Realize on Dream 1-3

「逃げられた…」


熱血教師、工藤勇は職員室に入るなりしかめっつらでつぶやいた。

つかつかと自席に座るなり、大きなため息をつく。


「あらあら、工藤先生、また音無を捕まえられなかったんですか」


最近赴任してきた呉井は、笑いながら工藤の後ろを通った。


「ええ、まったく機転の利くやつですね」


「おやおや、褒めてどうするんですか」


「これでも《バレーの鬼》なんて呼ばれてますが…あれほどポテンシャルの高いやつ

を見ると悔しくなりますね」


机の上に飾られた写真立てを指でなぞりながら、写真を見つめていた。


「そういえばそういえば、テニス部でしたよね。シングルスの…」


「ええ。あいつが一年のころの話ですが」


呉井が話しかけると、椅子を回転させ工藤は返答した。


「しかししかし、工藤先生が彼を構う必要もないんじゃないですか?クラスも違うし、そもそも顧問だったわけでもないんですから」


「…それがわからないから捕まらないんですかね」


自分の中で満足のいかない心持ちが彼を動かすのだろう。

彼自身も身勝手な話であることはわかっている。この教師という道が正しいと、合っているとは思っていない。“やればできる”いや、「やるからできる」という言葉を心に留め、試行錯誤をしてきた。

しかし実行するのが遅かった。そんな思いを若いうちにしてほしくないという一心で生徒にぶつかっている。

音無は工藤と比べ物にならないくらい対応力と判断力があった。いろんな顧問や生徒が彼を各方面で誘いをかけたが、数週間と持たずやめてしまった。

最後に始めたテニスでさえ3か月続いたのだ。周りはようやくと胸をなでおろしたが、うまくはいかなかった。だからこうして音無に自己満足で接してしまっている。きっとやりたいことが見つかるはずだと。


コンコンと鳴り、扉の引く音が鳴ると生徒が工藤に声をかけた。


「工藤せんせー!お客様がいらしてますよー」


「俺か?」


よい、と腰を上げて昇降口へと向かっていった。


「あ、呉井先生。ほかの先生方がお見受けられないんですが…」ふと疑問に思った工藤は後ろを振り向いた。


「はやくはやく!お客様が…お待ちですよ?」


工藤は呉井が変わらない笑顔を見せることに不安を感じながらも職員室を後にした。




…のを見計らって俺はこっそり職員室に入り、回収されたゲームを探し始めた。


「さて、まずはイサ公の机だが…」


棚や引き出しを開け、ゲームを探すがどこにも見当たらない。


「なんだ?イサ公が隠したんじゃないのか?すると一体…」


ゲームはそこまで小さくない。入れられる場所は限られている。しかし、あの屋上に入れる人間も俺らくらいだ。


「ん?」


イサ公の引き出しから久利亜高校テニス部の写真が出てきた。そこには垂れ幕いっぱいに書いた「目指せ優勝」を掲げていた生徒が写っていた。


「おお、懐かしいな」


ひとしきり眺めて元の場所にしまった。これ以上見てるのは情けない、そんな気分だった。


「…ほんと、懐かしいなーーー」


誰に伝えるでもなく、言い訳したいわけじゃない。ただ、その時も、その前も自分のしたいことがわからなかった。

少しばかり昔の話をしよう。入学したころは部活に入ろうとしたり、遅刻しない時期があった。友達や教師は熱心に指導してくれたおかげで、練習試合でも負けなかった。


しかしどの練習試合もその一回限りで行かなくなった。戦力としてほしかった彼らは、だんだん俺と関わらなくなった。


試合していると集中して周りの声が聞こえないなんていうのは絵空事で、人の声なんてとても聞こえる。決して俺に対する酷評がいやだったからというわけじゃない。原因は「期待」だ。

期待されるのは、誰しも嬉しいはずだ。けどそれは「人の期待」と「自分の夢や目的」が一致していたらの話だ。俺はそれがもどかしくて、葛藤していた。得点を決めていても、黄色い歓声があがろうと、胸の中にいつも寂しさを感じていた。


チームプレイができないだけだと思ってテニスを始めた。一人で戦うだけ、そこで自分の夢が見つかると思った。結局俺は学年が上がると同時にコートを降りた。


さて、と指を鳴らしゲーム探しを再開した。とりあえず机の下を片っ端から見てこう。


物理の宮本、数学の堀井、国語の糸井…女教師の席以外は全部探した。


「ねえんだけど。まるで見当たらないんだけど。どうなってんだ」

おかしい、ならあそこのゲームを誰が持っていく。誰が?そして俺はあることに気づいた。


「…なんで誰もいないんだ…?」



終業式当日、この学校から人の気配が消えた。

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