第2話 男の覚悟!

 今年はマレにみる猛暑だったため、爺さん婆さんがバタバタ死んだ。

 花田が職についたその日から、悲観にくれた電話、慌てるだけで要領えない電話がひっきりなしにかかってきたのである。

「ええか、わしらがガンバらな、遺体がどんどん腐ってまうど」

 嬉しい悲鳴をこらえるあまり、涙がほとばしって止まらない社長が、ハンカチを片手にハッパをかけていた。

「花田はん、今日はもう焼き場がイッパイイッパイだす。カネシロはんとこ三時の自宅葬儀おわったら、すぐに桶をいつもの斎場まで運んでくれやす」

 ここいらの火葬炉はどこも満杯で、少しでも遅れたら休憩室で何時間も先客の焼き上がりを待たされるという不細工なことになっていた。

 幸い、花田の運んだ棺桶はいつも滑り込みセーフだったが、今日だけは最悪の状況だと社長がもらした。

「同じ時間に、近くのお寺はんにも葬儀あんねんけど、そこのと重なっとるそうやわ」

 社長がホットコーヒーを片手に、苦々しく顔をしかめる。

「タカムナ葬祭ゆう新参でな、強引に客を横取りするわ、焼き場にも割り込むわ、やりたい放題の連中なんやわ」

「ほうでっか」

 花田はタカムナ葬祭の公式ウェブサイトを閲覧した。

「シンスケ、おまえマイコン詳しいやろ」

 自分をアニキと慕ってくる若者を呼びつけた。

「タカムナ葬祭の関係者の顔を探しとるんやが」

「へい、やってみま」

 すぐに意図を察して、若者はたかたかとキーボードとマウスをいじりまわしはじめた。

「やっぱし。縮小前の写真もまんまサーバーに上げてありましたわ」

 見つけた画像ファイルをレタッチし、車や窓ガラスに映り込んでいる顔をアップにする。

「こりゃ上出来や。おうおう、タケノコ組の連中やな」

「なんや筋モンだっか」と、社長も話に割り込んできた。

「どうやら秘密の企業舎弟のようでんな。ワシが知らんちゅうことは、かなりの極秘プロジェクトでっしゃろ」

 テキ屋が母体の組だけに、客になってくれるカタギ衆を泣かすような商売は、地元で本来できないはず。

 どの組も仁義や矜恃を忘れつつあることに、花田は落胆を隠せないでいた。


 鳴った電話を社長がとった。

「気ぃつけなあきまへんな。……あ、どうもだす。駕龍だす。へい」

 黒電話の受話器を置いた社長が、扇子でばたばたと自分を扇いだ。

「炉の予約できへんわ。先に届いた棺から、チェンバーに入れるっちゅうことだす」

「ほうでっか」

 花田は立ち上がり、レイキュウ仮面のマスクをつけた。

「早めにカネシロはんとこ行って、読経そこそこに棺桶預からせてもらいま。シンスケ、ついてくるか?」

「へい! ナビさせてもらいま」

 花田は冷蔵庫からペットボトルを二本ほどつかんで、ホワイトボードに二人分のスケジュールを書き込む。

 運転席の扉を開けると、なぜかシンスケが座っており、一人で興奮して声をあげていた。

「あうおおああ、なんじゃこらああ」

 さんざんハンドルを握ったり放したりしたあげく、ようやく花田に気がついた。

「アニキアニキ、さすが高級車は違うやなあ。助手席にまでハンドルついとるわ。まるで飛行機やー」

「あほかオドれ、この車は買うたときから左ハンドルやねんぞ」

 シンスケは頭をかきながら、シフトレバーをまたいで右側の席に移った。

 よほどリンカーンが新鮮だったのか、車を発進させてからもダッシュボードを開けたり閉めたりとせわしない。

「まあ、茶でも飲んで落ち着けや」

 花田は苦笑した。自分が若い頃も、本革のシートなど触っただけで卒倒しそうだったものだ。

「アニキ!」

 シンスケの両目が輝いている。

「あっし、とことんアニキについいきますさかい、男にしてくれやす!」

「おう、なれなれ。根性ありゃ、立派になれるで」

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