第38話 ケルベロスにはほど遠い

 予想通り、あの双子は、この前の宙域でウロウロとしていた。

「いたぞ」

『誰も止めたりしないのかなあ』

『狂犬だもんな』

「いっそクラシカルに果たし状を送りつけたら喜ばれそうだな」

 苦笑して、では作戦開始とばかりに飛び込んでいく。

「また会ったな」

『あ、来た!』

『この前は邪魔が入ったし、エネルギーも切れたから仕方なく帰ったけど、今日は最後まで遊ぶよ!』

「遊ぶ、ねえ」

 そして唐突に、鬼ごっこが始まる。

 スピードが増した。そして、今までは付いていたリミッターを外し、反応速度が跳ね上がった。ショックアブソーバーと、加速への耐性を上げる薬物を摂取したせいだ。元々フェアリーはパイロットの安全を考慮しない、天井知らずの反応速度が特徴だ。ヒトという柔らかで脆い弱点を克服出来た、これが本来のスペックと言ってもいいだろう。

『何か違う!』

『改造!?』

『カッコいい!』

『面白い!』

 どんどんおかしなテンションになって行くようだが、それに比例して、彼らの攻撃も冴えて行く。

 そしてこちらもそれに応じる。

 他のドールがやり合うのを横目に、飛び回る。

 真理や明彦達は、余計な奴らが来ないように、他の奴らを片付けてくれている。

 ナイフも機雷も、この速さなら避けられる。ビットの攻撃も当てられる。

『当たらない!』

『クソッ、何で!?』

 次第にイライラして来たようだ。

「ははははは!」

『腹が立つぅ』

『完全に仕留めるからな!』

「鬼さんこちら」

 距離を開け、おちょくるように、先行して小惑星の向こうに回り込む。

 おあつらえ向きに彼らの正面には穴があり、その向こうに俺は先回りしている。

『近道で追いつくよ!』

『見てろよ、バーカ!』

 2機は、小惑星の中をくり抜いたトンネルに入った。

 そして、ピタリと止まる。穴を出た先に、俺が通せんぼするかの如くいるからな。

『終わりだ、バーカ』

『こんな細いトンネルでも平気だもんね!』

「なあ。そのマークって何?」

『え?』

「地球にはケルベロスっていう、神話上の強い生き物がいてな。頭が3つある犬なんだ」

『?』

「ケルベロスよりも頭が足りないな。バカはお前らだろ」

『なんだと!?』

 2機はトンネル内で、各々、ナイフと機雷を操ろうとしたが、狭くて上手く行かない事に気付いた。それで、ライフルを構え、撃った。

『ギャアア!?』

『何で!?』

 トンネル内は大爆発を起こし、元固形燃料採掘のための小惑星ごと見事に吹き飛んだ。

「だから、頭が足りないって言ったんだよ。ガスが溜まってる事くらい予測しろよ。それが何の廃棄小惑星か、自分の庭ならわかるだろうに」

 ノウラ兄妹がやられたのはすぐに知れたらしく、正規軍は撤退して行った。


 あすかに戻って、くせになったイチゴ味噌汁抹茶を一杯飲む。

「はああ。でも、ずる賢いって言うか」

「作戦勝ちと言え」

「トンネルに来なかったらどうしたのぉ?」

「小惑星の陰から出た所をやれるだろ。スピードで後れを取った時点で、ほぼ勝ってたんだよ。

 その分、あそこに上手くはめ込むまで、スピードコントロールとかは大変だったんだからな」

「いや、大変の方向はそれでいいのかなあ?」

「いいんじゃねえの?無事だったんだし」

「まあ、いいか」

 真理は明彦に言い負かされて、いい事にしたらしい。

 カップを返して歩き出した俺達は、その会話を耳にした。

「謎の儀式?」

「そう。なんでも地球では、ドールに感謝を捧げると、ドールに神が宿るとか」

「それで、あれか」

 嫌な予感がした俺達は、オペレーターが通り過ぎると、格納庫を覗いてみた。

 フレイラのパイロット達が、ドールに話しかけ、磨き、酒の代わりなのかオイルを捧げ、感謝のダンスを踊っていた。

「・・・あんな事は言ってないぞ、俺」

「おかしい。おかしいぜ、皆」

「でも、ボク達のせい?」

「・・・見なかった事にしよう」

 そそくさと、その場を離れる。

 その後、その儀式がどうなったのか、俺達は関知していない。






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