Born:武具戴天

黒鳥だいず

序章 消滅武装

第1刀 夢幻の邂逅


「銃刀法規制が強化されて2ヶ月、またも斬殺された遺体が大神室市で発見されました。以前から同様の方法で7人が殺害されており、いずれも痕跡ひとつ残さずその場を立ち去っている様です。県内の広い範囲で事件が発生していることから、犯人は複数いると思われ……」


 そんな事件の速報が垂れ流しにされている正月の昼下がり、『ミナ』は初詣の準備をいそいそとしていた。

 近所の神社に行くつもりだが、夜のリア充はどうせ絵馬とかに現を抜かすのだろう。つくづく都合のいい種族だと思う。普段は神なんか信じない癖に、そういう時だけお参りに行く。


 一緒に行こうと連絡した友達は『彼氏と行く』という返事が返ってきた。残念だが、一人で行くほかあるまい。いかないという選択肢は頭の中にはなかった。


 家を出ると、神社に向けて歩き出す。玄関にはお正月の飾りが下げられており、ミナは今朝食べたおせちを思い出す。美味しかったなあ、特に数の子。お酒は苦かったけど。


「はあ……彼氏が欲しいなぁ。」


 行こうとしている神社も、縁結びにまつわる神社だ。なんでも、そこで同じタイミングで参拝した男女は不思議とカップルになりやすいとSNSで評判なのだ。



 そうこうしているうちに到着した。長い石段を登ろうとすると、何かがミナの脇を通り過ぎる感覚が走る。真冬の寒さとは全く違う、謎の寒気が彼女を襲い、全身に鳥肌を立てながら思わず辺りを見回す。下にいるおじいさんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「あ、あはは……」


 愛想笑いを浮かべると、そそくさと階段を駆け登る。その間も、視線は何故か社ではなく石段の両側にあるヒノキの森に向けられていた。視線を感じたのだ。変質者やストーカーとも違う、友達とももちろん違う。しかしながら尋常ではない視線をチラチラと感じている。


 石段を登りきる直前、隣を小さな男の子が駆け抜けて行った。石段を登る時には居なかったはずだ。


「え?」


 また、辺りを見回すがその男の子は影も形もなかった。いや、そもそも男の子だったかもわからない。言いしれない不安を感じながらお参りを済ませ、毎年この神社で振る舞われている甘酒を飲みに行こうとする。


 ――その時だった。社の後ろにある森から暗いモヤが流れてきた。周りの人はそのモヤに全く気づいていない。しかし、ミナにはハッキリと見えた、モヤの中で蠢く大量の骸骨が。


「―――ッ!!!」


 後ずさるミナ。だんだん形がはっきりすると、骸骨の一体がこちらを指さした。ミナは目の前で起きている怪異に対しふらりと後ずさる。何か小さいものにぶつかり、弾かれたように振り向く。


 先ほど追い越していった男の子だとすぐに分かった。しかし、目は落ちくぼみ、歯はまばらで、指はおかしな方向に曲がっている。


「――――!!!」


 声が出ない。反対からはガラガラと何かが雪崩れる音がする。間違いなくこちらに、さっきのやつらが来ている。


 しかし、ミナの腰あたりに別の気配を感じ、はっと下を向くと、どこからどう見ても小学生にしか見えない男の子が立っていた。こちらは目つきが良くないこと以外は普通に見える。と、骸骨が止まる。そいつはもともと武家の出だったのだろう、腰に下がっている、ボロボロの鞘から汚く曇った刀を抜いた。それを見た彼の顔は露骨に不愉快さを露わにする。悪い目つきがさらに悪くなった。


「そんなばっちいモンを俺に見せるな!」

「あ……」


 彼の手にはいつの間にか太刀が握られていた。ヒビだらけだが、複雑かつ緻密な美しい装飾の鞘が解けるように消え去り抜き放たれた刀は、中央から真っ二つに折れている。それに手をかざすと赤い光が刀身を補うように形作り、それを軽く肩に置く。 本来は大太刀だったのだ。しかし彼が扱うには明らかに身長が足りないのだが……


 その様にミナは思わず見入ってしまった。彼はその刀を一閃、一言呟いた。


「……ザンクウ」


 その途端、目の前の骸骨の首が吹き飛ぶと同時に炎上した。斬撃を飛ばしたのだ。そんなアニメのような展開を誰が予想できたか。


 周りの人は、突然上がった火の手に驚いて逃げ出していく。神主さんも驚いて石段を駆け下りてしまった。


 男の子は刀を何度か振り回す。その度にリング状の斬撃が飛んでいき、モヤを吹き飛ばし、燃やし尽くす。骸骨が数十体現れてもその傍から叩き切られている。


 何となくFPSにある悪質なリスキルを思い浮かべたミナだった。この際そんなこと言っている場合ではないのだが。


「ア……オ……」


腰にすさまじい力が加わる。化け物だったその少年が、ぐにゃりと曲がった指で絡みついてきた。無い目でこちらを見つめながら抱き着いてくるその様は、可哀想ではあるが恐怖以外の何物でもない。


「わああ!! いや、いやだ!」

「哀れな……」


じゅっ、という音と共に腕が外れた。前を見ると、太刀を模るエネルギー体のようなものがゴムのように伸び、少年を突き刺して弾き飛ばした。続いて電撃が走る。いや、彼自身が放電しているのだ。ミナはこんな超能力バトルが目の前で起きていることを信じることが出来ずに頭を押さえ、その場にうずくまった。夢ならどうかさめてくれ。


「――ん? ……お前、もしかして俺を見てる? 俺が見えるのか?」

「エ?」


 彼はようやく、うずくまっているミナに気がついた様だ。ミナの「何言ってんだこいつ」というニュアンスを多く含んだ返答に対し、男の子は嬉しそうな顔をした。その顔はまさに小学生。


「人間だろ? 嬉しいなぁ、俺を見てくれた人間は百年ぶりくらいか! 俺を見つけたね」

「ひゃ、百……」

「あー……あれを見ちまったあとだから俺の話が読み込めてる感じだね。あのモヤと骸骨、見えてたんだろ?」

「それも見えてたけど」


 その返答を聞くと、ゆっくりといま起きた事を解説してくれた。


「まあ、俺達は最近で言う『霊感の強い』人だと見れるなあ。あれは昔のイクサで死んだ武士の怨念だ。鎧の形からして安土桃山以降の奴ら……仲間を増やそうとしてたんだな。モヤの奥にはお前みたいな服着た奴もいたし。ちなみに最後、お前にくっついてたのはそいつらとは別だ。お前はから狙われていたらしいな」


 社の前にいつの間にか立っていた女の人が驚いた声を上げる。多分お社の管理者だろうが、どうも雰囲気が人間っぽくない。この人、もしや神様?


「貴方は……その『斬撃』は……妖刀俵絶ようとうたわらだちの系譜……」

「ん? んん? なんだよ……ご無沙汰じゃん」

 あなた、使用人を殺して逃げたと聞いたときは耳を疑いましたよ」

「なんだそれ! しらん! 誰だ言い出したのは! そもそも俺たちは歴史から消されてるだろ!」

「なんにせよあなたは人の世界に隠れ住むのが得策でしょう。あと、あなたは今後うちに立ち入らぬように。信仰が散る故。私がいないと困るでしょう」


 歴史から消されたと豪語する割には他人から知られている。そして出入り禁止を食らっている。


「こまる……」


 そうつぶやくと彼はさっさと神社を出ていってしまった。


 いきなりの超展開についていけないミナだが、目の前の彼は確かに自分を守ってくれた。いまはそれだけで充分だ。深く頭を下げると、逃げるように家に帰った。




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