第26話 踊る会談と焼けるカニ

 ゲートの守備と辺りのノリブのゲート探しに警戒。その合間に、訓練と課題をして提出。

「忙しいな。それはそうと、今って何月何日だ」

「宇宙って、そういうとこ、わからなくなるよねえ」

 俺達は、食堂のテーブルで伸びていた。

 あすかは別の艦と交代し、本部へ戻っている途中だ。パペットシステムの正式導入が決まり、全自衛軍機が順次改変されて行く。そしてヒデ達は、新型の試作機を受領する事になっていた。

 それと、健康診断らしい。

「面倒臭いなあ」

「でも、まあ、どうにか課題の提出はできたし、何とかなって良かった」

 3人で、溜め息をつく。

 学兵として宇宙に上がった頃は、忙しいとか言っていても、遊ぶ暇もあった。今にして思えば、全然忙しくなんてなかった。

 あの頃から、随分経ったような気がする。

「そろそろ時間だよぉ」

「お、行くか」

 俺達は操艦室へ行く事にした。

 ゲートで守備隊が駐留していると、ワープアウトしたら敵がいた、なんてことがないから気が楽だ。待機所で不測の事態に備えておくことはしなくていい。行きとはその辺が違う。

 操艦室の席に大人しく座る。

 と、峰岸さんが声を上げた。

「隊長。あすかに対しての通信をキャッチしました」

「どこから?」

「それが、エドと言っているんですが・・・」

「エド?」

 隊長が怪訝な顔で訊き返す。

 エド・・・。

「まさか、ルナリアンのエドか?」

 全員、ギョッと俺を見る。

「砌、声を聞けばわかるか?」

 隊長が訊く。

「多分」

 それで俺は、峰岸さんと交代してみた。

「エドって、エビ好きの?」

『いや、カニだ、砌』

「お前エドか。どうしたんだ?」

『ちょっと相談というか頼みがあってな。地球側にパイプなんて無いから困ってたんだが、あすかを発見したんでな。ちょうどいいと思って』

「は?何だよ、頼みって」

『停戦協議だ』

 俺達は、あんぐりと口を開けて固まった。


 まず日本政府に連絡し、そこから、極秘会談の準備が始まった。国連常任理事国と日本、ルナリアンの会議だ。日本が参加する事に反対する国もいつもの事ながらあったが、まずコンタクトを取って来たのが日本自衛軍だったという事で押し通す。

 エド達も、密かに会議場へと入った。

 俺とエドが遭難生活を送った、例の場所だ。

「ここに、あのカニがいるんだな」

 涎をたらしそうな顔で、明彦が言う。

「巨鳥も巨大魚もワニもいるけどな」

 答えながら、会談をしている赤いテーブルをモニター越しに見る。

 赤いテーブル状の岩の周りにイスを置いて列席者が座り、それをテントで囲って見えなくしている。どこからでも眺められるが、密かに近付いたりはできないので、こういう形になったらしい。

「エド、やっぱりお坊ちゃんだったんだな」

 エドは、ルナリアンの代表の息子だった。

 まあ、それらしい事は言っていたから、あまり驚きはなかった。

「女王ノリブもきれいに焼けてたねえ。卵も」

「ああ。ちょっと気にはなってたからな。確認出来て良かった」

「これで、戦争が終わるといいな!」

 明彦が言うが、そこまで、楽観視はできない。

「うん、終わればな」

「砌は会談がまとまらないと思うのか?」

 明彦が訊く。

「そうだなあ。まとまって欲しいし、まとめるべきだと思うけど、そう上手く行かないかなあ、と」

 俺が言うと、真理も苦い顔で頷く。

「そうだねえ。人としては戦争なんて反対って皆言えるのに、利権とかメンツとか戦後のポジションとかで、言えなくなるんだよねえ」

「今技術で抜きんでてるのは、モビルドールでは日本、無人機ではアメリカだが、中国、韓国、ドイツ、色んな国が開発競争をしている。特に、日本憎しという国では、これと言って手柄がないまま終われないだろう。

 それよりも切実に形ができるまで持って行っておきたいだろうってのが、広域戦術兵器だろうな。これはアメリカが実験と実戦でリードしているが、ロシア、インド、中国も、あとは実験か実戦かってところまで来てるらしいからな。禁止条約でもできる前に、一発撃っておきたいところだろ」

 俺が言うと、明彦が、

「ばからしい」

と即答した。

「俺だってそう思うよ」

 俺と真理は、苦笑する。

 ばかな意地を張っている間にも、人が死ぬかも知れないのに。

「ルナリアン側の主張は、永住の地だよね。これは何とかならないのかなあ」

「月の資源を独占とか言わなければ、どうにかなりそうだけどな。特に今はワープゲートもあるから」

「ああ。距離があっても、ゲートを使えばいいんだしな」

「ゲートの使用料とか、地球が言い出さなければ、だけどな」

「ああ・・・言いそうだよねえ・・・」

「言うな・・・」

 3人で、頷いた。


 川に近付く。

「あ、エド」

 エドが、川を覗いていた。

「あ、砌。と・・・」

「ああ、こっちが真理で、こっちが明彦。

 こいつがエド」

「こんにちはぁ。本当に王子様だねえ」

「は?」

「オス!でも、どこか抜けてるんだよな?」

「・・・砌。お前は俺を、どういう風に言ったんだ?」

「気にするな」

 言って、カニをガシッと捕まえる。

「焼くか」

 訊くと、エドが嬉しそうに笑った。

 カニを大量に捕まえて、テント近くに戻って来る。

「悪いな。カニの話をしたら、皆の食いつきがあまりにも凄くてな。俺達の船にはカニがいないから、カニを食べた事のないやつも多いんだ」

「へえ。養殖すればいいじゃん!」

「ぜひしたいな。定住できたら、動物も増やしたいし」

 警備の人間が警戒の目を向けて来たが、俺達が持つカニに、どうしたものかと迷うような顔になる。

「カニ漁を手伝ってもらったんだ。こいつが例の砌。それと、真理、明彦」

「初めまして」

「あ、どうもぉ」

「こんにちは!」

「直火焼きは、なかなか美味しいですよ」

「代表も食べたがってたし、是非後で」

 言いながら、目がカニから離れない。

「一匹焼くか」

「だったらオレも食べたい!」

「じゃあ、もう少し捕って来るか。ついでに、枯れ枝とかも拾って来よう」

 俺達はコッソリと、カニ祭りを開催する事になった。


 会談出席者達は、重苦しい空気の中、各々がメリット、デメリットを心の中で慎重に計っていた。

 現時点で終戦になると、『得点を上げていない』から立ち位置が不利になるので、ドカンと点数稼ぎをしてからにして欲しいという国。

 今、技術的に優位に立っているし、得点王と言ってもいい。だから、今終戦した方がいいという国。

 核に変わる強い武器を見せつけた。他国に開発される前に、終戦にして、開発禁止の協定を決めてしまえという国。

 今広域戦術兵器の開発、試験をしておきたい。できればそれが終戦の契機となればいいという国。

 地球側だけでも、思惑は様々だ。

 ルナリアンとしても、月にこだわる者もいれば、どこでもいいと思う者もいる。

「ここから先は、国連常任理事国だけで話し合えばどうか。日本は、退席してもらって」

「我々がコンタクトを受けた。その責任を感じている」

「まあまあ。少し休憩しようじゃないか。外の空気でも吸って」

 テントを開けて外に出、皆は一様に、それを見た。

「あれは、何だ?」

 日本人の学兵とルナリアンの兵士が、集まっている。

 彼らは、静かに近寄って、ひょいと覗き込んだ。


 枯れ木を山にし、カニをひっくり返してスタンバイしておく。そして、俺の懐中電灯の電池の両極に、真ん中を捩じったエドのチョコレートの包み紙を当てて、飛び散った火花をティッシュに移す。そしてそれを枯れ葉、枯れ木に移して大きくすると、そこにカニを入れる。

「おお・・・!」

「こうやって火を点けたのか」

「そう。お互いの持ち物を使って、共同作業だよ」

 すぐにカニはいい匂いをさせ始め、皆、ゴクリと唾を呑み込む。

 カニを火から下ろし、

「さあ、どうぞ」

と言ったところで、背後の気配に振り返る。

「ゲッ」

「何をしている砌!」

 父達がいた。

「カニの直火焼きを」

 怒る父の横で、アメリカ大統領は、笑った。

「ほう。地球とルナリアンの青年が共同で料理か。どれ。一つ頂けるかな」

「ああ、はい。熱いですよ」

 一匹渡し、食べ方を教える。

「ん、これは美味い!」

「塩でもあれば尚いいんですけどね。あ、皆さんもどうですか」

 他の人にも渡し、追加のカニを、明彦や真理が火に入れて行く。何人かは、枯れ枝を追加で拾いに行った。

「協力したから、美味しいカニが食べられたんです。片方だと、そうは行きませんでしたよ」

「そうです。我々は決して分かり合えない者同士ではないんです」

 いい話に持って行く。そうでないと、まずいだろう。勝手にカニ漁をしてカニ祭りをしていたなんて。エドも、他の皆も、無言のうちにそう思っていた筈だ。

「確かに美味い。だが今は、調味料もあればコンロもある。茶番だ」

 そう言ったのは中国国家主席か。

「だが、面白い。野趣のある、いい味だと思うがね」

 アメリカ大統領とルナリアン代表が言い合い、父が、怒っていた事を忘れたように笑って頷く。ほかのフランス首相なども、いい笑顔だ。

「まだ我々は、話し合えるんじゃないかな」

「ありがとう。ごちそうさま」

 彼らがテントに戻って行くのを見送って、俺達は、一斉に地面に座り込んだ。

「焦ったあ・・・!」

「マジで、怒られると思った」

「意外と悪知恵が回るんですね、エド」

「いやあ、これはマズイと思ったら、砌が上手く言い出したからさ」

「アメリカ大統領のセリフに、乗っかっただけだよ。はああ」

 息を付き、皆で同時に、大笑いする。

「まあ、上手く誤魔化せたし。遠慮なくカニ祭りだ。ほら、熱いうちに」

 俺達は、陣営関係なく、カニを焼いて食べまくった。

 その時、ほぼ同時に、その報告が入った。

「ノリブの群れが接近中。その数、10万以上」


 

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