05:逃避行の始まり


 わたしは仮眠から目を覚ました。目を擦りながら身体を起こそうとしたが、何故か身体が地面から浮いていることが不思議だった。

 ゆっくりと目を開けるとそこにいたのは……


「え……な、何をしているんですか!?」


 どうやらわたしは彼女……「シャルル」にお姫様抱っこをされていたみたいだ。

 ちゃんと見張ってたのかと不審に思ったがそれ以上に恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた……


「ちょ……お、降ろしてくださいっ!」


 顔を赤くしながらそう叫ぶと彼女は何も言わず丁寧にわたしを降ろした。

 ああ、恥ずかしすぎて気持ち悪くなってきた。でもそんなことは頭の片隅に置いておこう……


 問題なのはこれからどうすればいいか、だ。ここで隠し通せるのか分からない……「マヤの兵士」は今も行方不明になった兵士や裏切り者を探していることだろう。こんな洞穴に留まっていたら袋の鼠だ。


 考えた末にわたしは外に出ることにした。そんな行動を見て、彼女も後をついて来た。仕方ないとはいえ……正直いい気分じゃない。まるであの頃の自分を見ているかのようだったから――


「洞窟の中だったからわからなかったんですけど、もう昼を過ぎていたんですね……」


 外を出てみると太陽は真上で輝いていてわたしは思わず顔の前に手をかざした。ずっと暗い場所にいたから、いつもよりも明るくて眩しい……。

 その一方でわたしについて行く彼女は相変わらず無表情で、眩しがる様子はなかった。ただ……わたしを見つめるだけだった。


 ダメだ、色んな意味で分かりあえない……わたしはやれやれと頭を押さえるけど、解決できない問題を考えても仕方がない。わたしは辺りを探索することにした。


「そういえば、わたしたちが落石を受けたのは夜中でしたよね」


 わたしが振り向くと、彼女は頷いた――答えは「はい」。確か手を繋いだ状態でこの道を……わたしたちは落石が落ちたであろう道へと戻った。


「…………!」


 わたしの覚えている道まで たどり着いた途端、彼女の動きが止まった気がした。


「……どうしました?」


 不審に思って振り向くと、先ほどと様子が違うことに気づいた。明らかに苦しそうに息をしていて、胸を強く押さえている。表情は変わらないが、どう見ても人形の反応じゃない。まるで感情があるかのように見えた……

 何かがある、わたしはそう思ってシャルルに問いだした。


「もしかして……何か知っているんですか?」


 意図が伝わっていないのか、彼女は首をかしげる。

 口が利けない以上どうやって訊こうか……わたしは悩んだが、近くに破片が落ちていることに気づいた。

 ……何かを閃いた気がする。わたしはとっさにそれを拾い、彼女に差し出した。


「わたしが気を失っていた間に何が起きたのか、ここに描いてくれませんか?」


 彼女はコクリと頷き、破片を受け取った――


 言葉が通じない時や口述での説明が困難な時に最も効果的な意思疎通の方法……それは「絵」だ。絵で説明してもらえれば分かるかもしれない。

 それに今の彼女はわたしの言葉を受け取ってくれる。こちらからお願いすれば容易く応じてくれると思った、わたしの見込みは間違っていなかったようだ――

 彼女は土の壁を削るようにして絵を描く。その範囲はかなり広く、詳しい詳細も描写されていた。


 数分後……彼女は全てを伝えきる形で描き終えた。いくつもの絵から、わたしは彼女が伝えたい意図を読み取る。


 1つ目は2人の棒人間がいて、お互いに手を繋いでいる。

 2つ目は一方(以下A)が片方(以下B)を押して、落石を代わりに受けた。


 ここまでは一応わたし自身も覚えている。その先を見てみよう。


 3つ目は倒れているAの傍にBが近寄り、起こそうとしている図。

 4つ目はAを抱えているBの図。

 5つ目はそんな2人が洞穴らしきモノを見つける図……

 6つ目は眠っているAに対し何かをするBの図……Bの横に描かれた十字は多分、救助を意味しているんだと思う。


 ……ん?この2人は一緒にいて、一方が倒れて、もう片方が彼を助けて洞穴に連れてきた……それはつまり、わたしがあの洞穴の中で目を覚ましたのも……


「あの時……助けてくれたのは、あなただったんですか?」


 訊いてみたら彼女はすぐ頷いた。


「即答ですね……」

「…………」

「……何で助けたんですか?敵であるわたしを……」


 彼女は土の壁に向いて、再び何かを書きはじめた。今度は絵ではなく、何かの文字のようだ……

 「マヤの兵士」が文字の読み書きが出来ることは知っていた。ただ敵を殺すことが使命であるために機会が与えられなかっただけで、出来ないわけじゃない。

 彼女は震えるその手で破片を握りしめながら、ゆっくりと少しずつ文字を足していった。えっと……


『貴方が助けてくれたからです』

「え…………?」


 そんな理由で…………?いや、助けることに理由など要らないとは思うが、そもそもわたしはそんなつもりがなかった。むしろ何で自分の敵を庇ったんだろうって思ってた。何であんなバカなことをしたんだろうって思ってた。

 でもそのおかげで自分の命が助かったのなら、やはり前言撤回をすべきだろう。


「……ありがとう」


 わたしは顔を赤くし、口元を手で隠していた。嬉しくて笑みがこぼれているのが、彼女に見られたら恥ずかしくなると思ったから。

 礼を言われた彼女はただ頷くだけだ。恥ずかしがったところで咎められたりはしない……というかそんな仕草に何とも思わないだろうけど。


 ……自分が助かった謎が明らかになったのはいいとして、これ以上ここに留まる必要はないと思う。今いるのがわたしだけなら、すぐに行動に移している。

 でも今は……1人の「マヤの兵士」がいるのだ。彼女の扱いをどうすればいいのか、わたしは迷った――


「……あなたはこれから、どうするんですか?」


 やはり、マヤの元に帰るのでしょうか……彼女に助けられたとはいえ、マヤの支配下であることに変わりはない。だからこそ今でも信用できないけど。


「…………」


 彼女はしばらく沈黙していると、ようやく手が動き始めた。目の前にある壁に、三度文字を書きはじめた――


『貴方からのご命令がないので、そのままついて行きます』


…………


 ……は? わたしについて行く……? それに「貴方からのご指示」って!? あなたはあなたはマヤの道具のはずじゃ……!?

 わたしが思わず反論すると、弁解するかのように文字を書いていった。


『現在の私の「命令者」は貴方です』

『ただし先ほどの戦闘による傷で、戦闘への参加はできません』

『一方で質問への回答や状況把握などは遂行可能です』

『私からの詳細は以上です、それではご命令をお願いします』


 別に頼んだわけではないのに、彼女は詳細を綴っていく。

 命令者……わたしが……?


「…………」


 うーん、意外な展開になりましたね。まさかマヤからの支配が消えているどころか、わたしの「道具」になっているなんて……


「……分かりました、ですが……わたしは、あなたの『主』にはなりません」


 わたしは彼女の手を覆いかぶさるように握りしめた。


「あなたの意思を必ず取り戻してみせます」


 わたしは彼女を見つめ、 訴えかけるようにして言った。彼女は無表情で首をかしげている。頭の上に「?」が浮かんでいることが容易に想像できた。


「まぁ……今は分からないかも しれませんけどね」


 わたしは苦笑いをしながら手を離した。でも……彼女の意思を取り戻してあげたいのは事実だ―― かつてわたしがそうだったように。

 とはいっても彼女自身は未だ困惑を隠せていないようだ。わたしという存在がそんなに変わってるのか、あるいは意思を取り戻させたいという願いに対してか。どちらにせよ、今の彼女からはその反応を読み取ることが困難だろう――


「でも、いずれ分かります。それまで……傍にいてください」


 彼女はコクリと頷いた。それを見て安堵しているわたしがいた。わたしはやっと彼女が敵ではないと認識できたわけだから。


 おっと、しばらく行動を共にするのだから、お互いの名前は分かるようにしないと。


「確かあなたの名前は……シャルルでいいんですよね?」


 シャルルは頷き、同時に横の壁に文字を書いた。

『シャルル・キリテ、これが私の名前です』と書いてある。


 なるほど……これがあなたの……ありがとう、覚えておきますね。じゃあお返しに……


「スーリ……わたしの名はスーリと言います。もし話せるようになったら、スーリって呼んでください。様もいりませんし、敬語で話さなくてもいいです」


 何故?と言わんばかりに再び首をかしげるシャルル。でもわたしの反応を見て、何も訊かなかった。


 我ながら……とんでもないワガママを言ったものだ。主人に対しタメ口で話すのに抵抗を感じているだろうし、普通の社会でそんなことをすれば無礼者のレッテルを貼られる。それはわたし自身でも重々承知しているつもりだ。

 でもそれ以上にわたしはそんな風に扱われるのが嫌いだ。彼女を道具として扱うことは苦痛だから……もしそうすればマヤと同じだ。それだけは嫌だ……だから申し訳ないけど、このお願いだけは聞いてほしい。

 そんなことを思いながら、わたしはシャルルの手を握った。


「……とにかくここを出ましょうか」

「…………」


 シャルルが頷いたのを確認すると、一緒に急ぎ足で下山した。安全な場所を探すため、わたしたちは手を繋ぎながら長い長い道を歩いていった――

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