6th PROJECT


 その日、マイソンシティにあるマーチベルカレッジという大学では、エヴァン・アーチボルトが復学した話でもちきりだった。

 九月も半ばすぎ、新しい学年がスタートした時期ゆえに復学のタイミングはちょうどいいといえるため、復学した事については違和感がない。

 しかし何故退学にならなかったのかが専ら議論の中心だった。実際はエヴァンの罪があまり重くなかったためと、当時の世論がエヴァンを後押ししてたため、余計なトラブルを避けた大学側が配慮という形で休学扱いとしたわけだが。

 学生達はそのような事実に目を背けて、親の権力で罪を揉み消したとか、自首してきたのに今更揉み消しはないだろとか、様々な憶測や推測、希望的観測を飛び交わせていた。普通の人間なら胃がキューと縮こまって肩身の狭い思いをする事だろう。


 しかしエヴァンは普通の人間よりも図太く、かつ人の視線を細かく気にする程繊細でもない。

 そのため心無い発言にも平然と返すことができている。

 例えば廊下を歩いている時に通りすがった学生には。 

 

「よお犯罪者! 今日は何を犯すんだ?」

「おす! 生まれ変わった俺を見てくれー」

 

 と返し、またある女生徒には。

 

「ねえエヴァン、今日乱パなんだけどどう?」

「いいねぇ、でも俺クリスさん意外とはシナイと決めたから遠慮しとくよ」

 

 と一年前からは考えられない程好青年と化していたので、エヴァンとかつて付き合っていた友人達はビックリ、しばらく沈静化していたエヴァン入れ替わり説が再浮上してしまった。

 

 そんな騒ぎに包まれるマーチベルカレッジを、マシュー・ライスは特にこれといった関心を持つことなくストイックに歩いていた。

 肌は親の遺伝で小麦色で、髪は癖が強いので短く切りそろえて人気のツーブロックにしてある。背は高いが中肉なのでアスリートからはかけ離れており、縁の太い眼鏡をかけてるため地味な印象があった。

 そのマシューは朝から話題のエヴァンについては耳に齧る程度に聞き、放課後になってからは真っ直ぐ研究室へと向かっていたのだった。

 

 サブカル研究室、そう書かれたプレートが飾られたドアを開けてマシューは中へ入った。

 研究室というのも語弊がある、何せマーチベルカレッジは四六〇エーカー(一八六一六二〇㎡)あるので敷地に大変余裕があり、サブカル研究室も部屋というよりは敷地内に建てられた家というのが正解だった。

 

 その家の中、居間にあたる場所では既に二人の人物がソファーで寛いでいた。

 

「やあリック、今日は西部劇かい?」

「おおマシュー、こないだマグ○フィセントセブン観て西部劇熱爆上がりしてさあ」

「リメイク版?」

「両方」

「ああ、それはこじらせるなあ」 

 

 居間のテレビで西部劇映画を観ている少年はリックと呼ばれている。アジア系の顔立ちゆえか彫りが深く、眉も太めだ。背はマシューより低いが一般レベルである。程よく筋肉もついており、健康とは彼のためにあるような気さえしてくる。

 

「ねぇ兄さん、冷蔵庫からジュースとってきてよー」

「それくらい自分で取りなよ」

 

 ボヤキつつもマシューは冷蔵庫からコーラを取り出して、それをリックとは別のソファで寛ぎながらコミックを読んでいる少女へと渡す。

 癖の強い長い髪はウェーブがかっており、肌はマシューと同じく小麦色だ。

 ハイスクールを卒業したばっかの彼女はエレナ・ライスという。マシューの妹であり、兄と違って背が低いためあまり似ていない。 

 

「サンキュー兄さん」


 お礼を言っているが当然心にも無い。

 溜息一つ吐いた後、マシューは二人から少し離れたテーブルについてPCを起動させる。講義中に出された課題を終わらせるつもりだ。

 

 マシュー、エレナ、リック。この三人がサブカル研究室のメンバーであり、活動内容もサブカル研究なんてものではなく、ただ映画観たりコミックよんだりゲームしたりと遊ぶだけのサークルだ。

 こんなサークルが許されてるのはマシュー自身不思議でならないが、リック曰く、有り余った敷地に建物、またサークル費用はメンバー持ちなとこ、更にマシューが在籍してるという理由で許されているらしい。

 

「そういえばさ、今日朝からアーチボルトの話題ばっかだよなあ」

 

 そう切り出したのはリックだった。

 

「アーチボルト? ああ、あのデブでしょ? 私あいつ嫌い、兄さんをぞんざいに扱ったじゃない」


 エレナが言っているのは去年のパーティの時、エヴァン・アーチボルトが誘拐された時の事だ。あの日マシューはエヴァンに追い出されて惨めな扱いをさせられたことを思い出したのだ。

 ただマシュー自身はその時の事は特に何とも思っていない。

 

「まああの時の事はあまり気にしてないから平気だよ、それに噂なんてすぐ消えるし、僕達には関係ない話さ」

「それもそうだな、いくらなんでもあの坊ちゃんが俺達と関わるわけないもんな」

「言えてるー、アハハ」

 

 三人は馬鹿馬鹿しいと笑い合ってアーチボルトの話を吹き飛ばそうとするのだが、残念ながらそうは問屋が卸さないのが現実である。

 彼等が油断しきったその時、ドアがバァンと開け放たれた。

 

「バァン!!」

 

 ドアを開けた人物は何故か自分で効果音を叫んだ。

 そして中に入る。入ってきた人物とは言うまでもなくエヴァン・アーチボルトその人である。

 腹に詰まった脂肪をたゆんたゆんと揺らしながら、彼は唖然とする三人の前に立った。

 

「ここにマシュー・ライデュ……マシュー・ライスはいるか!?」

 

 噛んだ。

 

「マシューは僕だけど」

「ちょっと兄さん!?」

「おいやめとけって」

 

 二人の静止を聞かずマシューは手を上げてアピールした。正直言うと関わりたくないが、放っておいたら何するかわからないので、こちらからエヴァンの行動を誘導するため立ち上がった。

 

「君がマシューか……そうか」

 

 ジロジロとマシューの顔を観察するエヴァン、ふと彼はその場にしゃがみこんで丸くなった。元から丸いが。

 

「マシュー・ライスよ、去年は申し訳ございませんでしたああああああああ」

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

「「「は?」」」

 

 突然の謝罪についていける者は、いや思考を停止しなかった者はいなかった。

 そしてエヴァンの謎の謝罪から数秒後、先に意識を取り戻したマシューがおそるおそる尋ねる。

  

「えっと、なんで急に謝るの?」

 

 エヴァンは上半身を上げて、その場に両膝をつく姿勢で話し始める。

 

「去年、俺はお前に無礼な態度を取ったからだ。まずそれを謝罪しようと思ってな」

「ああ……うん、そう……でも何で土下座? 確か土下座って日本の伝統技能だよね」

「それはちょっと違う、土下座とは謝罪する時に己の誠意を最大限に表す最終兵器リーサルウェポンだ! つまり土下座とはジュウドウやフジヤマに通じる武術!

 そして日本人はどんな時でも謝罪から入る。道を尋ねる時もExcuse me、レストランで店員を呼ぶ時もExcuse me、日本とは謝罪文化のビッグウェーブであり、世界最大の謝罪国家なんだ!!

 というわけで俺は日本を参考にして謝ってみた」

「ごめんよくわからない」

 

 当然の帰結である。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 気を取り直して。

 エヴァンを居間のソファに座らせて彼の話を聞くことにした。どうやらただ謝罪に来ただけではないらしい。

 エレナがエヴァンの前にコーラの入ったコップを置く。 

 

「あのー、コーラしかないんだけど、いい?」

「むしろ最高のおもてなしだ。日本風に言うならお・も・て・な・しだな」

 

 残念だが、日本では既に死語となりかけている。

 

「ところで話ってなんですか?」

 

 焦れたようで、マシューが代表して問い尋ねる。

 エヴァンはコーラを一息で飲み干してテーブルに置き、ゲップを一回してからタブレットを取り出した。

 

「まずはこれを見てくれ」

 

 タブレットに映し出されたのは企画書の表紙だった。タイトルにはGOLDMAN PROJECTと書いてある。

 

「ゴールドマン? これはなにかな……続きを見ても?」

「いいぞ」

 

 マシューは促されるままタブレットを操作して企画書を一ページずつ斜め読みしていく、リックとエレナも後ろから興味深げに覗き込んでいた。

 

「いくつかの種類の機体を用途に合わせて……発想は面白いと思う。ただ、エネルギー源はどうなるんだ? 莫大な電力が必要になると思うんだが」

「問題ない、chapter4を見てくれ」

 

 言う通り目次からchapter4を選択して開く、この時既にマシューはゴールドマンに興味を惹かれてしまっていた。

 

「晶石?」

 

 そのページには一メートルもある大きな晶石の写真が貼ってあり、ENストーンと名付けられていた。

 色は透明な青なので、見た目は藍晶石に近い。発見当時は岩に埋まっていたらしく、岩ごと取り出したのでまだ半分くらいは岩が服のように貼り付いている。

 

「どういう原理なのかはわかんないが、そのENストーンには電力などのエネルギー全てを倍加させる事ができるんだ。そいつの欠片を全機に取り付ける事でエネルギー問題は解決するというわけさ」

「まるで魔法だね、でも倍加させたエネルギーはどうやって制御するんだい? 抵抗が足りなかったら暴走しかねない」

「そう、そこが問題なんだ。最初の話に戻るが、俺がここに来た目的は謝罪するためだけじゃない。エネルギー制御のためのプログラムを作ってもらうためのエンジニアをスカウトするために来た。

 つまりマシュー、お前の腕を買いたい」

 

「僕の? 冗談だろ? こんな未知のエネルギーを制御するなんて僕には無理だ。専門家を雇った方がいい」

「勿論雇っているさ、だがまだ足りないのさ。ペンタゴンやNASAからスカウトを受けた君なら足りない部分を埋めてくれると信じている。

 それにこれは機密事項だからホイホイと話して雇うわけにはいかない」

「待ってくれ、それじゃ聞いてしまった僕達はどうなるんだ?」

「……メン・○ン・ブラックという映画は見た事あるか?」

「いや、ない」

「エイリアンと戦うやつだろ? 俺それ大好き」

 

 答えたのはリックだった。彼は自分の好きなモノを語るチャンスがきたのでどこか得意気になっている。


「あれにピカッて光る道具があるんだが」

「記憶を消す道具だろ?」

「そうだ。そして実はここに同じ物がある」

 

 エヴァンは徐に胸ポケットから古い万年筆を取り出して、それを写生する時にやるみたいに真っ直ぐ前に突き出した。

 ついでにポケットからサングラスまで取り出して着ける。

 

「え? うそマジで……実在してたの?」

「一般には公表されていないが、結構前に開発されてたんだぜ……まあつまりはそういう事だ、断ればピカッだ」

「何それ最低、都合が悪いと記憶を消すっていうの? ちょっとは改心したのかと思ったけど全然駄目じゃない。兄さん、こんなの受ける必要ないわ」

 

 記憶を消されるという事に怒り心頭らしく、エレナは今にも詰めかかりそうな勢いでエヴァンを睨みつける。エヴァンはそんな視線をどこか楽しむように見つめ返し、足を組んでふんぞり返った。

 

「それで……どうする?」

「……その話、受けよう」

「兄さん!」

「おいマシューいいのか?」

「ああ、ゴールドマンという物に興味がでてきたんだ」

「ありがとうマシュー・ライス、アーチボルト家は君を歓迎しよう」

「一つ条件を出したい」

「一つなんて謙虚な事いうなよ」

 

「じゃあ二つ、まず一つはリックとエレナの記憶を消さないこと、二つ目は僕達の安全の保証だ」

「OKだ、任せておけ。そもそもそこの二人はお前の助手のつもりで話を聞かせたんだがな」

「俺達いつの間に助手になったんだ?」

「さあ?」

「君達二人はどうする? スタッフとして来るなら歓迎するが」

「俺は面白そうだからマシューについて行くぜ」

「私も」

「決まりだ。俺は先に帰るから後で屋敷に来てくれ。それとこのペンは餞別にくれてやる」

 

 話しは決まったので、エヴァンは椅子から立ち上がって歩き出す。家を出る前に先程の記憶を消すペンをほおり投げた。ペンは放物線を描いて三人の間に落ち、リックが拾った。エヴァンが家を出て行ったあと、リックは好奇心に身を任せるままペンを弄り回してヘッドを光らせ……たのだが何も起きない。ただ光るだけだ。

 

「これただのペンライトだ」

「あのデブ、兄さんが断らないのわかっててブラフをくらわせたってこと?」

「そのようだね、やられた」

 

  


 

 

 

 

 

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