サンジェルマン伯爵、現る


「へぇ、ここが危険な遺物を保管しているところねぇ」

 

 ミレニアム最奥には他と作りの違う区画がある。そこはどのような攻撃にも耐えられる設計になっており、理論上はドラゴンの火球にも耐えられる。

 その区画は宝物庫と呼ばれており、宝物庫の入口は大人の男が両手を広げた時と同じくらいの厚さを誇る大きな鉄扉がある。

 鉄扉の前にクラウザーと館長が立つ。

 

「この中に巨大魔晶石と危険な遺物がある」

「遺物の方は使わせて貰えるんだよな?」

「全部ではないが」

「わかってる」

「……では開けるぞ」

 

 館長はスーツの胸ポケットから掌サイズの小さな箱を取り出した。その箱にはスロットがついており、そこに魔晶石をはめ込んでから、鉄扉の中央にある窪みに差した。

 一瞬鉄扉の中央を光が走ったかと思うと、徐々に鉄扉が内側へと開き始めるのであった。

 

「ヒュー、すげぇ仕掛けじゃねぇか」

「すごくはない。お前ならこんな箱使わなくても魔晶石を嵌めるだけで開けられるだろう」

「どうかねぇ、俺でも魔法使う時はスロットを使うからなあ」

 

 この世界において、魔法を使うという事は、魔晶石に込められた力を使うという事になる。魔晶石とはその名の通り、魔法が込められた晶石を魔晶石と呼び、純度が高ければ高い程、また大きければ大きい程強い力を引き出す事ができる。

 しかしそのまま使うと魔晶石は弾けて消えてしまうので、通常はスロットと呼ばれる制御装置を使って、引き出す力をコントロールして使い回せるようにする。

 だがスロットを使うためには、スロットに合わせて魔晶石を削る必要があるため、人によってはスロットを使わず原石のまま使うのもいる。

 

「つかそもそも解錠の魔晶石なんて持ってねぇよ」

「入るぞ」

 

 館長に連れられて中に入る。中は宝物庫という名に相応しく、絢爛豪華な……なんて言葉は不釣り合いな地味な場所だった。

 中は遺物を保護するため薄暗く、また空調設備がないのかあえてこの温度にしてるのかわからないが、かなり寒い。外の気温より寒いのではないかと思ってしまう。

 入る前は遺物が展示されてるのかと思っていたが、実際はほとんどの遺物が箱に納めており、その箱は積まれている、絵面はたいへん地味であった。

 

「この箱はなんだ?」

「あまりその辺の箱に触るなよ、因みにそれは次元の扉を開く魔晶石が入っている。うっかり開いて次元の扉に引き込まれたら何処に飛ばされるかわからないぞ」

「……たとえば?」

「魔物の殺戮現場とか」

「おっかねぇ、でもこれ砂の魔王に使えんじゃねえか?」

「制御できればな、いくら大賢者マジックマスターのお前でもこれの扱いは無理だろう。今まで何人ものマジックマスターが挑戦してきたが皆次元の扉へ引き込まれてしまった」

「怖ぇ怖ぇ、こっちの瓶に入ったやつは?」

 

 館長の忠告も聞かずにクラウザーはまた箱を勝手に開ける、その中には大層な梱包材に包まれた瓶が入っていた。中身は紫色の液体である。

 

「直ぐに戻せ、それは液体型の寄生虫だ。まだ研究中で取り憑いたらどういう効果がでるのかわからん」

「うぇっ! 虫かよ気持ち悪っ!」

 

 クラウザーは寄生虫の入った瓶をそっと戻した。

 

「ああそうだ、お前にこれを渡しておこう」

 

 館長は目の前の箱から肩から提げるタイプのポーチを取り出してクラウザーへと放り投げる。

 

「なんだこれ? 俺は女みたいに着飾る趣味はないぜ」

「それは何でも入るポーチと言ってな、文字通り何でも入るポーチだ」

「…………何だって?」

「何でも入るポーチだ」

「もすこしネーミングなんとかなんねぇのか?」

「わかりやすくていいだろう?」

「わかりやすければいいってもんじゃねぇよ!」

 

 ポーチはほんとに何でも入るらしく、対象がポーチの口(肩幅くらい)より小さければどれだけ長くても入れられるうえに、数も無制限に入れられるらしい。

 

「他に何かくれねぇのか?」

「図々しいな……魂を吸い取る剣、どんな怪我でも半分の確率で治療するが失敗すると死ぬ薬、触れると爆発する魔晶石とかはどうだ?」

「録でもねぇのばっかかよ」

「謎の魔術書もあるぞ?」

「どんな効果があるんだ?」

「持つと賢くなった気になる」

「役に立たねぇじゃねえか、何でんなもんが宝物庫にあんだよ」

「暇つぶしにここで読んでたらそのまま置き去りにしただけさ」

「よくもまあこんなクソ寒いとこで読もうと思ったな……はぁ、まあポーチだけで満足しとくことにするわ。とりあえず巨大魔晶石を見せてくれ」


 そして二人は宝物庫の奥へと進んで行く、しばらく歩き進めると遺物やらの箱が一つもない開けた空間へでた。空間の真ん中には薄暗い宝物庫を眩く照らす巨大魔晶石が鎮座していた。

 巨大というには少し小さいかもしれない、高さはクラウザーの胸くらいであるため、並ぶと小さな子供と手を繋ぐお父さんみたいになる。晶石だが。

 

「巨大と言う割には意外と小さいんだな、これならこのポーチに入……ああ入らねぇな、地味に太い」

「その魔晶石は魔法を高める効果があってな、つまり他の魔晶石と一緒に使えば効果が増すというわけだ」

「ほぉ……そいつはすげぇけど、でかいのがネックだな。持ち運びが良ければ俺が使うんだが」

「言っておくが、鎧を着た騎士キャバリア五人分の重さはあるから持ち運ぶのはやめておけ、ここに置いて砂の魔王を誘き寄せる方がよほどいい」

「はいよ」

 

 

 ―――――――――――――――――― 

 

 

 クラウザーと館長が宝物庫を出た頃には外がすっかり暗くなっており、太陽の代わりに星の海が地上を照らしている。

 そろそろ日付けが変わるだろうか。

 

「ああくそ外も寒いなちくしょう」

「今夜はミレニアム内に泊まるといいだろう。部屋は私の秘書に案内させる」

「いい、どうせベッドだろ? 俺は床でないと寝れないからそこで野宿する」

「凍死するぞ」

 

 クラウザーはポケットから熱の魔晶石を取り出してガントレットにセットする。拳をギュッと握って魔法を発動させると、クラウザーの目の前に暖かな光を放つドームが現れた。

 近寄ると仄かに暖かい。

 

「この中で寝る」

「魔晶石にそんな使い方があるとは思わなかった」

 

 館長が呆れと尊敬がない混ぜになった顔で見つめる中、クラウザーは黙々と一晩明かす準備を始めていく。

 館長の目が少しだけ好奇に変わった頃、こんな夜更けにも関わらずお客さんが訪ねてきた。

 恰幅のいい中年の男性で、値段の張りそうな上質の亜麻布を纏って、宝石をアクセントとして、指輪やネックレスにあしらっている。昼間に出会っていたら目がチカチカして見ていられないかもしれない。

 

「やあ館長さん、ご無沙汰しております」

「これはこれはサンジェルマン殿ではありませんか」

 

 二人は知り合いのようで、軽く抱き合ってからお互いの手の甲をぶつけた。

 

「二年ぶりぐらいでしょうか、今までどちらへ?」

「変わらずの放浪生活です。知識というのは世界中に散らばっていて、いやはや勉強する事ばかりですよ」

「ご謙遜を、聞けば先日も感染症治療のための新たな薬を開発されたとか」

「たまたま訪れた村にその感染症に効く薬草があっただけですよ」

「世界は広いという事ですな」

「「ハハハハハ」」

 

 笑い合う男が二人、残念ながらクラウザーには笑いどころというものがわからないので無視して寝る準備を始める。

 ふと、サンジェルマンがクラウザーを視野に入れて近寄ってきた。

 

「私はサンジェルマンという、君はなんという名前なのかな?」

「……クラウザーだ。大賢者マジックマスターのクラウザーだ」

「なんと君が! 最年少で大賢者マジックマスターの称号を得たというマスタークラウザーか!?」

 

 ピクっとクラウザーの肩が震えた。今まで誰にも言われてこなかったマスタークラウザーという名前に反応してだ。

 サンジェルマンと向き合って手の甲を見せる。

 

「オッサン、見所あるじゃねぇか! 俺の事はそのままマスタークラウザーて呼んでくれ」

 

 とても嬉しかったらしい。

 サンジェルマンは意図を理解して自分の手の甲をぶつける。

 

「その若さで凄いものだと関心したものさ、では私のことはサンジェルマン伯爵と呼んでくれ」

「ああわかったぜサンジェルマン伯爵……あぁ伯爵ってなんだ?」

「む、そういえばこの世界には爵位という概念がないんだったか。まあ称号みたいなものでね、私が自称してるだけだからそんなに気にしないでくれ」

「そうか、よくわかんねぇけどよろしくな!」

 

 こうしてマスタークラウザーとサンジェルマン伯爵との間に、仮初の小さな友情が芽生えるのであった。

 

「して、サンジェルマン殿、今日はどのような用事で参られたのですか?」

「ああそうでした。宝物庫を見せてもらいたいのですが」

「申し訳ございません、宝物庫は政府からの許可がないとお見せできないのです」

「それは残念です」

「サンジェルマン伯爵は宝物庫に興味あんのか、そうだ、この本とか読むか?」

 

 クラウザーは先程館長から貰った何でも入るポーチ(以降ポーチと略称)から謎の魔術書を取り出してサンジェルマンへと差し出す。

 それを見た館長は火がついたようで。 

 

「貴様! 宝物庫から持ち出したのか!?」

「いやてめぇが置き去りにしたやつだろうが!! 暇つぶしに読もうかと思ってたけど変な文字で読めねぇからさ」

 

 やんや騒ぐ館長とクラウザーとは違い、サンジェルマンの瞳はその本に釘付けとなっていた。 

 

「これはヘブライ語文字……まさかソロモン王の本がこんな所に」

「わかるのか?」

「えぇ、失礼館長、宝物庫は明日また伺わせて頂きたい。それとこの本を借りてもよろしいでしょうか?」

「え、ええどうぞ。何でしたら差し上げます」

「おい待て館長、俺と対応違いすぎねぇか?」

「感謝します。それではまた明日」

 

 言葉は丁寧だが、どこか興奮したところが見受けられるサンジェルマン、彼は足早にその場を去っていく。

 サンジェルマンの背中を見送った館長とクラウザーは、交わす言葉も程々に各々自らの寝床へ帰っていくのだった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 バリエステス中央にある宿泊施設、その一室でサンジェルマンは薄暗い部屋で妄執的なまでに魔術書を読み耽っていた。

 

「これは、なんという。ふ、ふふふふ……感謝しますよマスタークラウザー。あなたのおかげで面白いものを手に入れた!」

 

 夜は更ける。砂の魔王の脅威が迫るこの博物都市でいくつかの思惑が重なり合って、そしてぶつかり合う。

 夜明けはまだ……遠い。

 

 

 

 

 

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