「まぁいいや……碧、どうする? 早速だけど言うか?」

「でも今日はそれ話しに来たんでしょお?」

雪乃ちゃんにはもう知られているようだ。高良さんのことなのだろうと思うと、鼓動が加速を始める。

「えぇっと、碧兄はわら人形なんてお店聞いたことないよねぇ……。実は雪乃はですねぇ、そちらで働いておりまして」

「単刀直入に言うと、高良もそこで働いているんだ」

「なんで言っちゃうのぉ! いいとこいいとこ!」

「一応カフェ? いや喫茶店……のつもり?」

「んーまぁね」

わら人形……。当然聞いたことはないけど、喫茶店という響きに安心する。勝手なイメージで、古本屋や喫茶店が好きな感じがしていたから。

「しょこ姉とは前から仲良くて、その店もウチらで作ったようなもんなの」

「俺も興味なかったからよく知らないんだけど、一度行ってみたら?」

「えっ! で、でも嫌じゃないかな。全然話したことないクラスメートが来るなんて……」

「確かに……一般向けじゃないから余計に来にくいかも」

「えっ?」

一瞬何かやばい店なのかと思ってしまったけど、雪乃ちゃんがくすっと笑った後、パソコンであるサイトを開いた。

「ほら、これ祥子姉。可愛いでしょ?」

思わず食い入るように見たそこには、白い肌に映える赤い着物風の服、艶のある黒髪が流れる先の唇は紅に染まり、一見すると彼女ではないのかと思えるほど、美しく着飾られた高良祥子が写っていた。

他にも五人ほどメンバーがいるけど、その中でも彼女からは目が離せない。

「ふふ碧兄可愛いー。でもこれはよく撮れてるよねー。でもゆきのんも負けてないでしょ? ねっねっ?」

「雪乃ちゃんってこの、みきっていう子? 名前には関係ないよね」

ホームページには本名ではない名前で書かれている。

「あーそれ? ……かざなみ、ゆきのだから間? とってみき、みたいな? っていうか雪乃の好きなキャラクターにもじったんよ」

「キャラ?」

ほらほらと手に握られているフィギュアは、魔法少女のような格好をしている。

「この子、兎野みみ。通称みみたんだから、似た感じにしたの。みきたんね。ちなみにしょこ姉は別につけたい名前もないとか言うから、担当カラーの赤からとったの。くれない……改め紅ちゃんってね」

「紅ちゃん……」

和風をコンセプトとしているそこは僕のイメージしていた喫茶店ではなく、メイド喫茶に近いものだと分かった。

彼女がテレビで見たようなことをしているとは思えない。いつもの様子からしてギャップというか……かなりかけ離れたものだった。

「あ、碧……大丈夫か?」

自分の想像していなかった情報が一気に押し寄せてきて、またショートしそうになる。

「うん……その、びっくりしたけど平気だよ」

「わら人形ができてもうすぐ一年目に突入……するかな? そんなに経ってないの。今からなら、碧兄も常連様になれるぞい!」

「バカ。とりあえず高良に聞いとけ」

「言わない方がいいんじゃないかなぁ? サプライズしちゃおうよ!」

「確かに行く前に本気で断られたら、なすすべがないよなぁ……」

「ふふふ……分かった。このゆきのんにお任せあれだよ! 任せといて」

「本当に大丈夫か?」

「まぁまぁーとりあえず、これから例のバイトなんで行ってきますよ。お兄達が来れそうな日も決めてくるね」

「ああ、行ってこい」

「なにそれー、カッコつけてんのー? だっさー。ふふ、じゃあまたね碧兄!」

バタバタと走り去った後は、無言が数秒続いた。

「碧……紅茶、もうちょっと入れる?」

「え……ああ、うん……お願い」

冷たいアイスティーが喉を通ると、少し落ち着いた。

「春昭は知ってたの?」

「んーまぁ、な。詳しいとこまでは聞いてないけど……あれも初めて見たし」

「そっか……」

「で、どう? 碧はただ驚いただけ? それともショック? イメージと違ったか」

春昭は僕の隣に座り直して、クッキーを一つ口に入れた。

「上手く……言えないけど、高良さんは僕とは全然違うところで生きてる。手の届くところにはいるんだけど、本当の意味で手に入れられる気はしないんだ」

確かにイメージとも違った。けれどそれ以上に似合っていて、ますます距離を感じてしまう。やっぱり僕とは違う世界に生きているんだ。

「……そんなに価値ある奴かなアイツは」

ぼそりと呟いた春昭の顔は遠くを見ていた。それからグラスに視線を下げる。

「俺が思うに、アイツは何も考えてないよ。多少は考えたんだろうけど、今はそれを拒否して、空っぽであることを望んでる……そういう奴に見える」

彼女を否定されたことよりも、詳しそうな言動と単純にそんなことを思っていたのかという驚きで、ぽかんと見つめてしまっていた。

「……あ、ごめん。実は高良のことはあんまり好きじゃない……っていうか俺って損得とか考えちゃうんだよね。俺にとっては高良がそんな対象に見えないってだけ。でも碧から見た世界は俺とは違うから、綺麗に見えるのかもしれない。俺が碧といるのは損でも得でもどっちでもいいと思うように、碧には高良がそう見えるのかもしれない……」

「春昭……?」

思い詰めたように下げていた表情がフッと緩み、こちらを見てからぱんぱんと背中を叩いた。

「ま、挑戦してみるのは悪くないよな。俺も、もう一回確かめてみるか。……でもな、碧。絶対手が届かないとか思うな。碧ほど良い奴はいないって俺は思ってるから」

「春昭っ……ありがと」

「……ハハ、なんか照れるな。で、良かったらこれ一緒に消費してくれない? あいつ張り切って作りすぎたからさ」

ニカッと笑う彼に、もう先程までの空気はなくなっていた。クッキー食べ放題をしながら、さっきの春昭の言葉を思い出す。暖かい気持ちになって、僕も彼が友達で良かったなと思い直した。

一通りゲームなんかで遊んだ後、いつの間にか外は暗くなり始めていた。心地よい空間についうとうとしてしまう。

「碧、何時ぐらいに帰る?」

「うーん……」

家はそれほど離れていないから、少しぐらい遅くなっても大丈夫だろう。

それより手に持っているクッションが、凄くふわふわして気持ちいい。どこで買ったんだろうなぁ……。

「……眠い?」

「んー、ちょっとー……」

借りた漫画を閉じると、小さな欠伸が出た。

「俺のベッドでいいなら使ってていいよ。今から夕飯の支度してくるし」

「え……いいの? あ、それより手伝おうかぁ?」

「いいって。そんな状態の奴に包丁持たせるとか恐ろしいし」

「はは……そうだよねぇ」

「じゃ、これで電気調整できるから。他の物も好きに使っていいよ。生憎、見られたらマズい物とかは賢く隠せるんでね」

「えー? 何それーどこにあるの?」

「秘密」

一人になった部屋でリモコンをいじってみると、五段階ぐらいに明るさがパッパと替わった。

「いいなぁ……これ便利だなぁ」

普通なら同世代の男の布団なんかと思うけど、入ったときから気づいていた。新品とまではいかないだろうけど、とにかく綺麗だ。シーツはシワもなく、汚れなんて見当たらない。試しに横になってみても、洗剤の匂いがするだけだ。

「すごいなぁ……ちゃんとしてるなぁ……」

そのままゆっくりと眠りに落ちていった。



あっ……と画面を押したときにはもう遅かった。

押すボタンを間違え慌てて攻撃ボタンを押すも、画面には負けという二文字が浮かんでいる。しょんぼりしているモンスターを消して、くるりを開いた。

暇があればちょこちょこやるゲームは、くるりの中にあるオリジナルの奴だ。最初はメッセージ待ちの間にやるのに適していて人気だったけど、今ではそっちの方が盛り上がり、上位ユーザーは僕の倍どころではないレベルになっている。やっぱりもう一回戦やろうかと考えていた矢先、彼女の呟きが更新された。

『――ぽかりと開いた空の真ん中に月が出る。それは自分から見たらとても意味のあるものだけど、きっと月からしたら、ただの空の一部。そんなものに惹かれて、突き放したくて、焦がれる』

「……最近はポエムが多いなぁ」

こういう発言には感想を言いにくいのか、コメントはついていなかった。

『moonさんはお子さんとお祭りとか行かれるんですか?』

そろそろ夏だねぇと呟いたmoonさんに対してのコメントを、ちょっと前に送っていた。

『いやぁー子供ももう大きいからね、親と遊びに行こうなんて年じゃないよ。ちょっと寂しいけどねぇ……』

私だったら一緒に行きたいなんて、他の人からもコメントがついていた。

やっぱりmoonさんは父親で、子供さんは小学校高学年とかなのかなぁ。それとも結構いってたりして? あまりプライベートな話題は出さないらしく、家族の写真などは過去にも貼られていない。

それから話は夏に見える星座に変わった。

星座といえば……昔、山まで登って星を見に行ったことがある。星が目的なんじゃなくて、普段遊べない時間までみんなと遊ぶ為だったけど。宿題をしに行くと言って誤魔化したんだっけ。あの頃は良かったな。悩みが宿題とかテストとか、そんな単純なことで。今はややこしい問題ばっかりだ。

今年の夏は頑張ろうと意気込んで、春昭とのメッセージを開く。そろそろ予定を話し合ってもいい頃かな。

……今回は特別なんだ。久しぶりにわくわくしている。浮かれてしまった気持ちを冷まそうにも、なかなか静まってくれなかった。

春昭にはまだ早いと笑われたけど、今年は一緒に祭りに行こうと言ってくれた。

じわじわと暑くなっていく中で、柄にもなく校庭の水道で水浴びをしてみたり、新しい服を買いに行ったりもして……。

あっという間に夏休みは始まった。

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