初陣②

 ガイドと別れ、ハヤト達はすぐさま荷物を固めてブリーフィングが行われるであろう平野へ向かう。平野では今まさに整列が行われている最中だった。

 ハヤトはすぐさま近くにいた兵士に声を掛ける。

「すみません。フィリアリアの学生部隊なんですが、何処に並べば?」

「学生部隊? あぁ、隊長の言ってたひよっ子共か。あー、なら俺の後ろにでも並んでいたらいいんじゃないか」

 何処か不安の残る回答に、ハヤト達は顔を見合わせる。

「だーいじょうぶだって。別に怒られやしねぇよ。早くしねぇとそれこそ怒られんぜ」

「分かりました」

 とりあえず頷き、ハヤトは自分の前にアイカを立たせる。後ろにレインを連れ、列の後方に潜り込む。

 整列を終えると、前方に設置された台の上に一人の兵士が立つ。

 着崩した軍服にパイプ煙草を咥えながら現れたその兵士は、手に持ったグシャグシャの資料を見ながら、何とも気怠気な声で言う。

「あーい皆おはよー。ブリーフィングを始めるぞー」

「なっ……」

 アイカの『絶句する』声が聞こえる。

「あ、その前にジックとレイサン! テメェ等昨日の賭け金ちゃんと払ってねぇだろ! 後で俺のテントに耳揃えてもってこいよ」

 勘弁してくださいよー、という声と共に各所から笑い声が上がる。

(……なるほど)

 ハヤトはこれまでの経験ですぐに理解した。

「さて、悪質な未納者イカサマを検挙した所でブリーフィングに戻るが、今日も今日とて、やるこたぁ同じだ。物資を積んで前線様に届けて帰る。以上。ブリーフィング終わり!」

「ちょ、ちょっと!」

 壇上から降りようとする兵士を、慌ててアイカが呼び止める。

「あん? 何だお前等?」

「私はアイカ・レイス・セインファルト。フィリアリアから来た学生部隊です!」

「あー、忘れてた忘れてた。そういやそんなのが来るって報告来てたな。とりあえず俺達の仕事の邪魔にならない様にだけ気を付けるんだぞ。後はまぁ、好きに見ていけや」

 ごゆっくりー、という風に適当に手を振りながら壇上を去る兵士。恐らくこの部隊の指揮官だろうが、名前を名乗らないどころか配置すら報告されないときた。

「……」

 再びアイカが絶句する。正に言葉が出ないといった様子だ。

 冗談の様なブリーフィングはどうやら本当に終了した様で、瞬く間に列が散開し、ハヤト達三人だけがぽつんと平野に取り残される。

「……ハヤト。戦場は恐ろしい所なのよね?」

「目の前の光景が全てじゃないぞ、アイカ」

「心眼で視ろ、という訳だな」

 レインが不敵な笑みを浮かべて言う。

「お前は先ず鏡を見た方が良いぞ。いいから大人しくしてろ」

「……フッ」

 尚も謎の笑みを浮かべるレインを放置し、ハヤトは辺りを眺める。

「どうやら随分と生温い所に配属したみたいだ。とはいえ悲観することはない」

「どういうこと?」

「生温いって事はそれだけ危機的状況を経験していないってことだ。つまり、この拠点は他に比べて安全とも言える訳だ」

「戦場に安全なんてあるの?」

「もちろん、無い。だが危険に陥る頻度の差ならある。前線にいるより後方支援の方が安全なのは当たり前だが、ここは特にそうらしい」

「だからって気を抜いていい訳じゃねぇぜ。後方って言ってもここは戦場だ。いつ何が起こるか分かったもんじゃない」

 レインの言葉に、ハヤトは頷く。

「そうだな。周りが気を抜いているからって俺達まで一緒になることはない。俺達は俺達で精一杯やれることをしよう」

「そうね。それにしても、さっきの指揮官はなに? 人を率いる者としての責任がまるで感じられないわ」

「場馴れした歴戦の霊獣士か、ただの怠け者か……前者である事を祈ろう」

 ハヤト達はテントの敷かれた丘へと戻り、いつでも動けるように準備を整える。

「おーい、そこの学生部隊。こっちに来い」

 兵士の一人に案内された場所には、三十名ほどの兵士達が集まっていた。集まった兵士達の服装は普段着や迷彩服などまばらで、統一感がまるでない者たちばかりだ。

 その姿は軍人というよりも、寧ろ──。

「傭兵ですか」

「そうだ。ここにいるメンバーをそれぞれの小隊に分けるから、さっさと五人分隊スクアードを決めてくれ。急げよ」

「あ、ちょっと!」

 アイカの制止も虚しく、兵士はその場を去り、トランプで盛り上がる仲間達の円陣に吸い込まれていった。

「んもーーーーーー‼ しんッッじられない! これが民を守る霊獣連合の兵士なの⁉」

「ハヤトよぉ、これは流石に適当が過ぎるぜ。新兵部隊の方がまだ信頼できる」

「そうは言っても、俺達の言葉に聞く耳を持つとも思えない。今は大人しく指示に従おう」

 ハヤトの結論に、二人は渋々頷く。

「先ずは俺達と組んでくれる人を探そう。なるべくこの地域に詳しい人がいいな」

「そんなのどうやって見つけりゃいいんだ?」

「決まってるだろ。『感』だ」

「そりゃ頼もしい。素敵に索敵と行きますか」

 早速動き出したハヤト達だが、既に幾つか分隊が形成されつつある。あまり悠長にしていられないと思い、ハヤトは手当たり次第に声を掛ける。

 しかし、何人か声を掛けてみたものの、アイカの素性を知れば、


「すまないが承諾しかねる。万が一の時に責任が取れない」

「別に護衛を頼みたいわけではないのだけど……」


「悪いな。流石に荷が重い」

「だから護衛を頼んでいる訳じゃ……」


「他所を当たってくれ。お姫様の護衛なんて割に合わない」

「誰も護衛なんて頼んでいませんー!」


 責任を背負うのを嫌がって上手くいかない。

「何よ皆して失礼しちゃって。私だってちゃんと戦えるわよ!」

「ははは……いやぁすまないね」

 物腰の柔らかな傭兵が苦笑いを浮かべるが、またも承諾の返事は貰えなかった。

 ハヤトは困った表情で頭を掻く。

(考えてみれば当然だが、アイカの立場がこんな所で裏目に出るとはな……)

 どうしたものか、とハヤトが思い悩んでいると、ふと視界の隅に一人の傭兵の姿を捉える。

 各々所属する分隊同士で固まり出した広場の隅で、一人腰を下ろす初老の傭兵。

 白髪交じりの黒髪に少し虚ろな瞳。心身共に疲れ切った、戦場帰りによく見かける顔だ。

「あぁ、あの人は止めておいた方がいいぞ」

 先ほどの物腰の柔らかな傭兵が、ハヤトの視線に気付いて口を開く。

「知り合いですか?」

「『戦場徘徊デッドウォーカー』のクラウスと言えばこの辺じゃ有名だよ。昔は結構名を馳せていたみたいだけど、今じゃ衰えも著しくてまともに戦う事も出来やしない。それなのに毎回こうして戦場に来るんだよ」

「戦場を徘徊する厄介な老人、『戦場徘徊デッドウォーカー』ね。そりゃ煙たがられるわ」

 納得した様子で、レインが言う。

 戦場での部隊編成は自身の生存率に直結する。ましてや数の少ない分隊編成ならば少しでも腕の立つ仲間を求めるのは当然の事ではあった。

 肉体的なハンデがありながら、それでも戦場に赴くのは何故なのか。ハヤトは再び老兵、クラウスの姿を見る。

 クラウスは先ほどから左手にある装着型の小手弓の調整をしている。弓に内蔵された獣石に予め獣力を籠めておく事で、矢を射出した際にある程度の速度と誘導性を付与する事が出来る『獣機器』製の小手弓だ。

 丁度その時、クラウスは小手弓に内蔵された獣石に獣力を注ぎ始めた。薄らと消え入りそうな程希薄な緑色の獣力が小手弓に流れ込んでいく。

 ──と思ったら、直ぐに獣力の供給を終えてしまった。

「……ッ!」

 それを見て、ハヤトは驚いた表情を浮かべる。

「見なよ、あの希薄な獣力。あれじゃ数発しか獣力を纏わせられない。精々三発がやっと、って所だろうね」

 困った様に首を振りながら、傭兵は呆れた顔でそう言った。

 しかし、ハヤトの顔付きは違う。

「そうですね。きっかり三発分です」

「え?」

「情報ありがとうございました」

 お礼を告げて、即座にハヤトはクラウスの元へと向かう。怪訝な表情のアイカとレインを引き連れ、ハヤトはクラウスの前に立つ。

 ハヤト達に気付いたクラウスが顔を上げる。ハヤトは片膝を地面に付いてから、言った。

「初めまして。学生部隊のシノハラ・ハヤトと言います」

「……クラウス・タトルゼンじゃ」

 腰掛けるのに丁度いい大きさの小岩に座りながら、クラウスは端的に名乗る。

 無骨な口調だが、視線はしっかりとハヤトに向けられている。

「早速ですがクラウスさん。俺達と部隊を組んで頂けませんか」

 背後でレインが驚いた声を上げる。クラウスも一瞬虚を突かれた様に驚いていたが、直ぐに視線を手元の小手弓に戻し、顔を伏せてしまう。

「……気を使ってるつもりなら余計なお世話じゃ。若造に情けを掛けられる程惨めになったつもりはない」

「その小手弓、獣力があまり籠められていませんね」

 クラウスの眼が、ハヤトを視た。

「騙し矢ですか」

「……ほぅ。解るかね」

「獣力には少々神経質なんで」

 ハヤトは不敵な笑みを浮かべて言う。

「騙し矢ってどういうことなのハヤト」

 ハヤトの肩を軽く揺すりながら、アイカが問い掛ける。

「小手弓は通常の弓と違って長距離を狙う様には出来ていない。その分、連射性に優れ、主に中距離戦で相手に撃ち込みながら戦うのが主流。『速度』と『誘導性』を補強されているのが何よりの証拠だ」

「でも、さっき見た獣力じゃ全然足りねぇぞ。あれじゃ満足に補強なんて出来やしないぜ」

「レイン、戦闘も行っていないのに小手弓に注ぐ程度の獣力も出せないなんてことあるか?」

 複雑な術式を扱う霊獣士と違い、『獣機器クオンタム』は大量の獣力を必要としない。元々霊獣士ではない一般兵でも扱える『獣骸武器レムナント』を改良されたものなのだから当然だが、少量の獣力で事足りる様に設計されている。年老いた兵士が籠められない程の獣力を要求する『獣機器』では決してない。

「小手弓に限らず、『獣機器』には獣電石が内蔵されている。仮に本当に獣力が足りないとなれば補充済みの充電石を使えばいいだけの話だ。獣力不足が原因とは考えにくい」

 先の理由が獣力不足が原因ではない、としたら。

「わざと少ない獣力だけを籠めたの?」

 アイカの答えに、ハヤトは頷く。

「そこが重要ポイントなんだ。さっきも言った様に、小手弓は中距離戦を得意とする武器だ。優れた連射性を活かして戦う。レイン、お前は相手が何発も獣弾とか矢を飛ばしてくる奴が相手ならどう戦う」

「そうだな、先ずは数発躱してから一気に距離を……あ」

「あ! そっか!」

 レインと同時に、アイカも声を上げる。

 ようやく答えに至ったのを確認して、クラウスは大きく頷き、

「そう。小手弓は最初の数発で矢の速度とタイミングを測られる。その考えを逆手にとって、ワシはわざと獣力を抑えたんじゃ。最初の三発は高速の矢が飛ぶが、それ以降は速度が遅くなる。突然遅くなった矢を弾ける者はそうはいないじゃろ」

「仮に躱したとしても連射性の高い小手弓の射程内で余分な動きを強いられることになる。どこまでも計算された小手弓の戦術だ」

「す、凄いわ……」

「ただの爺さんじゃねぇのか」

「そう言う事だ。俺やレインとは比べ物にならない程戦いを知っている。恐らく、ここのいる誰よりも」

「長く居座っている分、知恵が働くだけじゃよ。身体はこの通り、誰よりも脆く、拙い。知識があろうと、この身体なりではほとんど意味を成さん」

「動く身体ならここにあります」

 ハヤトは自身の胸に手を当てて言う。

「これでも霊獣士の端くれ。右に左に転がり回るのは得意です。しかし知識は変えが効かない。知識とは身体に勝る力です」

 ハヤトは真剣な表情でクラウスを見る。その真っ直ぐな眼に同情や憐みは微塵も見られなかった。

「だからお願いします。俺達と部隊を組んでもらえませんか」

「……君は気持ちの良い男だな。その年でワシの戦術からくりを見抜く眼もある。断る理由などあるまいて」

「それじゃあ」

「こちらこそよろしく頼む。老体ではあるが、精一杯役立とう」

 クラウスは右手を差し出す。同じ様にハヤトも差し出し、二人は手を取り合った。

「よろしくお願いしますわクラウスさん。私はアイカ・レイス・セインファルト。アイカとお呼びください」

「セインファルト……まさか、フィリア共和国の?」

「えぇ。ですがここではただの霊獣士見習いです。一人の霊獣士として扱って頂ければ嬉しいですわ」

「し、しかし……」

「頷いていた方がいいですよ。直ぐに色々と迷惑を掛けると思いますので」

「む、それはどういう意味かしらハヤト」

「だってほら、アイカは今日は初めての戦場だからさ」

「だからって迷惑なんて言い方しなくてもいいじゃない」

「そんな拗ねることないだろ。誰だって最初は通る道なんだから」

「王族の道を整えるのは従者として当然の仕事よ! 今後私が迷惑をかける様なことがあれば、それは従者であるハヤトの責任だと思うの」

「そんな横暴な」

「ふん!」

 言うだけ言って、アイカは顔を背けてしまう。困った様に頭を掻くハヤト。

 その光景を何処か懐かしむ様に見ていたクラウスは、やがてゆっくりと立ち上がり、言った。

「そうか、君がアイカ姫の……」

 確信を得た表情のクラウスに、ハヤトは人差し指を口に当てて微笑んだ。

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