茶道良仁

「彼女も気になるが……アレはどうするか」


 ギヤを寝かしつけた後、キリコはもうひとつの疑問に意識を向けていた。それは先の水着コンテスト、優勝すれば欲するものが手に入るという景品そのもののことである。

 どうやってそのような景品が出されたのかという話ではない。彼女がそれで何を望んだのかである。あからさまに怪しいギヤが何かを願ったからこその異変であるならば、ギヤと共にコンテストの運営もまた異物なのであろうとキリコは考えた。

 ギヤの本質を知らないからこそキリコは本命を逃し、小さな枝葉を目掛けてしまう。

 寝ているギヤを小屋に残して街に戻ったキリコは、コンテストの主催者を探し回った。しかし、そんなものは何処にもいない。それどころか住民は誰もコンテストの事など覚えてすらいない。日付が変わった後ならまだしも、まだ次の朝日には早いはずだとキリコは焦り、焦りからかふと誰かにぶつかってしまった。


「おい?!」

「すまない」

「すまないじゃねえぞ、お嬢ちゃん」


 相手はどこか見覚えがある男性だった。手には太陽の紋があり、それだけで彼が咎人なのは一目でわかる。キリコが彼のことを思い出す前に彼のほうがキリコを思いだし、彼はキリコに声をかける。


「まあ、気をつけてくれればいい。ところでだ……今夜は暇か、お嬢ちゃん?」

「はい?」

「この間の子だろ? あんときは俺も失礼な言い方をしちゃったから怒らせてトーゼンだったし、そのお詫びも兼ねてメシでもどうかな」

「ええと……確か三日くらい前にナンパしてきた奴か」

「覚えててくれたんだねハニー。やっぱりボクに惚れていたんだね」

「そんなんじゃないさ」


 冗談はそれくらいにしろという意味を含めてキリコは指先で彼の顎をなぞる。指から放たれる攻撃エネルギーでじりじりと彼の無精髭が焼け焦げて熱いが、滴る汗が彼の皮膚を冷ます。


「ひぃ!」

「まあメシくらいは付き合ってあげるよ。ちょっと聞きたいこともあるし」

「やった。ホテルを借りて料理はケータリングしてもらうからちょっと待ってて。すぐ注文してくる」

「でもホテルは余計だよ。メシ食っておしゃべりしたら帰らなきゃならないし」

「お嬢ちゃんのイケず~」

「誰がイケずだよ。いくらなんでも食事に誘えば寝れるって考えが甘すぎるよ。エロ本売り場をうろついている中学生かお前は」


 しばらくこの男との漫才をやり取りした後、キリコと男はレストランに向かった。

 男の名前は茶道良仁。大学三年生で、教科書代を使い込みして魔が差した上での万引きで咎人となったらしい。道中でそんな彼の名前と人となりを聞き出したキリコは、おそらく彼はあの場にいたであろうと推測していた。


 レストランに到着し、一通りディナーを堪能したキリコは良仁に訪ねる。


「───ところで、そろそろいいかな?」

「まだグラスが残っているじゃないか。それともこっち?」

「その手は止めなさい。あたしが聞きたいのは昼間の事よ。アンタも来ていたでしょ? 水着コンテスト」

「はて?」


 良仁はキリコの質問に小首を傾げた。

 彼の態度にまさかという悪い予想がキリコの脳裏に走り、それは現実のものであった。

 良仁の仲間に聞いても誰も水着コンテストのことなど覚えていない。覚えているのは自分だけのようだ。


「目を覚ませ」


 と、叫びたいこの状況はもはや悪夢にすら思えてくる。

 このままでは罪の世界は水着の世界に侵略されてしまう。

 それが現実を帯びてきたのだから。


「───あ!?」


 ショックで情けない顔をするキリコを良仁は「汐らしい姿がツボだ」と眺めていたのだが、ふとあることを思い出した。


「どうしたの?」

「言うほどのことじゃないぜ。所詮他の女のことだし」

「他の女?」

「ちょっと前に見かけた咎人だよ。どっかで見かけたと思ったんだが、誰だかわかったってだけで…」

「その話、詳しく説明して」

「なんていうかモデルみたいな見た目の女だったんだが、それがマジもんだっただけよ。キリちゃんは高木莉愛って知ってる?」

「いや、知らん」

「じゃあここに来た時期が違うのか。高木莉愛ってのは俺がここに来る三年くらい前に読モをやてた女よ」

「読モ? キミは男なのにそういう本に詳しかったのか。まあチャラチャラしているから情報収集に熱心の様子で」

「そう言うんじゃなくて、たまたま大学の後輩だったんだよソイツ。大学に入る前には一旦引退していたらしいんだけど、文化祭でやったミスコンに出たときに、本番前からブイブイ言わせてて記憶に残ってたわけよ」

「なるほどね」

「でも結局そのときは優勝できなくて…そっからダイエットだなんだと傍目におかしな行動が目立つようになって…結局失踪しちまったというわけよ。いま思えばあれは失踪じゃなくて罪を犯してここに来ただけだったんだな。何をやったのかまでは想像できねえけど」


 良仁の言う高木莉愛があのギヤなのは想像に難しくない。

 ただ彼が言うように「何故」という要素が彼女からは抜けていた。

 奇行に走って失踪したと噂されていたはずの少女。それが罪の世界に何故現れたのかは不可解である。

 ただ彼が言う奇行が無茶なダイエットに起因することは間違いない。そう考えるキリコは昼間の態度から直感で的を得ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る