第6刀 『魔剣』

 ミナの家とは反対方向に歩き出した猛仙は、住宅街のはずれにある廃工場に向かった。頭の中では先ほどの三代目の話と、自分が心のどこかで『家族』であると認める姉たちの顔を思い浮かべる。


「お前のことを狂わんばかりに心配しているぞ」


 違う。猛仙はうつむく。俺の復讐は俺だけのものだ。親とも呼べないあの男を。奪われ続けて空っぽになった俺が得たかったものは鉄壁を誇る物理の力じゃない。五行を宿す体じゃない。


 俺が喉から手が出るほど欲しいものは、『刀の化身プライド』を折ってまで、生き方を捻じ曲げても得られなかった――


「猛仙……ひどい顔よ? 何かあったの?」

「あ?」


 目の前まで迎えが来ていることに気が付かなかった。腰まで届く長髪の先端を赤いリボンで束ね、時代錯誤な和服を身に着けた女性がこちらを見ている。目は薄緑だが生気が無いように見える。腰には軍刀をさしているが、これが本体だ。


 ――銘を『薙離逢魔ナギリオウマ』。歴史上最後に作られた剣だ。


 明治の始まりの廃刀令と同時に完成し、一回も使われることなく闇に葬られた不幸の剣だ。血に染まらなかったというのは、武器からしてみれば『恥』以外の何物でもない。そんな彼女の正確ははっきり表現すると『不良娘』『悪女』『クズ』である。


 だが、そんな彼女が今日はどういう風の吹き回しか、猛仙のことを心配している。奇妙なものを見るような目に、ナギリオウマは目を閉じると、腰に下がっている抜き身の本体が震える。再び目を開けた彼女の冷ややかな目を嫌そうな顔で猛仙は見た。


「ひどい顔に見えるかい?」

「見えるわね。例えば復讐したら大好きなお姉さま達が悲しむのではないか、という葛藤とかが見え隠れ」


 猛仙の拳が電撃を纏って放たれる。振りぬかれた拳は彼女の顔面をえぐり取り、さび付いた正門に直撃する。正門には異変がないが、工場の奥から轟音が聞こえ始めた。消えていた蛍光灯が点灯し、放置されたままの重機はエンジンがかかり、ひとりでにシャベルを持ち上げ、奥の製造ラインが稼働している。


「てめえ……」

「女に手を上げるなんて最低の男ね。ヘキサボルグがまた止めることになりそう」


 顔面の半分がぶっ飛んだにもかかわらず口が回ると、何食わぬ顔がそこにあった。いや、顔がえぐれるとほぼ同じタイミングで再生したのだ。


「おいぃ! 猛仙! 今月何回目だ!? お前あの子に出会ってからおかしいぞ……それにお前もタブーがあんだろ、いらんこと言うんじゃねえよ」


 二階の窓から自分の背丈より長い大鉾を掲げながら正門前に降り立つヘキサボルグ。柄にはめ込まれた球体が電力を吸い取っているようで黄色に光っているが、次第に淡い光となり、消えた。鉾になっていた刀身はレーザーで、レイピアに近い先端が引っ込むと、六本の突起が開き、それぞれが前に張り出すと六又の長槍に変化した。柄も伸び、そこと刀身の中間部に存在していた球体は反対側の柄に移動していた。


「あら、の含蓄あるお話が聞けるかしら?」

「お前やっぱ武器の恥さらしだわ。黙って去れ」


 ぴしゃりと話を終わらせると猛仙がのろのろ付いていく。ナギリオウマもくるりと町に出ていく。この言葉を言うことは、『戦争しようぜ』と言っているようなものなのだが。この場では一番大人な対応をしているのはヘキサボルグである。


 このような面が猛仙たちの言う『メンヘラマジキチ女』という罵倒をされる所以なのである。あの性格を選択したのはほかの武器に対する嫉妬や劣等感のようなものだろうか、能力や今までの来歴は見上げたものだがあれでは社会には溶けこめまい、戦力にはならないと消えた武器の面々は半ば見捨てている。


「いやー、やっぱマジにきっつい女だな。ミナの爪垢でも煎じて飲ませてやりたいぜ」

「ミナが可哀そうだよ」


 工場に放置されていたのであろうパイプ椅子を何客も組んで作った角ばった無機質な玉座にどかっと腰掛けるヘキサボルグと、座らない猛仙。

 ヘキサボルグは座り心地に満足がいっていないようであれこれと体勢を変え、なんとか調子のよいポーズを探している。猛仙のほうはというと、そんな彼を理解不能といった顔で眺めている。


「なにしてんの」

「何って、玉座に相応しい居心地にしてるんだよ」

「無駄な抵抗だね」


 うるせえ! とヘキサボルグが一喝し、猛仙はそんな彼を放置して窓枠に手をかけ、外を見る。今日は一雨降りそうだ。


 そのころ、ミナはいつまでも帰ってこない猛仙に業を煮やし、街中を歩きまわっていた。公園も探した、ファストフード店でヘキサボルグ……ムツマタさんを探したが、今日はシフトではないそうだ。


 二時間ほど探し回り、あの言葉は建前で本当は見限られたのだろうかと、どこかで粗末に扱ってしまったと諦めて帰ろうとしたとき、向こうの道からきれいな女性が歩いてきた。目が合うとその女の人はにこやかに会釈するが、その奥に猛仙やヘキサボルグと同じ『人外』の感覚を読み取った。何か品定めされたような気分になった。

 すれ違ったあと、彼女が来た道を見ると奥には廃工場が見える。もしかすると、あそこが彼らのアジトかもしれない。ミナはまっすぐ工場に向かって歩みを進めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る