3rd PROJECT


 数時間前。

 アーチボルト邸内にあるマークスの書斎にて、マークス・アーチボルトは秘書のジョシュアを連れて奥の禁書部屋へと入っていった。

 文字通りこの部屋には、危険なグリモワールやアーチボルト家の機密書類、果ては魔道具と呼ばれる人知を超えたアイテム等おおよそ人の世に出てはならないものが大量にある。

 この部屋に入れるのはアーチボルト家当主のマークスのみであるが、今回は特例としてジョシュアの入室を許可した。

 

 目的はここに保存している原初のグリモワール『ソロモンの魔傅』を取りに来る事である。

 

「禁書部屋は初めて入りました」

「当然だ。ここに入れるのは私と執事のレイノルド、そして私の許可したお前だけだ」

「こ、光栄です」 

「あまり見渡さない方がいい、ここにあるグリモワールの中には表紙を見ただけで精神汚染する物もある」

「ひっ」


 禁書部屋の更に奥、角にすっぽりハマるように小さな机があった。マークスは机の引き出しを開けて、そこから一冊の本を取り出した。

 表紙にはヘブライ語で『ソロモンの魔傅』と記されている。

 

「これが、あの」

「そうだ、読む者に合わせて内容が変わるグリモワール……そして多くのグリモワールを粗製乱造してきた原初の本だ。これがあれば、デーモンをノーリスクで召喚する事ができる」

「そんな物を魔術結社が手に入れてしまえば悲惨な事になりますね」

「その通りだ……特にお前のような奴にはな」

 

 油断していたつもりは無いが、気付けばマークスの背中に銃口が向けられていた。御丁寧に一度背中に押し付けて銃の存在をアピールしてから、少し離して何処に銃があるかわからないようにしている。

 銃を構えているのはマークスの秘書ジョシュアである。

 

「その本を渡して貰いたい」

「断る」

「では仕方ありません」

 

 バンバンと銃声が二回轟き、遅れてマークスの身体が傾いでいく。

 心臓と肺の近くへ背中から至近距離で撃たれたのだ、声も出せずにマークスの身体は床に沈んでいく。

 

 ジョシュアは床に倒れたマークスの手から本を奪い取ると、それをその場でパラパラと読んでから禁書部屋を後にした。

 入れ替わるようにして、銃声を聞いて駆けつけたレイノルドが禁書部屋へと入って行くのを書棚の影から確認する。

 そしてジョシュアは書斎を出て予め用意しておいた車で屋敷を出ていったのだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 現在。

 屋敷にて執事のレイノルドから事の顛末を聞かされたエヴァンは、全て聴き終わった後で怒りを顕に怒鳴り散らす。

 

「ジョシュアは前々から気に入らなかったんだ。いつか殺してやろうと思ってたね、だってあいつ俺の女を寝取ったんだぞ! わかるか? 女が『もう彼の○ンコしか受け付けられない! 身体は太いけどチ○コが細いのは無理!』て一方的に言ってきたんだ!

 ふざけんな! 俺のチン○は駄目だっていうのかよ! デブなめんな!!」

 

 物凄く屈辱的なできごとである。

 

「まあそれはいい、とりあえずいい。それでレイノルド、父さんは一応無事なんだな?」

「ええ、弾丸は二発とも微妙に急所を逸れていましたし、処置も早くできましたので何とか一命だけは取り留めました。ただ、何かしらの障害を残す可能性は否めません」

「わかった、父さんの事はひとまずお前に任せる」

「かしこましました」


 これでひとまず落ち着く事ができる。マークスの仕事についてはレイノルドと母に任せれば大丈夫だろう。

 誘拐犯は既にアーチボルト家保有の私設部隊が追いかけてる筈だ。

 現状エヴァンに出来ることは何も無い。

 何も無いなら……何をしても良い。

 

「レイノルド……俺は決めたぞ」

「なにをでしょうか?」

 

 レイノルドはおそるおそる尋ねる。いつも不遜なエヴァンが改まって言うのだ、ロクでもない事に決まっている。

 

「今回の事でよくわかった、俺が持ってる権力や権威はいざと言う時何の役にも立たないってな。

 だから俺は変わる事にした。優しくて強い誠実な人間になる」

「エヴァン……様っ!」

 

 レイノルドは口元を思わず抑えた。そうでもしないと嗚咽が漏れ出てしまいそうだったからだ。だが既に零れ落ちる涙が白い髭を濡らしてしまっており、彼が嬉しさから泣いてる事は一目瞭然であった。

 聞きようによってはアーチボルト家を否定してると思われかねない、しかしエヴァンはそのアーチボルト家の力でやりたい放題やってきた、犯罪もいくつか犯した。その度にマークスやレイノルドが揉み消してきたのだ。

 そんな彼が心を入れ替えるというなら、こんな嬉しい事はない。

 

「泣くなレイノルド……今までの俺が悪かったんだ。とりあえず今まで犯した罪を償うために警察に行く、腕のいい弁護士を頼むよ」

「はい……お任せ下さい」


 もう涙が止まらない、レイノルドの瞳は溢れ出る涙でボヤけて何も見えなくなっていた。執事を始めて数十年、いや彼の人生では妻との結婚を除いて一番幸せな瞬間かもしれなかった。

 

「そしてレイノルド、刑務所からでたら改て色々教えてくれ、俺は誠実な男になりたいんだ」

「はい……エヴァン様。爺は、とても嬉しゅうございます」

「お前の期待に必ず応えよう、俺は必ず誠実な男になる!」

「はい!」

「そしてクリスさんと結婚する!」

「んんんんんんん??」

 

 涙は一瞬で引っ込んだ。

 

「あんな強くて美しい女性は初めて見た! 素敵だ、俺はクリスさんに一目惚れしたぞ!」

「え? つまり女のため……ですか?」

「ああ、クリスさんは俺にこう言ったんだ『私は君のような不誠実な男は好かない』と、つまり誠実になれば好かれると言うことだ!

 大丈夫! 俺のポテンシャルは無限大だからな! 直ぐに誠実な男になってクリスさんと結婚する!」

「あ……あぁ」

 

 残念ながら、人間というものはそう簡単に変わるものでは無い。

 執事レイノルドは諦めと呆れの瞳で自分の主を見つめ。

 

「とても良いと思います」

 

 細かく考える事を止めた。

 

 

 

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