地球気候観測船 MON-SOON

憂圭

No.1 catalyzer


報告者:立花 初音


『4月12日 16:30 天気:晴れ』


今日は最悪の一日だった。


「も~~~~‼そんなにスネないでってばぁ~~~‼」

「別にスネてないから。」

ラケットケースを乱雑に置くと埃と砂が舞った。これだから体育倉庫は嫌いだ。

「新入生にちょお~~~っとキツく当たっちゃって、んでビビられただけじゃん‼まぁ、結局逃げられちゃったけど「だから、落ち込んでないって言ってるでしょ‼始めから終わりまで蒸し返さないでよ‼」


ああ、コイツのせいで思い出してしまったじゃないか。

今日体験入部に来た新入生の中に、テニスボールを人に投げつけて遊んでいる連中がいた。私としては、出来るだけ優しく『ボールはそうやって使わないでね』って言ったはずなのだけれど………。

結局、今日の収穫はゼロ。新入生で賑わう校庭とは打って変わって、テニスコートは閑古鳥だった。


「初音が誤解されやすい人だってのは知ってるけどさ、今日のアレはさすがに怖かったよ。いきなり睨み付けて『なにやってんのよ、あんたたち』ってさ‼広まっちゃうかもね~、『女子テニス部にはキッツ~い先輩がいる』って」


ガシャン‼


外から鉄の扉を勢いよく閉めた。

倉庫の鍵を私が持っていてよかった。

このうるさい奴を閉じ込められるのだから。


「ご、ごめん‼ごめんって初音ぇ‼二度と言わない‼このこと二度と言わないから開けて‼お願い‼暗い‼アタシ暗いのいやあああああ‼」


*****


「アタシはちゃーんと、初音が本当は優しいってこと知ってるからね‼」

「はいはい。」

で、私は結局このうるさい女……小夏といつものように帰るのだった。

「部長が今年は新入部員を増やすんだってうるさいからね~。初音、明日からは勧誘係外されちゃうんじゃない?」

「私としては是非ともそうして欲しいんだけど…、そもそもうち部員少ないし、望み薄ね………。」

大きな溜め息が出た。一体今日で何回目だろうか。


なんで、私はいつもこうなのだろう。

小さなことでイライラして、無視出来なくて、感情を隠せなくて、人に当たって。


そうしていつの間にか、私の周りには誰もいなくなる。


こんな私と友達でいてくれる小夏の存在自体が奇跡のようなものだってのに。

小夏に対してさえ、私の態度は変わらない。


……私は一生、こんな性格のまま生きていくの?


「…まぁなんとかなるって‼だからこの話はしゅーりょー‼あ、ほら、桜が散ってるよ~~‼」

小夏は通学路にちらほら舞い散る桜に飛び込んでいった。私の気を紛らわそうとしているのがバレバレだが。

「もう葉桜手前じゃない。花びらそんなにないわよ。」

「なにを‼スーパー小夏キャッチに死角なし‼おりゃ‼とぉっ!」

「聞いてる?」

桜と謎の格闘を繰り広げる小夏を尻目に、私はすでに葉桜になった樹を見上げた。


この学校の桜は遅咲きだ。今まではこの時期に丁度満開となるはずだけれど…。


「今年の桜は散るのが早いわね…。桜の花って、こんなに一瞬で終わるものなの?」


そう独りごちた時、一枚の花びらが小夏の手の中に落ちていった。


「おっ!?やったぁ‼見てみて初音ぇ‼小夏ちゃん今日ツイてるかも……ふぇっ!?」


その瞬間。


「きゃあ!?」


今まで味わったことのない強い、激しい風が吹き起こった。


「なによこれ‼ふ、吹き飛ばされる……小夏‼」

「あ、あっつ‼なにこの風‼熱いよ‼初音ぇ‼」


…熱い?別にそこまで熱くは………


そう言う間もなく、私たちは声も視界も、意識さえも、風に潰されていった。


*****


『春は曙。やうやう白くなりゆく山際少しあかりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる…』


……何、国語の授業?

なんだったっけこれ……確か清少納言の……


「うう……うん?」


眼を開けると、そこは教室……ではなく。

「何ココ‼どこ!?」


何処だここは、いやマジで。


コンクリートだったはずの地面は、青々とした草が一面に生えていた。夕暮れだったはずの空は、透き通った水色に覆われて……。

おまけに、家も学校も校庭も木も、何もかもがここにはなかった。

ただ、どこまでもどこまでも草原が広がっていた。


「小夏!?どこ!?返事して‼」

ここが何処か全くわからない上に、小夏までいなくなっていた。


「……何なのよ、もう!」

訳がわからない、訳がわからなすぎてイラついてきた。


怒りのまま立ち上がり、後ろを振り返る。


「………うわぁ………‼」


途端、無意識に感嘆の声をあげていた。


私の背後には、通学路の桜の樹とは比べ物にならないほど巨大な桜の樹が堂々と佇んでいた。

薄桃色の満開の花が、太陽の光を浴びて燦々と輝いている。

花びらが数枚ずつ樹から離れては、風に乗ってひらひらと舞い上がり、ゆっくり落ちていった。


「……………きれい……。」


こんなに綺麗な桜は初めてだ。


さっきまでの苛立ちもすっかり消え失せ、ただただ見とれていると、


「うわぁ‼すごい綺麗‼」

「へ、な、何やここ!?」

「え、誰かいるのか!?」

「ひっ‼だ、誰ですか?」

「えっ!?」


突然、聞き覚えのない声が聴こえ、現実に引き戻される。

「ちょっと、誰かいるの!?」


声のする方へ駆け寄ると、そこには見覚えのない4人の人間がいた。


セーラー服を着た長身の女子と、

私よりも大分小さな…恐らく小学生の女子と、

いかにも高校生っぽい長身の男子と、

見るからに怯えている学ランの男子。


「あんたたち、誰?」

「それはこっちのセリフなんやけどな……。なんや、家に帰る途中にめっちゃデカい風に吹き飛ばされた思たら、こんなとこにおるし……。色々ワケわからんわ。」


背の低い方の女子が、関西弁を引っ提げて前に出た。


「まぁええわ。皆初対面やろ?まずは自己紹介しましょ‼ウチは雨宮 香澄、小六や。カスミって呼んでエエよ!じゃあ次、はいそっちの背ぇ高いお姉ちゃんから!」

いきなり場を仕切り始めた。

見ず知らずの人間しかいないのに、そんなこと出来るんだ……。

「えっ、あっ、私は胡蝶、百地 胡蝶だよ。高2……。えっと、カスミちゃんだっけ、もしかして関西の子?」

「おん!生まれも育ちも浪花大阪や‼」

「へ~、ってことは、転校してきてまだ何日も経ってない感じ?」

「何言うてん‼アタシはこの世に生まれて12年、大阪から一歩も出とらんで?」

「えっ!?俺、生まれも育ちも東京なんだけど……。何、ここ東京じゃないの?」

「そもそもこんな所東京にあるの?」


何この会話。状況が余りに頓珍漢すぎて頭痛くなってきた。


「あ、あのぉ………」

「何!?」

「ひっ!す、すみません……。」


まずい!また苛立ちを表に出してしまった!


「あ、別に怒ってる訳じゃ…」

「どないしたん?」

「あ、その、この腕輪、皆さんも着けてますよね…?」

「え?」


そう言われて右腕を見ると、全く着けた覚えのない、銀色の腕輪が輝いていた。

何で今の今まで気付かなかったんだろう。


「何この腕輪!? 」

「そや!この腕輪、いつの間にかついててん!」

「私も!こんなの着けた覚えないのに。」

「これ……本物の銀か?真ん中の青い石は何だろ、サファイア?」

「も、もしかしたら、僕達がここにいるのと、何か関係があるのかなって…」


「ご名答‼勘が冴えてるな、水口 葦生!」


「ええっ!?だ、誰か僕の名前呼びましたか?」


そのとき、一陣の風がすり抜けた。



「ようこそ!地球気候観測船『mon-soon』へ‼」


私は絶句した。


突然、綺麗な緑髪を持った着物姿の少年が目の前に現れたのだから。

…時でも止められたのかと思うくらい、一瞬で。


「ごめんなー、ビックリしただろ?まぁ、詳しくは皆集まってからきちんと話すからさ。……こちらタツミ。『山吹』5名全員確認。…これで揃ったか。……じゃあ東(ここ)に全員集合な。こっちが一番快適だろ。……それじゃ。」


唖然とする私たちを横目で見ながら、彼は何かブツブツと話していた。

怪しい、目に見えて怪しい。


「ねぇ、アンタが私をここに連れてきたの?」

「おう。」

彼はあっけらかんと頷いた。


なにそれ。


「………ふ、」


「ふ?」



「ふざけないでよ‼‼」



「え?いきなりどうしt」

「いきなりどうしたじゃないわよ‼‼こんな訳わかんないとこに勝手に連れてきて‼一体なにがしたいのよ‼私は今疲れてんのよ‼さっさと帰って風呂入って寝たいの‼」


ここまで溜まっていた鬱憤が遂に爆発してしまった。しかも初めて会って数分の人に。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、落ち着いてぇな‼」

「はーっ!はーっ!とりあえず、さっさと帰らせて…‼」


「初音ええええええええ‼‼」


「ぎゃっ‼‼」


突然すぎた。

受け身も取れずに、ドサッと私の身体が地面に押し倒された。


どうやら、何かにタックルかまされたらしい。



って、何に?


「初音‼初音‼はつね~~‼よかった~~‼よかったよ~~~‼」


それは、涙と鼻水まみれの小夏だった。

…私の上で鼻水垂らすのは止めて欲しい。


「……小夏‼あんた、今までどこに‼」


「そ、それがね、グスッ熱風がずどーんってきて、起きたら、グスッ、知らないところで、初音いないし、いた人みんな、知らない人で…‼」


話が半分も理解出来ないし、顔もぐちゃぐちゃだよ、アンタ。


「あ~はいはい。泣かないの‼」


とにかく無事でよかった、小夏。

そう言おうと口を開いた。


「はいはーい‼皆さん感動の再開やら因縁の対決やら盛り上がっている所非常に申し訳ないのですが‼そろそろ説明したいと思いますのでご静粛に~~~‼」


が、やたらかまびすしい男の声に気を削がれた。先程の男子とは異なり、白銀の髪を持った長身の男で、やけに整った顔かたちだ。


「1、2、3…20人。そして俺たちプラス4!よ~し、間違いなく揃ってるな‼」


20人?


「20人って……うわ!」

「ひぇっ‼ひ、人がさっきよりいっぱいいる!?」


気がつくと、私と小夏を含めた少年少女、合計24人がここに集結していた。

私の後ろにいる人たちは皆困惑した雰囲気を出しているのに、私の前にいる変な髪色と格好をした4人は何事もなかったように悠々と佇んでいる。


「………もう、本当になんなのよこれぇ‼」

「おおっと、そこのお嬢さん。そんなにカリカリしないで欲しいなー。」

「な、何よ!」


白髪の男がずんずんと私との距離を縮めていく。


「ちょっと、近よらないでよ‼」

「それは悲しいなァ。この僕にそんな態度をとる女の子は、君が初めてだよ、初音サン。」

「なっ………なんで私の名前知ってんのよ!?」


そうこうしている間に、私と彼の距離は人一人入らないほどにまで縮まっていた。


「それは…これから説明する予定さ。だから、君はしばらく僕のクールな顔でも見て心を落ち着かせるといi」


バシンッ‼‼


我慢の限界に達したので、そのクールな顔とやらを思いっきりパーで叩いた。


「グハァッ‼‼」


右手で叩いたので、奴は左方向に吹っ飛んだ。


「ちょっと初音‼やりすぎやりすぎ‼イケメンさんの顔が潰れちゃう‼」

「なぁ~~にがイケメンよこの勘違い男‼‼虫酸が走る‼‼私はこういうナルシストな男がいっちばん嫌いなの‼‼」

「そんなこと言っちゃって~、ホントは照れてるだけでしょ?」

「小夏うるさい黙ってて‼‼」


「ああ~~、痛った~~~。」

男は頬を押さえながら立ち上がる。


なんだ、気絶してなかったのか。


「いや~~~風を切るように見事な平手打ち‼『山吹』の一員として超優秀なんじゃねーの!?な、タツミ‼」

「お前な~~~、女の子に顔殴られてその態度はおかしいだろ。マゾヒストか?」

「いつもアヤメにパンチ貰ってるから、身体が慣れちゃった可能性があるわね。」

「なんだと?シズナ、アイツが変態化したのは私のせいだと言いたいのか?」

「そういう意味じゃないわ。」

「ねぇ、そっちで無駄話しないでくれる!?」


さっきから無駄話しかしないこの変な四人組。


緑髪の少年、朱髪の女の人、白髪の変態男、紫髪の眼鏡をかけた少女…。


私たちをここに連れてきた主犯で間違いないと思うけど、どうにもマイペースすぎて話を進めてくれない。


こういう雰囲気、私は気にくわないのだ。


「いい加減説明しなさいよ‼アンタたち、一体なんなの!?」

「………早く話を進めたいのは理解できたわ。じゃあ、まずは『物的証拠』を与えるわね。私達のこと、手っ取り早く信じて貰いたいから。」

「物的証拠?」


「…コード24、『luni-solar clothes』起動。」


眼鏡をかけた少女がそう呟いた瞬間。


私の身体が、風に包まれた。


……と思ったら、

「え、きゃあ!?な、なにこの格好!?」


私の服が、制服から改造和服のようなコスプレ衣装に替わっていた。


「何よこのコスプレ‼」

「うわ、初音かわいい~‼アタシ、アタシのはどう?なんかアラビアンじゃない!?」

「アンタなんでそんなにテンション高いの!?」


小夏を見ると、確かに赤ベースのアラビアンな格好になっていた。


「うわ!なにこれ!?」「すごーーい‼」

「服が一瞬で変わったぁ!?」「どどどどうして!?」


周りにいた少年少女たちも、さっきとは全く違う服を着ていた。

一瞬にして、ここはコスプレ会場となってしまった。


「…わかってもらえた?」

「わかるはずないでしょ!?」


「…成る程。つまりあなた方は、現代の人間ではないということですか?」

「は!?」


いきなり、私の前に黒いローブを羽織った男が出てきた。


「1秒足らずで全身の服装を変更出来る方法なんて、今の世の中では有り得ません。加えて、先程の瞬間移動といい、この建物といい、……まるで『私達は未来人です』と僕達に伝えたいみたいです。」


「「「「み、未来人!?」」」」


何すっとんきょうなコト言ってんのこの人?

お陰で「未来人?」って皆合唱しちゃったじゃない。


未来人って、そんなSFみたいな……


「お……大当たり‼大正解よ千歳くん‼」

「おいおい‼説明ナシで当てるとか、超優秀だろ‼」


「「「「………………………」」」」


…………嘘でしょ。


「ちょっと待て。貴様、察しが良すぎやしないか?まさか、私たちと同じ時代から来た侵入者か!?」

「いやありえないって‼ちゃんとこの時代の人間だって再三確認しただろ‼だから構えを解けアヤメ‼」

「え、え、未来人!?ホントに!?」

「そんなまさか……でもこんなこと普通じゃ出来ないし……。」


「落ち着いて皆‼あとアヤメも‼今から全てを話すわ‼」


宥めるような澄んだ声が響く。


そして皆黙り始め、ざわつきは次第に収まっていった。


「……そう、私たち4人はこの時代からちょうど2000年後の未来から来たの。…申し遅れたわ、私はシズナ。ここ、地球気候観測船『mon-soon』のシステム管理を担当しているわ。そして、冬季専門観測チーム『水仙』のリーダー。皆、これから宜しくね!」


「俺は『mon-soon』の探査担当兼春季専門観測チーム『山吹』のリーダー、タツミ。…ほら次、アヤメの番だろ。」


「わ、私か?…『mon-soon』警備担当、夏季専門観測チーム『向日葵』のリーダー、アヤメだ。宜しく頼む。」


「そしてトリを務めますのはこのオレ、奇跡の美貌と天性のカリスマを持つハイブリッド‼『mon-soon』機械製造担当にして秋季専門観測チーム『金木犀』のリーダー、その名もシュウヤ‼ヨロシク‼‼」


このいけすかない男…シュウヤがウィンクを決める。ムカつく。


当然沈黙状態は続いたままだ。


「…アレ?ちょっとちょっと、無反応?」

「シュウヤ、これは多分無反応じゃないわ。皆引いているのよ、あなたに。」

「えっ」

「まぁコイツのことはどうでもよくて、それより、俺達がここに来た目的を………」


ようやく目的が語られる、と思った。


その時、


『みんな、《S》がこちらに接近しているわ‼‼急いで準備を‼』


何処からか、女性の声が聴こえてきた。


「なんだと!?」

「嘘だろこのタイミングで!?」

「ゴメン、説明は後だ‼アヤメ、シュウヤ、シズナ‼皆を各基地(ベース)に連れていくぞ‼」

「「「了解‼」」」


その途端、4人は慌ただしくなり始めた。


「ちょ、ちょっと‼‼どうしたのよいきなり‼」

「……もうひとつの『物的証拠』よ。私たちがここに来た理由。私たちが倒すべき『敵』が、こちらに近づいているの。」

「て、敵!?」


『敵』を倒す……!?


もしかしなくとも、私はとんでもない事態に巻き込まれてしまったことを悟った。


逃げた方がいい、と思案しかけるも時既に遅し。

「『エクリプティック・ポート』起動‼『山吹』へ転送開始‼」


「きゃあ‼‼」


その叫びが木霊した瞬間、私は再び風に飲まれた。


*****


「な…………‼」


一瞬だった。


私と、あの大樹の下で会った4人、そしてタツミは、板張り襖戸、和風テイスト全開の部屋にいた。


「ここ……どこ!?」

「ここは『山吹』の基地(ベース)の中心、天守『風上』だ。」

タツミはそう呟く。


「本当はゆっくり案内したかったんだけどな、邪魔が入っちまった。」

「邪魔って……さっきゆうてた《S》ってヤツですか?」

「ああ。俺達はソイツを追って来たんだ。《S》は…」


ドオオオオオン‼‼


「きゃあああ‼‼」「わぁっ‼‼」

突然、鈍い衝撃音が轟いた。


「早速攻撃してきたか‼もう一刻の猶予もない‼」


ダァン‼


タツミはそう叫ぶなり、板の間を勢いよく踏み抜いた。


すると、襖が次々と開いていく。


「ひゃあ‼襖が勝手に‼」

「ねぇ‼あれは何!?」


襖の奥には、丸く大きな円盤が6つ置かれてあった。色は青と緑のグラデーションで、光を反射してキラキラ輝いている。


「あれに乗ってくれ‼」


「「「「ええっ!?」」」」」


の、乗るですって?あの円盤に?


「とりあえずあの円盤の上に立てばいいのか!?」

「ああ、一人ひとつずつ搭乗してくれ‼」

「分かったわ‼」「は、はいっ‼」

「よっしゃ‼」「……なんなのよ、もう‼」

言われるがまま私は円盤のひとつに乗った。


「よし、全員乗ったな‼それじゃ、発進‼」

「は、発進?」


その時、上からゴゴゴゴ、と音が鳴った。

見上げてみると、厚い灰色の雲が空を覆いつくしていた。


…つまり、天井が開いていた。


「よし、みんな飛ぶぞ‼」

「え、ま、待って‼《飛ぶ》ってどうやって…! 」

「簡単だ、その場でジャンプすればいい‼」

「ジャンプって…こう?」

半信半疑で、軽く跳ねてみた。


ジャンプと言うよりむしろホップレベルの跳躍だったから、すぐに足がつか……ない!?


「え、と、ととと飛んでるーーー!?」


私の身体はあっという間に天井を抜け、黒い空に放り出されていた。


「………うわ、うわああああああ‼‼」


足が円盤についた時には、私はすでに空中に浮かんでいた。

足下以外全方位空しかなく、もしこの円盤から一歩足を踏み外したら………。


「皆大丈夫だ‼周りに『CLシールド』を張ってあるから絶対に落ちない‼」

「し、しーるど?」


恐る恐る手を伸ばすと、ある所から手に《何か》が当たって先に伸ばせなくなった。


「な、何で…?なんにもないのに壁があるみたいに……。」

「それが『CLシールド』だ。外部からの衝撃にも耐え、内部の環境を一定に保つ『選択的透過性障壁』。粒子は通すが、人は通さないから安心しろ。」

「へぇ……そういえば、アンタ何処にいるの?声聴こえるけど見当たらないし……。」

「あぁ、音声は『プロトコル』から送受信してるんだ。今はシールド内で反響してるから分かりにくいけど。」

「ぷ、ぷろと…こる?何よそれ。」

「お前たちが今つけてる腕輪の名前だ。優れものなんだぞ、コレ。『ルニ・ソーラー クロス』の装着、瞬間移動、そして極めつけが…」

「いっぺんに言わないでよ混乱する‼‼」

「あ、す、スマン……。」


聞けば聞くほど、SFの世界そのものだ。

なぜ私は、こんな夢物語みたいな現実にいるのだろう。


頭の中が混乱から、また怒りにシフトしてくる。


「……ねぇ、」

「なんだ?」

「私達は何をすればいいの?何をさせるためにここに呼んだの?」


私が知りたいことはただそれだけだ。


「……………《S》を、"破壊"する。あれを野放しにしておけば、地球上の生命が……2000年後には三分の一程度になる。」


「さ、三分の一!?」


そんな。

地球の未来は、そんな絶望的なことになってるとでも言うの……?



「俺達は何としてでも《S》を食い止めなきゃいけない。……でも、俺達4人で破壊できる代物じゃなかった……。」

「…"破壊"?ってことは《S》は機械なの?」

「ああ、俺達と同じ未来から来た『気候変動装置』。俺達が勝手に『suffer』ってネーミングしたから、頭文字とって《S》って呼んでるんだけど…、」


「…アンタ、今なんて言った?」

「え?…ああ、『suffer』は『苦しみ』って意味で、まぁ文字通り地球を苦しめている存在だから、」

「そんなことどーでもいいわよ‼‼それよりも、『同じ未来から来た』って言ったわよね!?何で過去(ここ)に来る前に壊さなかったのよ!?」


「……それは、」

「逃がしたとでも言いたいの!?だとしたら自業自得じゃない‼‼」

「違う‼‼わからないんだ‼」

「はぁ!?わからないってどういうことよ‼‼」

「『同じ未来から来た』というのはあくまで推測‼《S》を誰が創って、どうやってこの時間軸に飛ばしたかは、まだ調査中で………………‼‼初音‼気を付けろ‼‼」


「なんなのよ‼‼話の途中で……しょ……。」


私の嫌いなところの一つに、一端怒り出すと周りが見えなくなるくらい興奮してしまうところがある。


ほら、また今だって。


目の前にいる鉛色の巨大な球体に、今の今まで気がつけなかったのだから。



「あ………あ………‼」


"それ"は黒い雲を纏いながら、ゆっくりと私に向かってくる。

その光景はあまりにも不気味で、


「初音、ソイツが《S》だ‼今そっちに向かう‼‼ひとまず逃げろ‼」

「逃げろったって…………」


足を1cmだって、動かせなかった。


ピカッ、


「ひっ‼‼」


ドォォォン‼‼


突然の閃光、そして爆音。

間違いない、"私に"雷が落ちたのだ。

なんたらシールドのお陰で防げたけど。


「大丈夫か!?」

「大丈夫な訳ないでしょ!?」

「だったら急げ‼」


…そんなこと言われたって。


どうやって逃げろというの。

こんな、不気味な"機械"から。

こんな至近距離で。


……無理に決まってるじゃない。



「……アンタ、私に何させたいの?」

私は再度尋ねた。

「初音、いいから早く‼‼」

「アンタたち4人じゃ無理って言ったわよね。だから私たちを呼んだんじゃないの?」


「……………」


「何が『逃げろ』よ‼‼こんなところに放り込んだのはアンタたちでしょ!?何ふざけたこといってんの‼‼」

「初音……‼」


何を言っているのよ、私。

怒るよりも逃げた方がずっとマシでしょ。


『怒り』をとって良かったことなんて、今までひとつもなかったんだから。



「教えなさいよ‼‼"アレ"を壊すには、どうすればいいか‼‼」


……私は本当に、世界一の大馬鹿者だ。

私はいつだって、自分の感情を優先してしまう。


その時、

「きゃあっ‼‼な、なに!?」


銀色だった腕輪が、突如青色に輝きだした。


「……今だ、初音‼『東風解凍(はるかぜ こおりをとく)』って唱えろ‼」


「な、何よそれぇ‼‼」


「いいから早く‼‼その『怒り』、全部アイツにぶつけるように‼‼」



……本当にいいの?


今の私の『怒り』は、正直あの"機械"に対して向けたものではない。

突然訳のわからない状況に置かれたことに対して怒っているのだ。


だからこれは、謂わば『八つ当たり』だ。


こんな醜くて、厄介で、気持ち悪い感情を、ぶつけてもいいの?


こんな感情でも、何かの役に立てるの?


……役に立てるのなら、

何かを変える"力"になれるのなら。



「……『東風解凍』‼‼」



私は怒りに身をまかせ、そう叫んだ。


瞬間。


『ビャアアアアアアア‼‼』

「きゃああああああああ‼‼」


風を裂くような悲鳴が聞こえた。

と同時に、激しい追い風が背中を突いた。



「ああああああ…………………‼」


私の身体が宙を舞う。


このまま私、吹き飛ばされるのかな。


ほらみろ、やっぱりロクなことにならないじゃないか。


怒るのってとても疲れるし………。

あー……なんか、眠くなってきた…………。


本当、今日はなんて厄日だろう。


後輩と仲良くなれないし、

訳わかんないSF世界に連れてこられるし、

おまけに吹き飛ばされるし。


もしかして、このまま死んでしまうのだとしたら。


私の人生、なんて破滅的なのだろうか…………。


*****


『……ね、は……ね、初音……‼初音‼』


……小夏の声が、聴こえる。


そうだ、私が死んだら、小夏悲しむよね。

こんな私にも優しいヤツだから。


…やっぱり、死ぬのは嫌だなぁ。


「…………う………。」

「初音‼‼初音‼‼よかった~~~~~‼‼」

「小夏………?ってきゃあ‼」


眼を開けると、小夏が飛び付いてきた。

嬉しいけど、涙と鼻水を擦り付けないでほしい。


「うわ~~~~ん‼」

「ちょ、ちょっと小夏‼‼離れなさいよ‼‼」

「初音サン‼‼起きたんだね‼」

「……げ。」

小夏を引き剥がそうと必死なところに、あの白髪の男が眼前に迫る。


「よかったよ、目を覚ましてくれて。でも惜しかったね。あとちょっと遅かったら、オレの愛のキスで」

「気色悪い‼‼……小夏、いい加減離れて‼」


ビンタをお見舞いしようにも、両腕を小夏にホールドされてるせいで動けない。


「相変わらず手厳し~~~ッ‼‼でも、君のその『怒り』こそが、『mon-soon』を守る力となったのさ‼‼」


「……守った……?」


……そうだ、私は確か……。


「ありがとう、初音。お前の『東風解凍』が《S》を遥か後方まで吹き飛ばしたんだ‼」

二人の後ろから、タツミが姿を見せた。


その表情は嬉しそうな、そこはかとなく申し訳なさそうな、そんな複雑な表情をしていた。


「……ホント?じゃあ破壊できたの?」

「……いや、そのまま姿を消した。多分、瞬間移動したんだと思う。」

「…嘘でしょ…、はぁ…。」


一瞬の期待は打ち砕かれた。

結局、逃げられたのだ。

私は、逃げられなかったのに。


「でもまぁ、多少は破損したと思うわ。なんせあんな突風だもの‼」

「その通りだ。見事な『東風解凍』だったぞ、初音。これからが楽しみだな。」

朱髪の女と紫髪の少女が現れ、まるで励ますかのように声をかける。


「そうそう‼初陣にしてあの強さ‼‼それでこそオレの伴侶(パートナー)‼‼」

「…だれがアンタのパートナーですって!?」

「まぁまぁ‼とりあえず元気なようだし、今日はもう帰るか。」


「え、帰れるの!?」


「また日を改めて、ここ『山吹』を案内するよ。日本はもうすぐ日暮れの時刻だからな。」

「ああ、そういう……。」


やっぱり、ここから解放される訳ではなさそうだ。


「た、立てる?初音。」

「大丈夫よ。……それにしても、私空から落ちたと思ったのに、傷一つないなんて…。」

「CLシールド内にいたからな。風は通すけど人間は通さない。」

「そう‼そしてあの円盤…『catalyzer-scaffold sphere』、通称CSSを設計し、CLシールドを組み込んだのはまさにこのオレ、シュウヤ‼ つまり、オレの愛が君を守ったのさ‼」

「はいはいアリガト。」

「よっしゃ‼初デレGET‼」


このあしらいをデレと受け取るとは…。

この男、ウザいけど単純そうだ。


「小夏、帰るわよ。で、どーすれば帰れるの?」

「ああ、それは簡単で……」

「初音お姉ちゃん、目ぇ覚ましたんやて!?」

「ホントだ‼よかった~‼」

「お前凄いな‼あの突風起こしたんだって!?」

「あの《S》が遠くまで吹き飛ぶの、僕見ました‼」

「え……、ちょ、ちょっと‼」


やっと帰れると思ったら、あの4人が部屋に押し掛けてきた。

こっちは疲れてるというのに、面倒臭い。


ああ嫌だ。またイライラが……。


「あのねぇ、私は……‼」


「皆、初音はあんな力を出して、疲れているんだ。もう帰るらしいから、手短にな。」


また怒り出しそうになる寸前で、タツミがそうなだめた。


「あ…‼そ、そっか‼ゴメンなお姉ちゃん、ウチら……。」

「べ……別に。……心配かけて、ゴメン。」

「そんな、私の方こそ‼あんなに頑張ってたのに、私見ているだけで………。」

「な、なんでそんな、あんなのただの八つ当たりみたいなもので………‼」

「"八つ当たり"?それって……。」

「葦生くん、そんなん聞くだけ野暮やで‼…初音お姉ちゃん、ホンマにありがとぉ。今日はゆっくり休んで下さい。」


「………うん。」


ありがとう………か。


*****


『4月12日 20:45 天気:曇り』


帰る方法はとても簡単だった。

『自宅』を思い浮かべたとたん、現実の『自宅』の真ん前に立っていたんだから。(今まで所在不明だった荷物も制服もそのままに。)


学校を出てから2時間経過してたものだから、親への言い訳が非常に面倒くさかった。


「ああもう………なにもかもがめんどくさい。」


もう、この1日でいろんなことが起こりすぎて、私は心身ともに疲れはてていた。


「あーー……、もうねよ。」


鉛が地面に落ちるように、私はそのままベッドへダイブした。


ふと左腕を見る。

銀の腕輪が、まだそこにあった。

それこそ、今日の出来事が夢ではないことの『証拠』。


「……………はぁ。」


腕輪に嵌め込まれた青い宝石が、暗い部屋でもなお光り続ける。


それがちょっと眩しくて、私は目を閉じる。

そのまま、私は意識を手放した。


*****


『……初音さん。』


…なに、誰?

私、今眠いのよ……。


『眠ったままでいいわ。ここは、夢の中なのだから。』


夢……?

そっか、これは、夢……。


『私は暦(こよみ)。あなたと逢うのは二度目ね。』


二度目……?


『ええ、私は"mon-soon"に保管されている大樹。』


大樹ですって?

まさかあの、桜の樹?

樹のくせに、喋れるの?


『そうよ、人工知能搭載型植物として開発されたの。未来でね。』


ふーん……すごいのね、アンタって。


『……そこまで凄いものでもないわ。何せ、人間の話し相手として産み出された、"魔法の鏡"みたいな存在だもの。』


"魔法の鏡"、ねぇ……。

それでもすごいわよ。

未来の世界ってそんなに進んでるのね。


『……いいえ、何も変わっていないわ。人間の愚かさも、醜さも……。偶然人類が、"神にも等しい力"を見つけてしまっただけ。』


……神にも等しい……力?


『"麒麟石"。宇宙から飛来してきた高エネルギー物質。この石の発見で、人類の科学力は5万年先取りした……と言われていたわ。』


き、麒麟石?

なにそれ、聞いたこともないわ。


『今、あなたが付けている腕輪……"プロトコル"にはめられている宝石こそ、"麒麟石"よ。今日あなたが起こした強い風…"東風解凍"もこの石のエネルギーを使っていたのよ。』


……え?

そうなの?

てっきり私、怒りをパワーに変えてとかなんとか………。


『あなたの"感情エネルギー"が起動力となっているから、間違ってはいないわ。あなたのように、"麒麟石"のエネルギーを使う人間のことを、"catalyzer(カタライザー)"と言うの。』


へ、へぇ~……………。

私、英語は苦手なんだけど……。


『話を戻すわね。その"麒麟石"のお陰で、人類は途方もない力を手に入れたわ。……同時に、"力比べ"もするようになった。色んな"catalyzer"が色んな方法で自分の技術力を競いあって……。結果、地球は荒れ果てた"競技場"と変貌してしまったのよ。』


……どういうこと?


『つまりね、"環境破壊"よ。これで沢山の生命が死に絶えた。』


え……!


『地球は荒れに荒れ、災害が頻発するようになったわ。だから、人類は____。』


……反省して、その"麒麟石"の力で地球を戻そうとしたの?


『そうだったらよかったわね。……人類は、皆宇宙へ旅立っていったわ。新天地を求めてね。』


……それって、地球を………‼


『見限ったのよ。荒れほうだいで住みにくい、ましてや麒麟石も取れないような星に、留まる意味なんてない。これが大半の人間の出した結論よ。』


………そんな、今まで生きてきた星でしょう!?

そんなあっさり、捨てるなんて‼


『…そう考えて、地球に留まった人間もいたわ。あの4人は、地球に留まった側の人間よ。』


…………そう、だったの。


『彼らは、どうにかして地球を昔の状態に戻そうとしたわ。けれど、失敗だけが続いた。』


……なんで、失敗ばかりなのよ。


『原因を必死になって追い求めたわ。そうしたらね…………』


そうしたら………………?


『……は、………で………いて、…………………………たの。だから、…………………………。』


……なに、なんだって?

よく、きこえ、ない…………………。



『…………………………………』


*****


『4月13日 6:00 天気:曇り』


ジリリリリリリリリ‼


「………う~~~~~~~るさい……‼」


手探りで目覚まし時計を探す。

停止ボタンを押し、うるさいベルを止めた。


「……………ふぁ~~あ………あ。」


大きなあくびをして、ふと左腕を見る。

やっぱり、あの腕輪はついたままだ。


「……………。」


腕輪に嵌め込まれた青い宝石が、朝日を反射して光り輝く。


「………キリンセキ。」


確かそういう名前だったはず。

それにしても、不思議な石だ………。


………………あれ?



「なんで、私この石の名前知ってんの?」





『catalyzer』

"感情"を"力"に変換する『触媒』の話

end

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