悪意

坂戸樹水

第1話

 中本なかもと優菜ゆうな、33才。今年で結婚12年目。


 結婚してから毎年、写真つきの年賀状を作っている。

初めの年は、教会式で撮った幸せいっぱいの写真。

次の年は、伊豆へ新婚旅行に行った時、旦那と一緒に撮った写真。

その次の年は、妊娠した大きいお腹で撮った夫婦の写真。

その次の次の年は、第一子である娘と家族3人で撮った写真。

七五三、入園式、新居購入、第二子(次女)誕生……

その年折々の写真を年賀状にして、親戚や友人に送っている。



(今年も来てない……)



 新年を迎えて暫くは、旦那関係を含み、何枚もの年賀状が送られて来るのに、

私の幼馴染み=伊川いがわ咲子さきこだけが、ココ数年、音沙汰ない。



(咲子、今どうしてんだろ……)



 小学校2年生の頃、咲子が他県から編入して来て同じクラスになったのが、私達の出会いだった。

第一印象は……覚えてない。コレと言って、特徴は無かったから。

でも、転校生ってのは注目される存在で、我先に声をかけたり、親切にしたり、

斯く言う私も、その手の女子で。

聞けば、住んでいる家が通りを一本挟んだだけの ご近所サン。

趣味が同じって事もあって、私と咲子は直ぐに仲良くなった。


 クラスが同じだったのは、その小2の1年間だけだったけど、

別々のクラスになっても、休み時間になれば咲子は頻繁に私を尋ねて来たし、

中学へ上がっても、示し合わせるでも無く同じ部活に入部していた。

平凡で、コレと言った特徴も無い私達は、似た者同士だった。


 高校は別々。私は公立の共学へ。咲子は私立の女子高へ。

卒業後、私は直ぐに就職して、咲子は夢を叶える為に進学して、

離れてしまいそうな切欠は幾らでもあったけど、咲子との縁は切れなかった。

カラオケ行ったり、ゴハン食べに行ったり、恋愛の相談をしたり、

私の結婚が決まった時も、1番に報告したのは咲子だった。

思った通り、咲子は物凄く喜んでくれた。



(親友って、思ってたんだけどな……)



 咲子は律義であってもマメでは無かったから、年賀状を送ってもメールで返して来るような子だったけど……



(死んだ……ワケないよね?)



 いつからだろう、そのメールすら届かなくなったのは。



(心配してやってんだから、連絡くらい寄越せってのッ、)



 咲子のアドレスは知っている。

こっちから直接 連絡しても良いんだけど、私は年賀状を送ってるんだ。

『時間がある時は会おうね!』って一筆添えて。

コレ以上してやれる事なんて無い。


「あぁ、イケナイ。幼稚園バスが来ちゃう、」


 15時には次女の瑠璃るりが幼稚園バスで帰って来る。

待たせたら大変。停留所にお迎えに行かなくっちゃ。


(平凡だな……)


 代わり映えの無い日常。

コレが【幸せ】ってヤツなのかも知れないけど、却って不満が募っていく。


(いつもの服着て、カバン持って、決まった時間に娘を迎えに行って、

夕食の買い物、旦那が帰る前にお風呂沸かして……

結婚って、大凡こんなモンだろうとは思ってたけど、想像してた以上に面白くない)


 お迎え途中に、学生服を着たカップルを見かけては羨ましくなる。

もっと恋愛しとけば良かったな、って。


 今でも私には引っ込み思案な所があって、若い頃から恋愛事に足踏みする事も、諦める事も多かった。だから、その部分が不完全燃焼な気がする。

20才を過ぎて やっと出来た彼氏を逃しては『次は無い・後が無い』と思って、さっさと結婚してしまった自分の判断を、今は少し後悔している。


 そんな事を考えながら、幼稚園バスの到着を停留所で待つ。

石段に腰かけて、主婦業で寝不足の目を擦りながら。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る