準備②

「おい、スプーンをくれ」

 近くを通った部下からスプーンを受け取り、トバックは豪快に白いシチューを掻き込む。

 広場から少し外れた大型のテント。物資の保管場所だったそれを作戦指令室に変貌させ、今は長方形のテーブルにクアッド平野の地図を広げている。

 ハヤト達は中央の敷かれた地図を囲う様に陣取り、各々忙しなく食事を摂りながら作戦会議をしている。

「やはり反乱軍が森を出た直後を狙うべきだ。狭い林道を抜けた直後なら数的優位も発揮できないだろう」

「だがそれだと獣道を突き抜けて左右から挟撃されればお終いだ。それに木が邪魔で俺達の砲術も機能しない」

「わかっちゃいるんですがね」

 作戦を考えた兵士が忌々しそうにパンをかじる。

「しかし思い付く中ではこれが一番理に適ってます。他の案はどれも使いものになりそうにないですぜ」

「そうだな……俺も似たような策しか思い浮かばん。なら、そろそろメインディッシュといこうか」

 そう言ってトバックはテントの入り口側、ハヤト達のいる席に視線を送る。

「話は聞いていたな。ハッキリ言って俺等じゃ手詰まりだ。戦場慣れした兵士でも手に余るこの戦況をどう視る」

「ふふん、任せなさい。そこは私の部隊の優秀な指揮官が説明してくれるわ」

 得意気な表情でスプーンを置き、アイカは右隣に座るハヤトを紹介する様に右手を掲げる。

 見事なまでの丸投げに一瞬苦笑を浮かべ、ハヤトは料理の皿を少し脇に寄せてから話す。

「数的優位の敵に小細工はあまり効果的ではありません。多少の事は全て数で押しきられる。だから先ずは敵を完全に林道から出します」

「ば、馬鹿を言うんじゃない。そんな事をしたら我々は丸裸になったも同然じゃないか」

 兵士の一人が愕然とした表情で言う。

「えぇ、ですがそれは敵も同じ。そしてこちらは平野の、ここ。小高い丘に戦線を築きます」

 努めてシチューを頬張るアイカの体をそっと押し退け、ハヤトは地図の一部分を指す。

 先ほどアイカと拠点に戻った時に通った道に、傾斜の強い所があった。

「ここなら傾斜がある分戦場を広く見渡せる。ここに遮蔽物を作って反乱軍の飛び道具を凌ぐ。こっちは飛び道具を放ち放題。向こうは平野に立つ的同然です。否応にも雪崩れ込んでくるでしょう」

「なるほどな……これで数で圧倒している敵側からの厄介な遠距離戦を潰せるな。おまけに唯一の勝ち筋である白兵戦にまで持ち込める」

 トバックは感心した様に唸りながら小さく頷く。

「だがこれじゃ俺達の考えた案とそれほど変わらんぞ」

「そうだ。仮に上手くいったとしても我々が不利である事に変わりはない」

「いいえ、これが最適解です」

 ハヤトの迷いない言葉に、周囲の兵士達が騒めく。

「随分はっきり言うじゃねぇか。どこにそんな根拠があるって言うんだ」

 真意を図る様に射抜くトバックの眼に臆することなく、ハヤトは不敵に笑って見せる。

「現状打てる手でこれが最良だと判断します。主力隊の動きとしては、ですが」

「……ほう」

 トバックの口元が吊り上がる。

 手品の仕掛けが垣間見えた様な、そんな意地の悪さをした笑みだ。

「生意気にもこの状況で別働隊を用意するってか」

「敵は元々この地域にいたゴロツキ達の集まり。統率力は高くないと感じました。ならば奴等を仮にも一つに纏め上げている奴を倒してしまえば敵は瓦解する」

「あの『霊獣喰いソウルイーター』か」

「だが奴はツモスキー獣士官を倒した程の力を持つ。そんな奴を相手するなんて」

「奴の相手は俺達がやります」

「む、無茶だ! 学生の務まる相手じゃない」

「俺達は一度アイツと戦り合ってからここに帰還しています」

 兵士達の眼が驚きに見開かれる。

「それに、俺達の仲間には誰よりも『霊獣喰い』に詳しい専門家がいる」

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