第3話 出会えた光

 獣は私の話を興味深そうに(私の主観ではありますが)聞いておりました。


「普通の人にこんな話をしても誰も信じてくれないかもしれませんね」

ふふ…と思わず声を出しながらも美しい毛並みを撫でる手を止めることができません。

「貴方…本当にどこからきたの?」


獣はじっと私を見つめていたかと思うとグイグイと鼻先をまるで私に歩けといわんばかりに押しつけてきます。

「えっ? どうしたの?」

突然の行動に戸惑いながら獣が押しやるほうに歩いていきます、部屋へ戻る通路の前までくるとピタリと獣は押すのをやめて、その場に静かにたたずんでいます。

「もしかして…部屋へ戻れって事かしら」

獣はふいと踵を返して歩き始めます。

「まって! もう会えないの? お願い…またここに来てちょうだい」

寂しさに涙が止まらなくなった私を慰めるように獣は頭を寄せて擦り付けると、すぐにどこかへ去っていきました。

「…ずっと待ってるから…」

獣が去った方向に呟くいた私はあきらめて部屋へ戻りました。


 その夜私は不思議な夢を見たのです、あまりはっきりとは覚えていないのですがとても懐かしいテオドール様の声が聞こえます。

お姿ははっきり見えないのですがとても優しい声で私を読んでくださるその声に涙があふれて止まらなくなって飛び起きてしまいました。

「テオドール様…」

いまだに癒えない失恋の傷がまた疼きだします。


「全部忘れてしまえたらいいのにっ…神様……もう誰にも愛されてはいけないっていうのなら私の記憶も全部消して早く殺してください…」

不敬な言葉だとわかってはおりますがもう私の心は耐えられそうにありません、どうせ罰が下るならそれで殺してもらったほうがマシだと思うのです、家族も友人たちのこともテオドール様のこともすべてを忘れてしまいたい…。


『…ン…ナ…アンナ…』

あぁ…またテオドール様の声が…

『アンナ!』

まさか…これは現実に聞こえる声なのですか……テオドール様がいらっしゃるというのですか!

「テオドール様!」

声の限りに叫びベッドから飛び出そうとした瞬間、へやの窓のそばから淡い光が輝き始めました。

「これは…」

『アンナ…』

あの光からテオドール様の声がします!

「テオドール様!」

おもわず光に駆け寄り手を伸ばしますが、光に触れても触ることはおろか何も感じることができません

「なんで…」

『アンナ…会いたかった…』

「テオドール様! 私も…ずっと会いたかった…」


『アンナ、やっと君に伝えられる…ゴメンね…ずっとずっと伝えたかった…あの君が僕を好きだと言ってくれた時本当にうれしかったんだよ』

「本当…ですか?」

嬉しさに胸がいっぱいになります。


『だって僕も君のことが大好きなんだから』


「うれしい…良かった…迷惑じゃなかったんだ…」

ボロボロこぼれる涙が止まらなくて恥ずかしいのですが、テオドール様を想う気持ちでキュウッと胸が締め付けられるようで、余計止められなくなってしまうのです。

君にちゃんと返事をするつもりだったんだよ…僕も大好きだって、同じ気持ちでいてくれてありがとうって…』

「そうだったのですか…その気持ちがきけただけでうれしいです」

あまりの嬉しさで舞い上がってしまいそうです。


『実はね、あの時君に思いを告げようとした時に神の声が聞こえたんだ…【我が愛し子に心を向けるのはゆるさぬ】ってそして君への思いがかき消されるようにアッという間に消えていこうとしたのを必死で繋ぎとめていたら……僕の魂が二つに裂けたんだ』

「え?…では今のテオドール様は…」

『うん、今の僕はその裂けた魂だけの存在』

「そん…な…わ…私のせいで…」

何て事なの…私が神の愛し子の本当の意味を理解していなかったせいでテオドール様を苦しめていたなんて…。


『いいんだよ…体を無くしたとしても、僕は君への想いを捨てたくなかったんだ…それにね、そこまでして想いを捨てなかったおかげでこうしてやっと君に会いにこれた』

「それは…一体なにがあったのですか?」


『神様がね…自分の身を捨てて魂になるほどの君への想いと覚悟を持つのならって、魂だけになって眠っていた僕に神様がその力の一部を与えてくれて精霊になれたんだよ』

「せいれい…?」

『うん、他の誰の為でもなく、君を守るためだけに存在する精霊』

「それは…これからずっと傍にいてくださるということですか…?」

『そうだよ。君が神様の元へ召される日がきて魂だけの存在になってからもずっとね!』


「ほ…ほんとうに…? 夢ではないのですよね」

茫然とした私を、包み込むように光が動きます

『ゴメンね…本当は抱きしめて慰めてあげたいんだけど、僕の体はもう片方の魂のものだから実体がないんだ…』

「いいんです…こうやってまた会えてお話できるだけでもう…」

『実体を持つにはまだ上手く力が使えなくて、たぶんかなり長い時間修行つまないといけないかも…』

顔はみえませんがションボリしているような雰囲気を感じて、懐かしさと嬉しさと可笑しさが混ざって自然と声が漏れてしまいます。

「ふふふ…こんどは勉強のかわりに修行を一緒にがんばりましょう?」

『アンナ…うん、頑張るよ! 僕だっていつか白い獣にくらい実体化できるようにならなきゃ…』

「テオドール様はあの獣をご存知なのですか?」

少し戸惑ったようにテオドール様が答えてくださいます。


『あー… 実はあの獣は、神様の仮の姿だよ』


「えええええっ!? …では…わ…私なんて失礼な事を…」

大変な事をしてしまいました…どうしましょう、なにか罰を受けないといけないでしょうか…。


『うーん…まぁ大丈夫じゃないかな…なんといってもアンナは愛し子なんだから! むしろちゃんと気持ちを伝えて良かったんじゃないかなぁ、なんといっても神と人ではその存在からしてまったく違うし、神の愛と人の愛も価値観が全然違うものなのだからね』


 


 ……後の世に残された書物によれば『神の愛し子』に選ばれたアンナという少女は晩年を孤独にすごしたままその生涯を終えたのだという。

その魂が神のもとに召された後のことはだれにも分からない…。


そう、ずっと彼女の傍らで見守っていた精霊と召した神以外には。


 FIN

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