取材も多くなる。そんな時に、周りから非難を受けるような言動があれば、すべてを白紙にされかねない。コーチは、やんちゃなところのある輝良人に釘を指したのだ。その忠告を受け入れて、彼は髪の色を改めたんだろう。


「でさ、外園ほかぞのにはちょっと頼みがあってよ」

 輝良人が小声になる。

「昨日の件さ、俺の疑いを晴らして欲しいんだ」

 確かに、犯人扱いされたままじゃ彼の今後に悪影響が出そうだ。


「お前、真中まなかと仲いいだろ? あいつなら俺が犯人じゃないって分かるはずなんだ」

 一流は一流を知るってことか。輝良人は繭由まゆゆに一目置いているらしい。

「お前から頼んでくれたら助かる」

 元々、繭由はこの事件の真相を知りたがっていたから丁度いい。こちらとしても、輝良人の話を聞きたかったので渡りに舟だ。


「おやすいご用だ」

「サンキュ」

 彼が口の端を吊り上げる。それを合図に、俺は切り出した。

「じゃあさ、昨日の体育の時間で、何か気づいたことは無いか?」

「気づいたことか……」

 輝良人は顎に手をやり、少し考える。


「俺が一番最初に教室戻ったことは知ってるよな?」

「うん」

「実際は俺一人じゃなかったんだよなぁ。一緒に歩いてた連中がいたんだよ。そりゃタイミング的には俺が一番だけど、次に入ってきた奴より一、二秒早いだけだぜ?」


 なんだ、そうだったのか。『輝良人が最初に教室に戻った』という情報だけが一人歩きしてたみたいだ。彼の言う通りだとしたら、財布を盗んで何処かに隠すのは無理に思える。


「なんでもっと早く言わなかったんだ? それで疑いは晴れるだろ」

「いいや、あの『お嬢』がそれだけで納得するわけないだろ。真犯人を捕まえたほうが早い」

 輝良人の表情が険しくなる。綾小路あやのこうじさんから疑われたことを、まだ根に持っているようだ。


「で、他には?」

 先を促すと、輝良人は何かを思い出したらしく口を開いた。

「廊下の窓が開いてたな、そういや」

「どこの?」

 輝良人は教室の外を指差す。

「そっちに、一年生の教室へ行く廊下があるだろ? そこの窓だよ」

 俺は二階の間取図を思い描いた。後で確認しておこう。


「何で気づいた?」

「廊下がやけに寒いなって思って探したら、そこの窓が開いてた」

「ふむ……」

 これが繭由の言う『僅かな変化』というやつだろうか。誰が何の為に窓を開けたんだろう?

「あっ、そうだ!」

 ポン、と輝良人が手を打つ。


「途中、授業を抜けた奴いたじゃん」

「そうだっけ?」

 俺の確認ミスだろうか。だとしたら、一番怪しい人物を見逃していたことになる。

「誰?」

 聞くと、輝良人は教室の最前列を顎で示した。


鷲尾わしおだよ」


 彼女は今日の日直らしい。ホームルームの開始を告げるチャイムと同時に、凜とした声で号令が発せられた。

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