第16話 リクルート

 久しぶりの休暇で、月へ行った。本屋、ゲームセンター、ファーストフード。過ごし方はあまり変わらない。だが、これならもう基地でいいんじゃないかと言ってはいけない。基地にはいない子供や一般人がいるだけで、とても雰囲気が変わるものだ。

 買い物をしたり本屋を覗いたりしていると、すぐに昼になる。

「昼、何がいい?」

「基地にないもの・・・って何だろうねぇ」

「大概のものはあるからなあ。ううん。お子様ランチ?」

「ああ、確かに無いな!」

 それで昼はファミリーレストランに行く事になりーー流石にお子様ランチを頼むつもりはないがーー、人の多い大通りから路地へ入る。

 と、前から歩いて来たカップルがケンカを始めた。

「謝んなさいよ!」

「ただの知り合いだって言ってるだろ!」

 よくある話らしい。

 あまり見ないようにして通り過ぎようとしたところで、彼女がいきなり地面にバッグを叩きつけた。

 もうもうと白い煙が立ち、一瞬にして体に力が入らなくなる。

 しまった、と思った時には、ケンカしていた筈のカップルは仲良くマスクを着けて、倒れた俺達の上にかがみ込んで来ていた。

 そこへ走りこんで来る別の男達のグループが見えたが、起き上がるのも見届けるのも、できそうになかった。


 揺れる車の後部座席で目が覚めた。俺はボンヤリとした頭とそのままの体勢で、車内を観察した。真理と明彦も隣におり、寝込んでいる。運転席にはスーツを着たがっしりした男性が、助手席にはスーツを着た女性が座っている。

「お目覚めですか」

 女性が振り返って言う。

「・・・おはようございます」

 声を出したら、目が覚めて来た。

 真理もそれで、目が覚めたらしい。

「あれぇ・・・ええっと・・・?」

「皆様が良からぬ輩に拉致されそうになっていらっしゃいましたので、保護させていただきました。今、私共の主の屋敷に向かっておりましたが、到着したところでございます」

 前方に見える住宅街の中でも、一際大きな屋敷の門が、左右に開かれて行くところだった。その中へ、車は滑らかに入って行く。

 明彦も目を覚まし、辺りの景色を見たらしい。

「美術館?ホテル?」

 と言った。

 車はスウッと車止めに停まり、そこで待機していた使用人らしき人が、車のドアを開ける。

「さあ、どうぞ」

 俺達は少々迷いはしたが、言われた通り車を降りた。

 広さも立派ながら、庭に植えられた草木類も手入れがされて立派で、庭園という言葉がしっくりとくる。

 建物も一般の家という言葉から想像するものではなく、レストランや小さなホテルくらいの規模がある。

「ここは、どなたの家ですか」

「主が中で待っておりますので、どうぞ」

「ご案内いたします」

 待っていた使用人が言い、車に乗っていた2人組に目で促され、俺達は使用人の先導で屋敷内に入った。

 月でこの規模の屋敷を構えているのは、限られる。まあ、会えばわかるだろう。

 奥の食堂へ通されると、主が満面の笑みで出迎えてくれた。

「いらっしゃい。偶々部下が見かけたと連絡して来たんだが、無事で良かった」

 月移住区の影の区長、手広く商売をしている男で、リカルド・ガードナー。60歳前後の筈だが、いかにも精力的で若々しく見える。

「ありがとうございます。ガードナーさんですよね。初めまして。日本国自衛軍特別兵の武尊 砌です。こっちが降谷真理、こっちが古谷明彦です」

「リカルド・ガードナー、ただの商売人だよ」

「それで、あの2人は」

「残念ながら逃げられたらしい。どこの国の人間かは不明だが、手慣れていたそうだ」

 俺の質問にあっさりと答えたが、それが本当の事なのかやらせなのかも、実はわからない。

「昼食は済ませたかね?良かったら一緒にどうかな」

 明彦の目が輝いた。

「折角ですが、軍に先程の件を報告しなければなりませんので、これで失礼したいと思います」

 明彦の目と腹が悲し気に空腹を訴えた。

「ははは、軽いランチだよ。待っている間に食べられるくらいに。

 さあ、遠慮なく」

 ガードナー氏が言い終わると同時に、使用人が料理を運んで来る。大皿に盛られたパエリアと、スープ、サラダ、チキンステーキ。

 ああ、空腹のバカ野郎。


 ガードナー氏は話題も巧みに、俺達の気分をほぐしながら、親密になろうと話題を展開していく。ビジネスマンの技、だろうか。

 俺はそれがわかっているから、表面は合わせているが警戒は解かないし、明彦は食事優先だったし、真理はにこにこはしていても、やはり警戒は解いていない。

 つまり、ランチミーティングは失敗というわけだ。ガードナー氏には悪いが。

「ムーンインダストリーに就職ですか」

「そう。開発部門で、給料は役員待遇。危険もないよ」

「ボク達、高校生ですよぉ」

「将来有望な若者には、先に声をかけておかないとね」

「とりあえず今は何とも。学兵と言えど、軍に籍を置いていますので」

「武尊総理や武尊博士からの干渉も、ここには及ばないよ」

 当然、調査済みか。

「ありがたいお話ですが、卒業もまだ見えない今は、現実味がありませんよ」

「今、どうしようも無いですしねぇ」

「卒業してからだな、就職は」

「無事に卒業できる保証もないのでは?戦場という所は。学兵が後方部隊?そんなものは、きれいごと。特に君達は最前線に送り込まれるだろうというのは、実感できていると思うが?

 除隊も、できると言えばどうかね」

 真理と明彦の顔が、真剣みを帯びた。それにガードナー氏が気付いて笑みを浮かべかけるが、意味が違うぞ。

「それは、ズルか?」

「それはだめだよねぇ」

「というわけですので。

 ああ、そろそろ基地からの迎えが来ますか」

 ガードナー氏が、底光りをする目をした。

「このまま、引き留めてもいいね。君達がここにいると、軍は知っているのかな」

 食堂の外に、緊張感をはらんだ気配が湧く。

「知っていますよ。GPS。俺達に付いていないとでも?門限に遅れそうになったら、鬼上司がここへやって来ますよ」

「・・・そうか。いつの時代も、門限は厳しいものだからな」

「全くその通りですよ。

 色々とお世話になりました。その上美味しい昼食まで、ごちそうさまでした」

「いやいや、気にする事は無いよ。楽しかったよ」

 俺達はにこやかに笑い合い、握手をして、別れた。

 それから速やかに軍に連絡がなされ、しばらくして、迎えの車が差し向けられた。襲撃、誘拐未遂は、軽くは受け止められなかったらしい。

 勿論、GPS云々は全くのデタラメだったが、本当の事になりそうな気配すらある。

「ああ、昼飯代浮いたぜ!」

「美味しかったねぇ」

「料理に罪はないからな」

 呑気に話しながらも、俺達を取り巻く思惑にきな臭い物が混じって来ているのを、感じずにはいられなかった。





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