どうやら、手作りの問題集は不評ではないらしい。自分の丸をつけるペンの音と、鉛筆動かす音だけが教室内に響く。それぞれ詰まっている様子は見えず、ホッとしてまたテストへと目を戻す。若干目が霞んではいたものの、こんなことでくじけてはいけないと気合を入れ直した。こんな風に向き合ってくれているだけで、全員にお礼を言って回りたいほど幸せだ。

そういえば数ページ毎に、飽き防止の為の謎解きを入れておいた。ちょっとした息抜きにと思ったのだが、ユーモアのセンスがないので、盛大に滑ってはいないだろうかという不安が過ぎる。顔をさりげなく覗いてみたが、それを確かめるのは不可能そうだ。一度手を止めたところで、時間が経っていることに気がついた。つい忘れがちになるが、初日から疲れさせてはいけない。昼食にしようとしたが、この学校の細かいルールは分からなかった。だがそろそろ頃合いのはずだ。

頭上にある時計を見ようと腰を浮かした時、廊下の方から音がした。気になったので近くまで寄ると、大きな荷物を抱えた彼と目が合った。捲った袖から見えている腕は、結構鍛えられている。にかっと口を開けて笑うと、お疲れさんと私に声をかけてきた。

「昼飯は教室までデリバリーしてるから、先生もちゃんと食えよ」

叩かれた背中を軽くさすりながら荷物を半分持つ。それに何が入っているかは分からないが、底はじんわりと暖かい。私の紙で散らかった机に一瞬眉を寄せながらも、教卓の上にドンとそれを置いた。開けると中には人数分の、紙で出来たランチボックスが入っていた。私の運んでいた方は蓋つきの紙コップ。朝飲んだのと同じカフェオレらしい。彼らに手を止めるように言う前に、すでに慣れた様子で片付けを始めていた。自由に机を動かし、箱を取っていく。窓際の三人はそのまま食べ始めていたが、残りは微妙な距離を保ちつつ近づけていた。恐らく動かしすぎると後で戻すのが面倒なのだろう。灰蓮は無理やり机をくっつけて、置くスペースを広くしていた。

私は蘭晶辺りに誘われたがなんとなく気恥ずかしかったのと、食べながらも作業を進めたかったので、やんわり断った(と言っても彼の机は目先だが)。因みにランチボックスの中身はサンドイッチとスープ。味は間違いなく上等で、彼はもしかしたら相当な腕の持ち主なのかもしれない。私の味覚のレベルがどれぐらいかは分からないが、彼らも褒めているので悪い方ではないのだろう。

彼らの集中力も落ちているようだったので、適度に休憩を入れ早めに切り上げる。久々に何時間も机に向かって疲れたのか、それぞれに体を伸ばし始めた。今回のテストで彼らの得意不得意の傾向を知れたので、明日以降はもっと細かく個人にあったものを作らなければならない。今やってもらっているのは一般的な物と近い。この問題集は早めに切り上げてもいいが、もう少し様子を見るべきだろうか。基本的なものばかりで、できる生徒からしたら煩わしい内容もあるだろう。しかし正直、彼らにはこれを一通りやらせる方が良さそうだ。勉強ができるできないではなく、そもそも教わってないものも多いだろうからだ。そうしたら少し猶予があるか。

意地で全力を出した体は、早々に追い出されることもなく、安堵してしまった。昨日のようなことはしばらくできそうにない。

授業中は硬い表情をしていたのに、放課後になるとぱっと明るくなるのはどこも同じらしい。主に蘭晶や瑠璃に引っ付かれながら階段を降りる。何人か別のクラスの生徒を見かけたが、彼らは互いに見えていないフリをしていた。

外に出てぐるりと校舎の裏側へ回る。入り口側からは狭い場所だと思ったのだが、こちら側はそこそこスペースがあった。体育館ほどの建物が二つと、その向こうに小さな何かが建っていた。話によると、どうやら礼拝堂になっているらしい。あそこに立ち寄るのは恐らく校長ぐらいだろう。

ぐいぐいと腕を引かれて木製の建物に入る。ここが彼らの寮で、二階建てになっていた。もう一つの寮の方が広く、二クラス分の生徒が過ごしている。食堂もあちらにあるらしい。

つまりここへは完全に黒の生徒以外来ないということだ。洗濯や食事は彼らが隣まで移動する。一階は五部屋で、トイレとシャワールームがあった。二階には部屋が二つと、物置部屋があるらしい。入ってすぐの部屋は簡素なベッドと机、中身のない本棚があるだけの部屋だった。

「ここが先生の部屋です。後でシーツや蝋燭を持ってきますね。このままでは寒いでしょうし」

しばらく使われていないのだろうが、埃などは落ちていなかった。彼らが掃除してくれたのかもしれない。

「その隣は僕の部屋です。一応寮長ってことで、何かあったら僕のところへ。あ、僕は個室なんですよ。だから遠慮しないで来てくださいね」

隣にいた紅玉が教えてくれる。彼はやはりリーダー気質というか、そんなオーラがある。つい素直に頷いてしまうような。

「その正面があたし達の部屋よ。柘榴と同部屋なの」

蘭晶が開けてくれた部屋の中は、可愛らしい色で纏められていた。私の部屋と受ける印象が随分変わる。柘榴は何も言わないが、微かに笑みを浮かべたまま輪の中にいた。

「あ、あっえっと……柘榴達の部屋の、隣が僕たちで……」

月長は困ったように眉を寄せながら、床に座り込んで何かを作り始めている琥珀の方を見た。彼の態度はどこでも関係がないらしい。先程も一応授業は受けてくれていたが、常に片手で粘土を捏ねたままだった。

「琥珀が……同室です」

俯いてしまった彼は巻き込まれ体質というか、苦労性であるらしい。慰めたくなって、細い肩に軽く手を乗せる。労うような笑みを向けると、少し顔の角度は上がった。

「……紅玉の隣が俺と翠だ」

素っ気なく蛇紋が答える。翠にはまだ歓迎されていないらしく、後ろの方にぽつんと立っていた。この二人はどちらも少し気難しそうだ。早く彼らの信頼を得なければいけない。後の部屋はトイレとシャワールームなのだろう。そのまま二階へ上がった。

「あ、センセーここは俺と瑠璃の部屋。黒曜は一緒の部屋でもいいって言ってんのにさー。一人なんだよねー。へへ、寂しかったらいつでも来ていいからなー」

灰蓮が瑠璃を抱きしめながら、隣にいた黒曜の頰を指先で突いた。黒曜はそれを無視してそっぽを向く。思ったより仲が良いのかもしれない。それか、ただ灰蓮が人懐こいだけか。

これで彼らの寮の様子は大体把握できた。後は私の部屋をどうにかすることぐらいだ。紅玉や蘭晶達に協力してもらいながら色々集めてみると、思ったよりも快適そうな部屋が出来上がった。私は充分だと思ったが、蘭晶はこれでようやく一段階目ねと言っていたので、もしかしたらもっと派手にされるのかもしれない。

「机とベッドがあれば大丈夫だよ。これでも前の部屋より豪華なぐらいだ」

「やだぁ先生それじゃ独房と変わらないじゃない。とりあえずこれはどうかしら? 余ってるのよね。素敵なんだけど今のインテリアには合わないの」

渡されたのは深い赤色に金色の刺繍が施されたテーブルクロスだった。高級そうなそれを、汚すと悪いからと断る前に勝手に置かれていた。

「あとカーテンと、ランプも新調したいわね。あーん枕もこれじゃあ可愛くないし……お買い物に行きたいわぁ」

「そういえばキッチンがあるのは私の部屋だけなんだね」

小さいが一応軽く料理できるぐらいのスペースがあった。これなら彼にいちいち頼まなくても、コーヒーぐらいは自分で用意することができる。

「ふふ、先生はお料理もするの?」

「いやそんなにはしないよ。温めるだけとか、本当に簡単なことしかできない」

それに彼の腕は確かだから、わざわざ下手くそな料理を自分でする必要もない。

「ふぅん、そうなの。あたしの愛情たっぷりな料理を〜って思ったけど、あたしもこれはさっぱりで……。あ、でもでも! 先生が必要だっていうなら頑張っちゃおうかしら」

どんな時に蘭晶に頼む必要があるのかは思い浮かばなかったが、何か期待している目だったので、曖昧に笑っておく。そんなことをしている間に夕食の時間になったらしい。紅玉がランプを持って現れた。

「外は暗いですから。いつもは僕が持ち歩いているのですが、先生が先頭になりますか?」

全員揃って隣の寮に行くらしい。一人ぐらいは欠けてきそうだと思ったのだが、彼らは結構団結している。先頭の紅玉の足元に瑠璃はくっついていた。もう片方の手は灰蓮の裾を握っている。そんな瑠璃と目が合った。何秒間か続いていた気がするが、急にふいっと逸らされてしまった。

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