第32話 フレイラ革命軍

 春原先生は、上機嫌だった。

「技術も試薬も凄いですよ。これが使いこなせれば、原因不明とされている病気の少なくともいくつかは解明できるかも知れません」

 先生は遠くを見る目になって笑う。

「それは良かった」

 隊長は控えめに相槌を打って、促した。

「で、検査結果はどうでしたか、先生」

「あ、そうでした」

 先生は検査結果をまとめた紙に目を落とした。

「まず隊長。肝数値も正常ーーいや、そういう部分は、後で個別に指導します」

 そこで、ペラペラと紙をめくって言葉を継いだ。

「詳しい部分は省いて結論だけを言います。やはり想像通り、砌君、真理君、明彦君はダイレクトリンクの才能があり、発現しています。ヒデさんとユウさんは遺伝子はありますが、発現はしていません。他は、遺伝子を持っている人はいませんでした。

 それから、砌君ですが、あと特異な遺伝子が見られました。空間眺望、遠隔操作、予見視の3つです。真理君は予見視の遺伝子です。明彦君は空間眺望の遺伝子でした」

 誰かがグウッと喉を鳴らした。

「待って下さい。じゃあ、何ですか。こいつら3人は、その珍しい珍種みたいな1パーセント未満の能力がある?たまたま先祖返りしたより珍しいのが、たまたま一つの飛行隊に集まった?」

 隊長が疑わしそうに言うが、すぐに、ああと呟く。

「いや、だからあすかまで来たし、生き残ってるのか。クラス分けもそういう選考があるし、班まで同じはともかく、クラスが同じになる確率は高いのか」

「え、何ですかそれ。クラスがどうこうって」

「あ、知らないんだっけ、学兵自身は。

 潜在的な能力を見てわけるんだよ。だから、芽の出ないまま終わるのもいるし、努力だけで上回るのもいる」

 ヒデが言った。

 知らなかった。

「ここまでハッキリ遺伝子で突き付けられるものじゃないが、ぼんやりとは、な」

 隊長が、頬を掻いて「内緒だったな」と苦笑する。

「貴種ねえ」

 真理が半笑いを浮かべた。

「そんな品評会の珍品植物みたいな事言われても、なあ。まあ、やつらと戦うには便利そうだけど、退役したら関係ないしな」

 俺が言うと、明彦は頷いた。

「むしろ、イケメンな顔面偏差値の方が役に立つぜ」

 隊長やヒデ達がガックリと頭を下げた。

「いや、あのね」

 ノルドさんが「わかってないのかな」という感じで言いかけるが、隊長が力なく笑う。

「こういうやつらなんですよ」

「だって、なあ」

「学兵だもんねえ。後2年だしね、兵役」

「進路かあ」

 そちらの方が、切実だ。

 突然、モニターの向こうでラドさんが笑い出した。

『はっはっはっ!遺伝子に縛られないで生きられるとは、こういう事だねえ』

「人間関係とかには縛られますけどね」

『それはどっちみち同じだよ』

 違いない。

『ならば、どうしようもない遺伝子に縛られるのは御免だ。薬物で対G能力が上がるなら、職業だって自由でいい筈だ。やっぱり、今のフレイラのあり方は賛成できない。

 力を貸してもらいたい。我々だけ、そちらだけでは敵わないだろう。一緒に、戦って欲しい』

 真面目な顔になって言った。

 隊長は真面目な顔で、答える。

「我々はあくまで、命令に従う軍人です。それを決める立場にはありません。

 しかし、政府が、国連が、そういう判断を下す事を願っておりますし、その時は、全力で臨みたいと思っております」


 数日後、あすかは革命軍の艦隊の中にいた。

「いや、そう言ったけどね。そう思うけどさ。なんであすかとルナリアンの艦だけなんだ、前線行きは」

 隊長は、操艦室の艦長席で、しかめっ面をしていた。

「まあまあ、隊長。いまさらやないですか」

「タカ・・・。まあな」

「それに現実的に、危なっかしいロシアや中国の部隊や無人機と共闘するくらいなら、この方がやり易いですし」

「身も蓋も無いな、ユウ・・・」

「でも、まあ、そういう事ですよ」

「ヒデ・・・。そうだな。割り切るか」

 隊長は苦笑して頭を掻くと、

「うん。気楽でいいか」

と笑って俺達へ言った。

「という事だから、ますます忙しくなるな。しっかりと期日中に課題を仕上げておくように」

 俺達は

「はあい」

と揃って返事をしながら、新しく届いた大量の先々までの教材の箱を恨めし気に眺めたのだった。


 革命軍は岩石群に囲まれた無人の小惑星の中に本拠地を置いていた。非戦闘員もいて、生産や、教育もしている。

 港には艦が並び、そこの一角に、あすかとルナリアンの艦も停泊する。

 降りてみると、空気は地球と同じ、気温は適温という感じだ。流石、ルーツが同じというところなのか。

「ようこそ。歓迎します」

 モニター越しにあっただけだった革命軍の代表者ラドさんは、がっしりとした大柄な体つきの、笑顔が温かい人だった。

「こちらこそ、お世話になります」

 隊長とがっちり握手し、

「さあ、とにかく中へ。内部をご案内しましょう」

と、内部へと案内される。

 港部分は無重力だったが、軍用区画を過ぎてその向こうの扉を潜ると、地球と同じくらいの重力があった。

 この小惑星はレモンのような形をしており、ヘタと先の部分に港やそれに付随する区画、身の部分に生活する区画があった。そしてそれは皮の内側に張り付くような形になっており、生活区画はゆっくりと回転する事で重力を生み出しているのだ。

「うわあ・・・!」

 明彦が歓声を上げる。

 街が広がり、森があり、草原には動物が放牧され、川もある。それがきっちりと区画整備されて、並んでいた。

 ヘタと先を結んで真ん中を貫いている筒はエレベーターでもあり、灯りを届ける太陽でもあるらしい。

「自由に、散策して下さって結構ですよ。子供もいますしね。サッカーに似たスポーツや、無重力鬼ごっこが人気ですよ。

 向こうの港は、パトロールや付近での作業に使うようなもの専門にしています」

 説明を聞きながら、軍用区画へ戻り、隊長と俺達飛行隊はそのまま彼らに付いて行き、他は港へ戻って行く。

「水と全ての有機物は循環させて再利用します。一日は27時間。これはフレイラと同じサイクルで、首都の時間に合わせてあります」

「3時間長いな。3時間何しよう」

 ウキウキする明彦だったが、

「課題を片付けるのにいいんじゃないか」

と言ったら、ムンクの叫びみたいな顔で驚愕していた。

 いや、マジで、やらないとな?

 そうして会議室か教室みたいな所に入って、小さな机の付いた椅子に座る。ブリーフィングルームという部屋らしい。

「教室みたいで落ち着かないぜ」

「あはは。説明を聞くんだから、授業みたいなものかもねえ」

「言えてるな」

 行っているうちに、同じ年くらいの女の子が飲み物を配ってくれる。

 明彦は彼女をボーッと見つめ、

「あ、ありがとう!」

と大声で言い、彼女がにっこりと笑うと、ふにゃーっと締まりのない顔で彼女の姿を追い続けた。

「明彦?おーい。明彦ぉ」

「だめだ。心ここにあらずだよぉ」

 俺と真理は、明彦の珍しい様子を面白がって見ていたが、それを面白くない目で見る人物がいた。

「ウオッホン」

 司令官、ノルドさんだ。

「あれは妹のカリドだ。技術職についている。ええー、交際はまだ早い。認めん」

「お兄さん!?」

 明彦はノルドさんにバッと顔を向けたが、ノルドさんは、

「まだお兄さんと言われる段階ではないーー!」

と言い、カップの飲み物をグイッと飲んだ。

「もう、兄さんったら。そういう意味じゃないでしょ。恥ずかしいんだから・・・」

 カリドさんはプクッと頬を膨らませて抗議する。

 うん。素直そうだし、可愛いな。

 にしても、シスコンか。

「あ、ども!オレ、古谷明彦です。まずは友達から、よろしくね!アキでも明彦でも、好きに呼んで!」

「私はカリド。こちらこそよろしくね」

「--!!」

 ノルドさんは言葉にならない何かを抱え、奥歯を噛み締めていた。

 面白い。ほぼ全員が、これを眺めてそう思っていた。

「まあまあ。友情、大いに結構。われわれは仲間だ。お互いに親睦を深めて、同じ目標に向かって行こう。

 さて。これより、詳しくフレイラについて情報共有したいと思う」

 ラドさんがにこにことしてまとめ、全員、真面目な顔になった。

 友人のラブコメの行方も気になるが、こちらは命に直結するので、是非とも真剣になる必要があった。




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