ハッピーバースデー、ミスター・ウィーク


「それはエヴァン・アーチボルトだね」

「誰それ?」

 

 ベルカ研に帰ってきたワイアットが早速ドクターにゴールドマンについて尋ねてみたら、思いの外返答は早かった。

 せっかくニックネームを名乗ったのに速攻で本名バレしたゴールドマンには同情する。

 

「アーチボルトはマイソンシティを拠点に活動する資産家でねぇ、エヴァンはそこの御曹司なんだ」

「その御曹司がなんでデーモンハンターになったんですかね」

「なんでも昔デーモンにまつわる事件にあったらしいが、それ以外はわからない。しかし自己中心的な彼が変わるきっかけがそこにあったのは間違いないな。それにアーチボルト家は元々デーモンハンターの家系なんだ」

「家系なのか」

 

 それなら納得はできる。

 

「彼がここに来たのは他でもない、以前話した未曾有の危機に備えるためだ。彼のゴールドシリーズはあらゆる状況に対処しやすい」

「僕がヒーローとして活躍するアレですね」

「そうなんだが、楽しんでる?」

「まさか」

 

 本音を言うと楽しみにしてる。自分がヒーローとして活躍する事が約束されたシチュエーションなのだ、年頃の男の子としてはワクワクしない筈がない、勿論その時にどんな凄惨な事が起こるかわからないというのは理解してるつもりだ。

 しかしそれを考えないようにするくらいにヒーロー願望が強まっている。

 おそらく、ドクターもその考えは見抜いているのだろうが、彼は放っておくつもりらしい。

 

「そういえば、明日の独立記念日が誕生日なんだったね、明日明後日は休みという事にしよう」

「え? 別に平気ですよ? やりますよ? ミスター・ウィーク」

「たまにはちゃんと休みを取りなさい。君の代わりは他のハンターに任せる事にするから」

「ゴールドマンですか、あれに頼るのはなんか嫌だなあ」

 

 出会いが出会いだけに第一印象が最悪なのだ。

 

「他にもいるよ、君が知らないだけでマンハッタンには現在2人のハンターが活動してる」

 

 初耳である。

 しかし考えてみればハンターになって一年ぐらいの子供が一人でマンハッタンをカバーできる筈はないのだ。それもデーモンだけでなく犯罪者も相手にしながらでは。


「その人達に今度挨拶しないと」

「一人はこないだ来たエヴァン・アーチボルトだ」

「…………」 

 

 挨拶は一人だけでよさそうだ。

 

「もう一人はデオンといって大ベテランだ。彼は今仕事中だがいずれ会わせてあげよう」

「楽しみにしてます」


 少しだけだが休暇を貰えたので、明日は誕生日という事で贅沢しようか。

 などと考えながらその日は帰路についた、去年は無人島で誕生日を迎えてしまったので今年はまともに過ごしたいところだ。

 

「あ、そういえば明日は花火に誘われてたんだった」

 

 リサとカオリの三人でエンパイア・ステートビルの展望台に行く約束をしていた事を忘れていた、危ないところである、もし忘れていたことがバレたらリサに怒られていただろうし、そのままブッチしたら命が危うい、主に社会的な意味で、絶対カオリにワイアットのカッコ悪い話を吹き込むに違いない。


「良かったあ、思い出せて」

 

 ゴールドマンについては不愉快だったが、全体的にみたら今日はいい日だ。

 明日は忘れずエンパイア・ステートビルに行くことを決意してその日はゆっくり眠りについた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 当日、最近本格的に夏が始まったせいでシャツ一枚だけでも暑苦しくなってきた。そのせいで外歩くのが非常に億劫なのだが、この日だけは夏の暑さに大感謝したいと思った。

 

「夜になってもやはり暑いですね」

 

 時刻は二一時半前、幾分涼しいとはいえやはり夏、まだまだ暑い。そんな暑い夜には皆薄着になる。

 ワイアットも、リサも、そしてカオリもだ。

 特にカオリ、タンクトップにミニのスカートとシンプルながらとても扇情的。ワイアットはチラリと見える腋やヘソや太ももを直視できずつい目を逸らしてしまう。

 油断すると下半身が熱くなってしまう。


「カオリさん、今日も素敵で直視できません」

「あ、ありがとうございます……できればちゃんと見て欲しいですね」

「あたしには何かない訳?」

「姉さん?」

 

 リサはTシャツの上から薄手のパーカーを羽織っており下はショートパンツ、オシャレではあるが、ワイアット的にはすこぶるどうでもいい。

 

「普通」

「ふんっ!」

「いったあ!」

 

 頭を殴られた。もう少し言葉を選ぶべきだったと反省。

 それはそうと。

 

「人が多いなあ」


 とワイアットがボヤいた。実際この日は世界一高いエンパイア・ステートビルで花火が見られるまたとないシチュエーションなのだ、観光客も含めて来場者が多い、特に屋外展望台(地上320m)は混雑しており、入場規制が掛けられたぐらいだ。

 おかげで歩き回るぐらいのスペースはあるのだが。

 三人がいるのは屋外展望台のさらに上にある第二展望台である。


「ここはそんなに多くないでしょ」

「まあね」

 

 確かにそこまで多くはない、あくまで下と比べたらだが。

 約二十人いるのだが、それだけでかなり窮屈さを覚える。

 

「まあ外が見えるだけでもありがたい話かな」

「そうですよ、ほら夜景が綺麗ですよ」

 

 確かに夜景が綺麗だ、暗黒の世界に輝くオレンジ色の光がまるで異世界のよう、テレビでしか見た事ないが、蛍が一斉に光った時の感動が思い出された。

 またこれだけ高い所にいるとほんとに違う世界に来たような錯覚を覚える。

 

「なんか足元がフワフワする感じ」

 

 ほんとに空でも飛びそうな恐ろしさを感じた。

 

「……ほら今ですよリサ」

「え? 今!?」

「なにか用?」 

 

 夜景に見惚れていて気付くのが遅れたが、リサとカオリが何やらモジモジと見計らっていた。

 

「あ、あのさワイアット……えっと」

「うぅじれったい!」

 

 とその時、ドォーンと空が華々しく弾けた。ハッとして外をみれば今まさに夜空に大輪の花が咲いていた。

 

「おお! 姉さん花火だよ! すっごい!」

 

 大して興味なさそうだったワイアットが予想外にはしゃいでるのを見たカオリとリサは、きょとんとした表情を一瞬浮かべた後、見つめ合って笑うのだった。

 

「何笑ってるんだよ、ほら二回目! 凄いよ花が三つも同時に咲いた!」

「あんたね、ふふ……まあいいわ、ほらこれ」

「これは?」

 

 リサはやや投げやりに手に持っていた紙袋をワイアットに押し付けた。


「誕生日プレゼント、中身はM◯ Chemical RomanceのCDよ」

「うっそマイケミの!? 僕このバンド好きなんだよ!」

「私からはこれ、リサに聞いたらプレーヤーを持ってないって聞いたので」

「ありがとうカオリさん!」

 

 リサからは好きなバンドのCD、そしてカオリからはそれを聞くためのプレーヤーを貰ってしまった。

 両方とも欲しかったものだけに感動もひとしおだ。

 今どきCDなんて思うかもしれないが、配信主体となってCDが売られなくなってる今となっては現存してることそのものが珍しいシロモノなのだ。

 

「早速聞いてみるよ!」

「いや花火!」

「おっとそうだった後で聞こう」

 

 あまりにも幸せな事が続いてしまったので頭がどうにかなりそうだ。実際テンションが上がりすぎてどうにかなってしまってる。今夜は忘れられない誕生日になりそうだ。

 実際、この後で起きる要因で水を差されなければほんとにそうなっていただろう。


「ぎゃあああああ」

 

 六つ目の打ち上げが終わった頃だ、突如背後から悲鳴が聞こえたのだ。


「何今の悲鳴!?」

「エレベーターだ!」

 

 展望台は円形になっており中心のエレベーターを囲うようにして外が見られる。

 ゆえに花火をみていれば自然とエレベーターを背後にする形となっていた。

 そして振り返れば、そこに人が……否、人だった物があった。ぐちゃぐちゃに潰され、内蔵も血液もエレベーター内に飛び散らせている。

 

「うっ」

「みるな!」

 

 そんな光景をみれば誰だって体を害してしまう、他の客の誰かが子供の目を塞いでいるのが見えた。

 

「荷物をお願い」

「いくの?」

「僕が行かなきゃ」

「あの、どういう事」 

 

 荷物をリサに預けてワイアットは人々の死角に移動する。

 状況がわからないカオリだが、ワイアットの険しい表情を見て何かを悟ったか、彼の壁になるように立った。

 その中でボソッと「ウィークウェア」と呟いた。するとたちまちブレスレットからナノメタルの布が広がってワイアットを包み、瞬く間にミスター・ウィークへと姿を変える。

 

「え、ええぇ!」

「声が大きい!」

 

 幸い他の客達も狼狽えているため気づかれなかったのは幸運だった。

 

「事情は後で説明してあげるから今は静かにして」

「お願いカオリさん、この事は黙ってて」

「わ、わかりました。とりあえず今は大人しくしてます」

「「ありがとう」」

 

 お礼一つ残してミスター・ウィークは人々の前に姿を表した。

 

「あぁ、ミスター・ウィークです。皆さん落ち着いて下さい、ひとまず僕が下に行って様子をみてきますので、いいですか?」

 

 エレベーター横にいたエンパイア・ステートビルの職員は、無言で何度も頷いた。他の客もとりあえず文句はないよう。ただ疑問はあるようで。

 

「何でウィークがここにいるんだ?」

「もしかして花火を見に来た客の中に」

 

 ギックゥ!!!!!

 迂闊だった、こんなほぼ隔離されたとこで姿を見せたら色々と疑われるのはわかっていた事だ、何とかいい繕わねばと必死で考えた末、出た答えが。

 

「じ、実は忍び込んでたんです……あはは、お、お金は後で必ずはらいます!!」

 

 苦しい言い訳。

 こんなもので何とかなるとは思えない。

 

「何だよ不法侵入か」

「いつものだな」

「警察に言うか」

 

 何とかなってしまった。

 

「じゃあ行ってきます!!」

 

 逃げるようにしてエレベーターに乗り込んで扉を閉じた。

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