「それにしても、わら人形なんて凄いセンスだね」

スポーツドリンクを一口飲んで右を向くと、汗を拭いている目と合った。

「だな……あいつらの趣味が分からん」

いつもは通過駅でしかない、その場所にお店はあるらしい。こんなところすぐに廃れてしまいそうだ。それを支える顧客はどのくらいいるのだろうか? ……そういう人が高良さんのストーカー、挙句パトロンのような形になることでも望んでいるのかもしれない。

気合を入れ直し、あまり冷房の効いていない電車内を眺める。

「これから涼しくなるかなぁ……」

端っこに座っていたら、扉が開くたびにむわっとした熱気が体に当たった。

「わら人形ってお化け屋敷じゃないよな」

「えっ、ちょっとやめてよ」

「どうする、目玉型のゼリーとかイチゴジャムを血に見立てた料理が出てきたら。あと昆布を細く切って髪の毛とか……いやそれはとろろとかでもいけるか?」

「……それ次の文化祭で提案してみたら?」

「結構いけそうだよな。やってみるよ」

もちろん冗談なのにノリノリに返してきた。もういいやと窓の外を見る。綺麗な晴天だ。休みなのに人は少ない。お昼を過ぎた微妙な時間だからかな。

「碧、次の駅」

うんと返事をして携帯を取り出す。くるりにはゲームのお知らせ以外の更新はなかった。覗き込むように春昭が寄ってきて、なんとなく画面を傾ける。

「なに、別に何もないよ」

「碧さー。最近あんまり呟いてないよな」

「……そうだね」

今は人のを見ている方が楽しいとか言ったら、ちょっと引かれるかな? でも別に書きたいこともないし。

「春昭がメッセージ送ってくるからじゃん」

「いいだろ別に。碧だって暇だろー? あ、そうだ。わら人形の公式アカあるの知ってる?」

「えっ? あるの?」

「公式つってもあいつらがやってる奴だけどな。えっと……あ、着いた」

「えー何このタイミング……」

「まぁ後で教えるからさ。行くぞ」

それにしても上野矢駅なんて初めて降りた。ホームも人がいなくて、がらんとしている。

改札を出ると、少し曇っていた。灰色のビルが多くて、全体的にその色のイメージがする町だ。

「なんか静かだね」

「そうだなー、営業してない店が多いっていうか。人が全然いないな」

細い路地を入ったすぐに、二階建てぐらいの小さなビルが見えた。そこがお店らしい。

「ここ……かぁ。本当に人来るの?」

「穴場もいいとこだな」

狭い階段を上がると、扉の前に和紙で作られた照明器具が置いてあった。ここで間違いないらしい。

「ノックとかするの……?」

「いや、とりあえず少し開けてみよう」

春昭の後ろで覗き込むようにドアノブを見つめる。こんなディープな場所に来たことがないから、少し怖い……。緊張しながら扉が開くのを待った。

すんなりと開いたそこから見えてきたのは赤色。照明でその色に見えるらしい。暗めの店内で、提灯がいくつかぶら下がっていた。

「おかえりなさーい! お兄ちゃん達っ」

雪乃ちゃんは前に写真で見た、黄色のフリフリの服を着ている。

奥のソファーに座っている男が顔を上げて、一瞬目が合った。白のTシャツに何かのアニメのキャラが描かれている。眼鏡の奥に見える瞳からなんとなく異様なものを感じて、目を逸らした。

「二人で」

春昭はファミレスと変わらないテンションで進む。その後ろにぴったりくっつきながら近くの椅子に座った。

「はぁーい。これメニューでーす」

いつもこんな調子なのか、かなり軽い。こそっと何か春昭に耳打ちしてから、他のテーブルに行ってしまった。

赤暗い店内は慣れそうにない。わら人形なだけあって、少しホラーモチーフだ。

「碧、これ。ははっ、すげえなこのメニュー……」

「ん、これなんて読むの?」

メニューには難解な漢字が並んでいる。写真があってよかった。

「これ雪乃ちゃんの奴……」

言い終える前に手で制された。しーっと人差し指を立てられて、慌てて謝る。

「ごめんっ……えっと、みき……ちゃんの奴だね。ハハ、あーでもこれ結構美味しそうかな?」

「碧はこれにしなよ」

指差されたのは、肉紅ドリアと書かれた奴。

「骨とか書いてあるけど、骨つき肉なのかな」

「そうかもな。ドリアで骨つき肉……? ってそこじゃなくて。これ、紅ちゃん特別メニューだから、会えたりするんじゃないの? あっ二回目からはチェキだってよ」

「写真撮るの?」

「一回目でもプラス五百円でできるってよ」

「いやぁ……でも」

なんとなく恥ずかしくて、普通のメニューにしてしまった。デザートだけは雪乃ちゃんの奴だ。

見たことがない人が注文をとってくれたから、以外と従業員はいるのかもしれない。

水が運ばれてきて、やっと落ち着いてきた。店内をぐるりと見渡してみる。

駄菓子屋で売っていそうなお面やおもちゃが壁に飾られていて、わら人形が可愛くデコられたものがあるのも発見してしまった。ピンクの水玉リボンをつけて、頬を染めたわら人形は多分ここにしかいない。

あとはクマやウサギの普通に可愛いぬいぐるみが、椅子の上とかに置かれている。でもよく見ると血みたいなもので汚れていたり、包帯や眼帯をつけている。

「あ、さっき。みきちゃんなんて言ってたの?」

そういえばこそっと耳打ちしていたことを思い出した。

「いや、うまくやれってさ。あと無理して頼まなくていいって」

良い子だなぁと感心していると、ゆらりと視界の端で赤が動いた。

「……こちら、霊精パスタです」

「あっ……」

高良さん……ではなく、紅ちゃんがテーブルに運んできた。見慣れない格好に、必要以上にドキマギしてしまう。でもこの非日常空間がそうさせるのか、僕は初めて高良さんの顔をはっきりと見つめていた。

「これ、取り分け皿……」

それだけ言うと席から離れてしまったけど、一度止まって振り向いてから、また去っていった。

「とりあえず食べるか」

「うん……あ、結構美味しいよこれ。ふつうに冷製パスタだったね」

「まぁ、あいつらが作ってる訳じゃないからな。どうせ冷凍食品ばっかだろ」

「春昭って結構厳しいよね?」

「それは特定の人物にだけ。碧には甘い」

「そ、それはなんとなく知ってた……」

春昭の頼んだピザを二人で食べていると、チリンチリンと扉が開いた。一度顔を合わせてから振り向くと、五十代ぐらいだろうか、少し年のいった男性が現れた。慣れているのか店員に声をかけると、もう一つのソファー席に座る。固定客いるんだなぁ……。

視線を戻すと春昭と目が合った。見えないようにさりげなく指を後ろに向ける。

「碧……チェック」

小声で呟いてそっちを見た。もしかして彼が例のストーカーだというのだろうか。春昭の厳しい目を信じて、注意してみることにした。

「ふぁーい! 完成だよー。みきたん特製チョコレートケーキ(盛り付けだけ)だよーん」

そんな緊張感を全てぶち壊すみきたんの登場に力が抜ける。

「ほらほらー。このひよこさんクッキーめちゃんこかわっやろー?これはお兄ちゃんにあげるー」と言って僕の皿に置く。

しかしにっこり笑ったその顔にはもう兄弟で意思疎通が取れていたようで、グッと指を立てた。意外とやり手だなと何度も思わされている。

その後ろで例の男性がみきたんを呼び止めた。耳をすますと会話が聞こえてくるけど、BGMがでかめなので聞き取りにくい。

「新しいお客さんだね?」

「そうやねー。でもみきの知り合いなんよ」

「お友達?」

「えっとー……」

助け舟を出そうか様子を伺っていた春昭が、次の一言でガタッと体を揺らした。

「あれー、みきのガチお兄ちゃんなの。あははっ恥ずかしいから隠そうと思ってたんだけどさー。お兄ちゃんがどうせお前なんかに働けるわけないとか言ってきて! みきたんのスペシャルな接客を見せるために呼んだんよー」

「お兄さん……?」

バカと小さく呟いてから、春昭は後ろに会釈した。男性は優しそうなにこやかな笑みを返す。その横で隣のTシャツの人が安堵しているように見えた。ああそっか……こんなところに恋人でも連れてこられちゃ嫌だもんな。年の近い自分たちを怪しんでいたのかもしれない。有難いことに二人の顔はまぁまぁ似ているので、信じてくれたようだ。

「はぁ、何か恥ずかし……」

「お疲れ……ハハ」

チリンチリンと扉が開く音がした。また客が来たと驚き振り向くと、今度は細い、若く見える男性だ。黒いジャケットに同じく黒いズボン。シンプルな格好で髪が少し長い。

「あっ、おかえりなさぁーい!」

みきたんが真っ先に飛んで行って、ぶんぶんと腕を振った。男性は照れながらも嬉しそうに答えている。そのまま先ほどの男性の横に座ると、今度はこちらを気にしてソワソワとしていた。男性から何か聞いてちらりとこっちを見たけど、目が合ったのは一瞬だった。

「碧……そろそろ出る?」

デザートも食べ終わっちゃったし、出るなら今がベストか。今回はお店に来ることが目標だったからこれでいいけど、少し焦った。ストーカーになりそうな人物なんて分からない。一見好印象に見える人が行っているのかもしれないし。

会計の時レジのところからさりげなく奥の方を見ると、細身の男はみきたんカラーのカードをいっぱい持っているのが見えた。

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