一人目のメンバー②

「何々⁉ いきなり何なの⁉」

 ハヤトに抱えられながら、アイカは目を白黒させる。

「分からん。だが俺達を狙っているって事は今の攻撃で分かった。周りを見てみろ」

 周囲に視線を向けると、建物の屋根や路地裏から数人の武装した男達が続々と広場に現れた。広場は一瞬で悲鳴の渦に呑み込まれる。

「まさかベルニカさんの言ってた奴等⁉ こんな町中で襲ってくるなんて何を考えてるのよ!」

「昔から武装派ってのは手段を選ばないからなぁ」

 ひょっこりと、横から現れたレインが吞気な口調で話す。

「レイン君⁉ 無事でよかった……」

「結構危なかったですがね」

「……その割には俺よりも早く躱してたな。軍人ってのは嘘じゃないらしい」

 ハヤトがそう言うと、レインは口元を吊り上げて不敵に笑う。

「ふっ……だから言ったろ? 学生とは違うのだよ、学生とは。それとアイカ姫、俺……じゃない、自分の事はレインと呼び捨てで構いません」

「あらそう? ならレインも敬語なんて使わなくていいわよ。同級生なんだし」

「そいつはありがたい。敬語はあまり得意じゃないんで」

 そうこうしている内にハヤト達の周囲に武装した男達が集まって来る。広場にいた人達は慌てて広場を去って行ったので、自然と広場はハヤト達と奴等だけの戦場となる。

「あ~、そこの男に抱えられている女。アイカ・レイス・セインファルトで間違いないな?」

 集団の中から、無精髭を生やした男がめんどくさそうに頭を掻きながら出てくる。

「……貴方達は何者かしら?」

 ハヤトから降りたアイカが険しい表情で問いかける。

「俺たちゃしがない傭兵だ。とある組織からアンタを連れてくるよう言われてるんだ。悪いこたぁ言わねぇ、素直についてきな」

「フン、お生憎様ね。こっちは色々と忙しい身なの。パーティのお誘いなら他を当たってちょうだい」

 挑発気味なアイカの言葉に、周りの男達の目付きが刺々しくなる。

「……いくら姫様だからって舐めた態度は頂けねぇな。ちょっとばかし躾が必要か」

 髭の男が右手を挙げると、周囲の男達が一斉に武器を持ち出す。

「獣結晶を所持してないところをみるに、軍を通した傭兵じゃないってことか」

 ハヤトが周囲の傭兵達を見回しながら言う。

 基本的に獣結晶は霊獣士と軍しか所持してはいけない。しかし、正規の手続きを踏み、国から認可を得れば獣結晶の所持は可能だ。もちろん、こんな非合法な事をする奴等に許可が下りる事はないが。

「獣武なんざなくても武器さえ用意すりゃ十分戦えるんだよ」

 髭男の言う通りなのだが、普通の武器では獣武には到底敵わない。獣武は獣力で構成されている為、武器としての純度が非常に高い。全ての獣武が業物なのだ。

 傭兵稼業をしているのなら、この事実を知らないという事はないだろう。

(ならあの余裕はなんだ……?)

 警戒するハヤトを見て、髭の男はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、後ろ腰に吊るしていた武器を取り出した。

「それは、獣骸武器レムナント⁉」

 髭の男が取り出したサーベルを見て、アイカが驚いた声を上げる。

 獣骸武器レムナントは霊獣戦争時代にランドスタン帝国の開発した武器だ。まだ霊獣士の存在を知らなかったランドスタン帝国が強国となれた理由はこの武器の存在が大きい。

 獣骸武器は器となる武具に獣結晶を埋め込み、獣結晶の中に宿る微量の獣力を吸い出す事で通常の武器をより強靭なものにするといった代物だ。

「獣骸武器は霊獣戦争後に軍に押収されたはず……どこでそんな危険な物を手に入れたの⁉」

「どこにだって鼠の抜け道はあるもんだぜ。お姫様には分からんだろうがな」

 髭の男は腰のポーチから取り出した透明な獣結晶をサーベルのつばにはめ込む。

 カチ、と小気味良い音の後に低い駆動音の様な唸りを上げて、獣結晶から漏れ出た淡い獣力がサーベルの刀身を薄く覆う。そのままサーベルを逆手に持ち替え、勢いよく地面に突き刺す。

 バギン! 獣力を纏ったサーベルは易々とレンガ作りの地面に突き刺さり、放射状の亀裂を生み出した。

「こいつはすげぇ! いつものサーベルがガキのおもちゃみたいだ!」

 髭の男は上機嫌に武器を引き抜き、薄く輝く刀身を夢中になって眺めた。

「あーあー、獣石の無駄使いしやがって」

 レインが眉をひそめる。

 獣骸武器レムナントは使用者から獣力を吸収するのではなく、獣結晶を構成している微量の獣力を無理矢理吸い上げている為、一定以上使用すると獣結晶を破壊してしまう。

 貴重な獣結晶を破壊する割に獣武よりも出力はないので、ハッキリ言って無駄が多い。

「これで俺達も奴等に引けをとらねぇ! てめぇら、存分に遊んでやれ!」

 髭の男の号令で、仲間の男達も次々と自身の武器に獣結晶をはめ込んでいく。

「やるしかないか」

 ハヤトはアイカを自分の後ろに隠すと、右手に付けてある二つの獣結晶を掲げる。

 しかし、そこで横からスッ、とレインがハヤト達の前に出る。

「レイン?」

「ちょうどいい機会だ。こいつらで俺の実力を見せてやる」

 レインは得意気な笑みを浮かべてそう言うと、わざとらしく前髪を掻き上げ、顔を掴む様に覆う。指の隙間から覗く瞳を鋭く尖らせ、右手の人差し指に付けた黄色の指輪を煌かす。

獣武展開ビーストアウト!」

 雷鳴に似た轟音と共にレインの周囲に獣力が溢れ出す。眼が冴える様な黄色い獣力の粒子がバチバチと音を立てて収束し、一匹の犬の姿を形成する。元気に駆け回る犬の霊獣は、やがて勢いよくレインの指輪に飛び込み、周囲に眩い輝きを放つ。

 光が収まると、レインの手には一本の槍が握られていた。黄色と黒が絡み付いた様な色合いをした槍の穂先からはバチバチと黄色い光が瞬いている。

「雷槍オルトス。これが俺の獣武だ」

 堂々たるその姿は、勇ましい戦士の姿だ。しかし、これみよがしにドヤ顔を浮かべる所為で勇ましさはかなり減少している。端的に言えば、

「なんか、ほんとに残念だな……」

「な、何だって⁉ ここ最近で一番の出来だったのに⁉」

 愕然とするレイン。ハヤトは頭を抱えそうになる。

「学園長に騙されたか……?」

「何言ってるのハヤト。すでに『名武めいぶ』が完成してる時点ですごいじゃない」

 ハヤトの反応とは裏腹に、アイカは素直に驚いていた。

 名武めいぶとは、獣武展開の成熟型、第二段階の事である。

 霊獣士は自身の獣力を獣結晶を介して放出し、霊獣を具現化する。自身の力の象徴とも言われている霊獣だが、最初から自身の力を理解している者は殆どいない。故に最初は無意識に具現した霊獣を使役し、獣武展開を行う。そして鍛錬を積んでいく中で自身の獣力、つまり霊獣を理解していく事が霊獣士の最初の試練である。

 そうやって獣力の理解を深めていくと、やがて自分にだけ分かる『霊獣の意志』がある。

 その意志を理解した時、獣武は名を冠する。

 そして、名を得た獣武はより洗練された獣武へと変わり、今まで知らなかった自身の特性である『我獣特性アビリティ』を扱える様になる、と言われている。一般的にも名武にたどり着くことが一人前の霊獣士の証とされていた。

「これでも軍にいるんでね、獣武展開の洗練版、名武めいぶ位は出来て当然だぜ。ハヤトだってとっくに名武は出来てるだろ?」

「……いや、俺は微妙な所だ」

「微妙?」

「そういえばフェルト君との試合でハヤトの霊獣は見られなかったわね」

 アイカの発言にレインが怪訝な顔をする。

「双武展開の使い手だって聞いてたから、てっきり名武は出来てるもんだと思ってたんだが」

「色々事情があるんだ……安心しろ、お前よりは強い」

「ハッ! 言ってくれるじゃねぇか」

 レインが軽快な動作で槍を廻す。ヒュヒュン、と鋭利な穂先が静かに風を斬る。石突きと呼ばれる部分にも小さめだが穂先と同じような刃があった。

 両手で槍を握りしめたレインが、穂先を敵に突きつけて言う。

「俺の上に立つんならそれくらいの虚勢は張ってもらわないと」

 不敵な笑みを浮かべるレインに、髭の男はめんどくさそうな表情で言う。

「いくら軍人と言っても、所詮は学生の延長線上……獣骸武器レムナントを手に入れた俺達の敵じゃねぇ。お前等、遊んでやれ」

 髭の男が適当な動作で手を振ると、傭兵達は一斉にレインに襲い掛かった。

「だったらその学生の力とやらをお見せしましょうか!」

 レインは槍を水平に構え、力強く地面を蹴る。

「ヴァーミリオン流特技、スタンレイド!」

 ズバチィ‼ と、槍から黄色い閃光を放ち、レインは一直線に飛び出した。息も付かせぬ速速さで手前にいた傭兵に突進する。

「ゲハァッ!」

 強烈な一撃を食らい、手前にいた傭兵が放物線を描きながら後ろに吹き飛ぶ。しかし、相手も臆することなくレインの背後に回って武器を振りかざす。

 振り下ろされた分厚い刀身を、レインは引き戻した槍で難なく弾き、そのまま流れる様な動きで横薙ぎの一撃を叩きこむ。

「囲え! 単体勝負じゃこっちが不利だろうが!」

 髭の男の怒声を聞き、慌てて傭兵達がレインを囲う。四方を囲われたレインは余裕の表情で槍を頭上に掲げると、片手で器用に回転させ始めた。回転が増すごとに槍に黄色い閃光が点灯し、やがてそれはバチバチと激しい音を立てて地面を叩く。

「クレイボルト!」

 落雷を掻き回す様な不思議な轟音と共に、稲妻を帯びた槍が思い切り地面に突き立てられる。

 直後、ズバチィィ‼ と激しい音を立ててレインを中心に周囲一帯を眩い閃光が弾けた。当然、レインを囲っていた傭兵達は眩い閃光に貫かれ、悲鳴を上げながら倒れていく。

「レインの『我獣特性アビリティ』は雷撃か……上手く使いこなしてるな」

 素直なハヤトの賞賛に、電撃の槍を軽快に回し、どや顔で答えるレイン。本当にこのドヤ顔さえなければと、ハヤトは嘆息する。

 とはいえ、あの腕前ならこの場は充分任せられそうだ。

「さぁ、御仲間の半分以上がおねんねしたが……大人しく投降すれば手荒なことはしないぜ?」

 レインは槍の穂先を髭の男に突きつけ、余裕の笑みを浮かべる。

「チッ、頼れん奴らだ」

「お前も大人しくする気はないみたいだな。ならッ!」

 レインは槍を握りしめ、一気に髭の男へと詰め寄る。

「仲良く眠ってもらおうか!」

「ハッ、馬鹿が……!」

 髭の男が後ろのポーチから何かを取りだした。正面からは死角になる位置での動きだった為、男の行動にレインは気付いていない。

「あれは……ッ⁉ マズイッ!」

「ハヤト⁉」

 ハヤトは獣武を展開しながら一気にレインの元へと駆ける。

「トドメだぜ!」

「自分に酔いすぎだッ! 軍人め!」

 髭の男がレインに向けて拳サイズの筒を放り投げる。

「なっ⁉ しまっ⁉」

 慌てて急停止し、防御の構えを取る。

 だが、レインは知らなかった。目の前に転がる筒が攻撃に使われる物じゃない事を。

 キィィィィィィン‼ と硝子を叩いた様な甲高い音を響かせながら弾けた筒の中から大小様々な術式が展開される。しかし、そのどれもが既存の術式とはどこか違う。

「なんだ? これ……ッ、ぐぁァ⁉」

 戸惑ったのは一瞬、爆散した謎の術式に当たったレインが苦しそうな表情で膝をつく。

「ガラ空きだぞッ! 軍人‼」

 好機とばかりに、髭の男が膝をついたレインに斬りかかる。

 頭上に掲げられたサーベルを防ごうにも、レインの体は思う様に動かない。

「もらったぁ‼」

「くぅ……ッ!」

 振り下ろされるサーベルの刃に、レインは身構える。

 ガキィン! と擦れる音が辺りに響く。

「なっ⁉」

「何とか間に合ったか……!」

 寸での所で男のサーベルを横から滑り込んできたハヤトが左手の剣で受け止める。

「す、すまん……助かった」

 レインの感謝に笑みだけで応え、ハヤトは空いている右手の剣を斬り上げる。斜め下から迫る炎の様な形の刀身を髭の男は慌てて後ろへ下がって躱したが、ハヤトの剣先が髭の男の腕に浅い傷を付ける。

「チィッ‼ 邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇぇ‼」

 雄叫びを上げながら、髭の男がサーベルを前に付きだして突進する。

 ハヤトは突っ込んでくる男の剣先に右の剣の切先きっさきを重ねる。キュリリリ、と刃を擦り合わせながら、徐々に剣先の軌道を自分の右横へと流していく。

「ガラ空きだぜ、傭兵さん!」

 そして互いの体が交差する瞬間、ハヤトは文字通りガラ空きになった男の胴体に左手の剣を横一閃に振り抜いた。

「ブハッ⁉」

 曇った声を上げ、髭の男は飛び込む様に地面に倒れ込む。胴を分断するほどの致命的一撃。

 しかし、倒れ込んだ男の体からは一滴の血も流れ出ない。

「安心しろ、精神強打クラッシュマインドだけにしておいてやったから」

 体に傷を負わさず、『斬った』という事実だけを相手に与える。獣力で構成されている獣武だからこそ成せる技だ。治安を守る霊獣士には必須の術式である。

「ぐっ……ナメやがッて」

 苦しそうに喘ぐ髭の男だが、直ぐには起き上がれない。

 勝敗は決したが、まだ戦意は失っていなかった様で、立ち上がれないと分かると遠くで倒れている仲間に向かって叫ぶ。

「てめぇら、今だ! さっさと標的ターゲットを捕らえろっ!」

 男の怒声に、仲間の傭兵達はよろめきながらも立ち上がる。

「ハヤト! アイカちゃんの護衛に!」

「わかってる!」

 ハヤトは慌てて踵を返す。

 しかし。

 スッ、とアイカがハヤトを制する様に手を上げる。

「アイカ?」

「せっかくの機会だから私も見せてあげる。この三年間で私がどれだけ強くなったかを、ね」

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