Realize on Dream 1-5


「一体なんでゲームのキャラが…」


グラジエータウロスが去っていく様を見届けながらつぶやいた。


「それよりもあなたの友達、探しに行かなくていいの?」


隣に並んだピンク髪の女、桃は腕組をしている。


「おっと、こんなことしてる場合じゃねぇ…」


さっきの叫び声聞こえた場所に向かう。廊下は上履きで蹴る音が響き渡っていた。後

ろからは女が普通に土足で駆けている。


「なんでお前もついてきてんだよ」


走りながら後ろを振り向き声をかけた。


「私もそっちに用があるのよ。それにあなたにも」


「え?」


俺に用がある?こんな女は初めて見たし、今まであったこともない。ああ、もしかしてまた部活かクラブの勧誘か。とにかくこいつのことは気にせず、目的の場所へと走り続けた。

ガタガタと争う音が聞こえる教室。確か理樹達が忘れ物を取りに行ったはずだ。

到着寸前、目の前で扉とともに吹き飛ばされる理樹がいた。


「理樹!」


理樹を抱え、声をかけるも目がほとんど開いていない。

理樹はか細い声でなにかを伝えようとしていた。


「奈帆…頼む…」


「ああ、ああ!わかったから、絶対に死ぬな!」


「この人…」


「悪いが桃、こいつ頼む!」


ちょっと!と呼び止める声にも応答せず俺は教室に駆け込んだ。

目の前ではイサ公が倒れていて、見たこともない怪物が荒だっていた。


「なんだ、あの怪物…」


「無闇に近づかないで!」


桃は立ちすくむ俺の前に出て怒鳴った。


「ゲネミー…いえ、あんなの見たことがない」


ゲネミー?桃はあの怪物のことをそう呼んだ。頭部から背中にかけて逆立った黄金色の毛。太い腕や脚には皮膚が見えないほどの体毛が張り巡っている。爪と牙は傷だらけにもかからわず子供の腕くらいある。


怪物全体を観察すると、どうやら警戒してあちらも様子を伺っているらしい。「そういや奈帆は!」と声をあげ、教室を見渡すと奈帆がどこにもおらず、彼女の鞄から教科書が散らばっていた。


「お前…奈帆をどこにやった!」


「ちょっと!威嚇しないで」


怪物はこっちをゆっくり向き、距離を詰める。

一瞬。怪物は桃に飛びかかり、俺は桃に押し飛ばされた。

打ち付けた背中と尻の痛みよりも、今、目の前では桃と怪物が攻防を繰り広げている。


「どうなってんだ…これ」


「…お、おとなし…」


声のする方を見るとイサ公は必死に俺に語りかけようとしていた。

イサ公!と駆け寄ると、イサ公は「無事か」と言葉にならない声で伝えて来た。


「そんなのより、イサ公!絶対に死ぬなよ…死ぬな!」


初めて人がぐったりとしているところを見た。刹那、最悪の未来まで想像してしまった。

イサ公はきっと理樹達を守るために、戦ったんだ。他人のために何かできる人間ってこうなのだろう。こいつには嫌な思い出があった。でもそれは俺が後ろめたい過去を持ってたからだ。こいつには、そんな過去のことも含めていつかは謝らなければならなかった。


ずしりと重くなる体と、消えて行く体力が目に見えるように明らかだった。


「イサ公!」


自分勝手なのはわかる。俺が消えるのはいい、だけど俺の前から消えるのはやめてくれ。

イサ公はにこりと笑うと、目の色を変えた。どこからか巾着袋を取り出し、俺の手に渡した。真剣な目つきでイサ公は「開けろ」と訴え、そしてゆっくりと目を閉じた。


後ろで桃が戦ってる。その息づかいで桃が苦戦しているのが伝わってきた。

だが俺はイサ公からもらった目の前の袋を開けて確認していた。


「これ、なんだよ…イサ公」


中身は俺の好きなゲーム「バトルファイターVS」と書かれた小さな板のような機械と、ヴァーサスっぽいデザインがされた機械がついた腕輪だった。


「いや、ヴァーサスのゲームでも飾れってかよ。なんで俺の一番好きなゲーム、知ってんだ。」


やっぱり、イサ公が持ってたんだな。俺たちの屋上から隠して、こんな時に渡しやがる。卑怯だぜ。


桃が悪戦苦闘している中、こちらを見て何かに気づく。


「嘘…なんで貴方がそれを持っているの!」


「知らねぇよ。イサ公の、形見つうのかな、やっぱり」


「…やはり変えられないのか」


桃は背中を向けながら俺に話しかけた。


「その人、無事よ。気絶してるだけ」


「なに?」


よく見るとイサ公は落ち着いた呼吸をしていた。なんだ、すげえホッとした。


「ホッとしてる場合じゃないわ。早くその人たちを連れて逃げなさい」


「は?なんだって」


「貴方じゃ足手まといよ」


「いや、流石の俺でもわかる。全員で逃げるべきだろ」


「だったらこいつを野放しにしろっていうの!?ーーきゃ!」


俺たちは怪物の一撃を避けれず吹き飛ばされた。俺は掃除用具のロッカーに叩きつけられ、桃は床で倒れてしまっている。


「桃!くそ…体が…」


怪物が桃に一歩ずつにじり寄っていく。何か武器はないかあたりを見回す。

イサ公、理樹。二人が倒れているのを見て、俺はいつか胸に抑え込んでいたものを思い出していた。


「は、はや…く」


怪物は桃をとらえ首を絞めながら持ち上げていた。ころころ表情を変える桃だったが、今度は一番見たくない悲痛な表情をしていた。


「まだ、私…諦め、たく、ない…」


ふり絞った声を発し、弱弱しい手で怪物の腕を握り返している。


「夢を…叶え、か、な…」


俺はたまらず駆け出していた。怪物の背後にタックルし、その腕から桃を除けさせた。


苦しそうにむせる桃の前に立ちはだかり、怪物をにらみ返す。体がまだきしむ。

それでもこいつらを助けなきゃならない。


イサ公も、理樹も、奈帆も、そして今日初めて会った桃も全員守る。


彼らが叶えたかった夢を叶える。叶えて見せる。こんなところで邪魔されるわけにはいかない。


「桃。お前の夢、俺が背負ってやる」

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