第12話

「菅田君、あの家畜のところへ行くんですか? ええ? なんであんな家畜のところへ行くんですか、ええ? 家畜に餌なんか与えなくていいですよ、あんなに肥えているんですから、ちょっとぐらい餌をあげなくても、死にはしないですよ」食べ物を口に詰めたまま柳が声をかける。


「家畜って言うな馬鹿野郎! おめえも食うのに飽きたら、ブースの裏に来いよ。包丁はいらねえからな」振り向いてそう言うと、すたすた闇に紛れてしまう(ッタク、ウルセエヤツダナ)。


「菅田のやつ、真理藻の体目当てだぜ? あいつ、毎回真理藻とセックスしてるからな、肉を届けて肉にありつこうってわけだ」狡〈ずる〉そうに立石は説明する(マジ、趣味ワリイヨナ)。


「そうなんだ」柴田が素早く瞬〈まばた〉きして声を漏らす(ダカラ肉ヲ運ブンダ)。


「えええっ? 立石君、今言ったのは本当ですか? まさか、菅田君が、ええぇ? 本当ですか? あんな家畜と生殖行為ですかぁ? 冗談ですよね、ええ、じょうだ、恐ろしい! なんて恐ろしい現実でしょう! ひさしぶりに外に出てみれば、世界は自分の想像をはるかに超えた、醜い現実を用意しているじゃないですか、ああぁ、ほんと、ひどいですよ、なんなんですかぁ? 菅田君が、あの家畜と、獣姦! 獣姦! 獣姦ですよぉ! やめてくださいよそんなの、性教育で、人間はセックスをしないと子供を産めないという、世界にあざむかれたような事実、あんな行為を、両親が行ったからこそ自分は存在する事実を知ったように、いえいえ、それより酷い! 菅田君があんな家畜と生殖行為するなんて、ええ、菅田君をそんな人だとは思ってませんでした。むしろなんとも思っていませんでした。ただ、だれであろうと、あんな家畜をみずからの性器で貫く人は、正直言って軽蔑に値します。ああぁ、やめてください菅田君、獣みたいな体と心であっても、ぼくは菅田君が嫌いじゃありませんでした、でもでも、あんな家畜と生殖行為するために、品のない肉だけを載せた皿を両手に持って、鼻の下を天狗に、あああ、肉奴隷! 肉を届けて肉を頂く肉奴隷! 恐ろしい!」


 奇天烈〈きてれつ〉に声を挙げて立ち上がり、菅田のクーラーボックスを覗き込む。


「おいおい、そこまでひでえこと言わなくてもいいだろぉ? たしかに趣味わりいけど、あいつは元々、女の好みがおかしいじゃん?」立石はレバーを皿に載せて、背もたれにより掛かる(恐ロシイハネエダロ、オマエノ言動ノホウガ恐ロシイゼ)。


「あっ、花卉〈かき〉さん」柴田は闇から現れた人物を見て声を出す。 


「柴田君、よくカキがあるってわかりましたね、ええ、それも、さんづけなんて、柴田君は丁寧な言葉づかいですねぇ、感心しますよ。下等な生き物に対しても、敬意を失わず、きちんとさんづけするのですから、他の人が言うとしつこい気もしますが、おっとり話す柴田君にさんづけされると、なんだかみょうにしっくりして、自然に聞こえますねぇ、ええ、カキさんですよぉ、カキさんがたくさんいますよぉ、菅田君は肉奴隷だけあって、用意がいいですね、ああ、カキさんだけじゃありませんよぉ、おお、これはサザエさんです、んん、なんか、サザエにさんづけすると、なんだか違った意味になる気が……、ええ、まったく別の話をしているようにも……、いやいや、気のせいですね、テレビの見すぎですかね、どう思います柴田君? カキはさんづけしても大丈夫ですが、サザエにさんづけしては、なんだかいけないような気がするんですよ、ええ、君のほうがいいですかね? サザエ君はどうですか? いや、君だと、なんか能力のない上司が部下を呼ぶように、なんだかオフィスラブでも始まってしま……」


「おお花卉ちゃんじゃんか、今バーベキューしてるところだからさぁ、こっち来なよ」立石は振り返り、絹の黒髪垂るる女に気づいて(花卉チャン、マジ、幽霊ミタイダナ)、大きく手招きする。


「はあぁ? 何言ってんですか立石君、ちゃんはありませんよ。軽薄な立石君らしく、カキちゃんもいいですが、ちょっと軽すぎますね、ああ、でも立石君が言うと、やはりしっくりくるというか、軽薄さが頭にくるというか、ええ、合ってますよ合ってますよ、立石君にはカキちゃんが似合ってますよ、くく、ちゃんですか、立石君も茶目っ気がありますね? 柴田君がさんづけしたからといって、わざわざちゃんづけして対抗するんですから、いえ、悪い意味にとらないでくださいよぉ、とても立石君らしいというか、その、でも、サザエちゃんは嫌ですね、なんか中年女性の奇怪な若さアピールというか、なんか、ワンカップの日本酒を好む中年男性の使うような、なんだか、ええ、あれ、いったい何を言っているんだか、自分でもわからな、でも、ほんと良い食材を用意し……」


「はあ? わけわからねえこと言ってんのはおまえだよ、ああ花卉ちゃん、そんなところに立ってないで、遠慮せずこっち来て座りな。そいつは柳と言って、見た目以上に危ないやつだけど、根は悪いやつじゃないから、といっても、悪いことを悪いと気づかずに犯す男だから、まあ用心しないといけないけどな、まあ、大丈夫だから……」


「柳君って、となりのクラスの柳君?」


 藍色の花卉はワンピースに肩を聳〈そび〉やかし、異様な輝きを眼に、クーラーボックスを漁〈あさ〉る柳の背後へ近づく。谷間は間奏のバンドネオンに響き渡り、冷えた彩〈いろどり〉散りばめながら、膨らむ効果音の内に慌てることなく、一人慎重に活〈い〉きた音色を点描していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る