狩りと聖剣とマシュマロお姫(2019.1.26改訂)

冒険者とは何か、といわれると本来的には狩人である。

魔獣ともいわれる強力な害獣たちを倒し、その倒した報奨金ととってきた皮や肉で生活するというのが基本である。

他には傭兵という部分もある。人族同士との紛争には手を出さないが、魔に染められたといわれる魔族との戦争には率先して戦う、ということをしてきた。


しかし、それらの仕事も今は昔。

魔獣退治は今でも多少依頼は来るが、数は非常に少なくなってきている。人族の活動範囲が広がり、魔獣たちもおいそれと人里まで降りてこないのだ。

魔族との戦争などそれこそ100年以上前の話になってしまった。昔は魔族といわれていた鬼族も悪魔族も妖族も、皆現在では人族の範囲に含まれるという確認をした条約が100年以上前に結ばれている。以降は冒険者の敵という意味での魔族などいなくなってしまった。


現在冒険者というと、希少な資源を探す山師か、まだ残る害獣を退治する狩人か、それでなければ行政の下請けの雑務をするお仕事、ということである。


この雑務というのが案外バカにならない。

雪かきやどぶ攫いをふくめた街の清掃から始まり、治安維持のお仕事も請け負っているので、警らや場合によっては犯人逮捕も行う。落とし物もすべて冒険者ギルドに届くし、迷子を捜すのもすべて冒険者ギルドだ。火事が起きた時に消火にも行くし、時にはお悩み相談まで行うのだ。

全部雑用だが逆に何でもやるせいで、冒険者ギルドの権限は案外大きい。そのため、ギルドメンバーになるためにはそれなりにちゃんとした身元確認が必要なのだ。

身元確認の方法は、基本的には、この街で育ったこと及び街の人2名の証人というやりかたなのだが、他にもお偉いさんの身元保証があれば認められる。

認められるのだが……


「じゃあこれで!!」


先日からうちに来ている、この頭が軽そうな竜人少女が取り出したのは隣国の皇帝の勅令であった。

龍皮紙という超高級な、劣化しない紙に書かれているのは『本書の所持者を帝国第一皇女と認め、その身柄と責任を保証する』という文言及び、皇帝のサインと玉璽であった。内容は簡素であるが、紙とサインと玉璽がそろっているので帝国の形式を守った勅令文書である。「パピィにもらったの~」とのんきに話すこいつが本当に帝国のお姫様、しかも下手すると次期皇帝だとはとても信じられなかった。


「所持者って、これ、奪われたらどうするんだろうね」

「奪ったらその人が第一皇女だよ。強くないものは皇族になれないし、強さこそが皇族の証明だから。受付ちゃん奪ってみる?」

「結構です。私は自分の出自に誇りがありますから」

「おお、かっこいいー」


真っ白でぷにぷにしてそうなマシュマロのくせに、強さには自信があるらしい。あの脳みそまで筋肉なギルドマスターにも聞いたが、1対1で直接戦ったら9割の確率で俺が負けるだろうとか言っていたし、その強さは本当なんだろう。私にはマシュマロにしか見えないが。ああ、マシュマロが食べたくなってきた。


「身元確認は十分です。それではアンジェリーナ、あなたは今日から冒険者ギルドのメンバーです」

「やったー!!!」

「ランクは……国王推薦準拠だからゴールド、Bランクだね」


冒険者ギルド内にもランクがある。これは別に強さではなく、信頼度を示すものだ。トラブルになった時の保証や、確実に依頼に取り組んでくれるかを示すものでしかなく、トラブルが多いとどんなに優秀でもランクは上がらない。200年ほど前に魔王退治をした勇者ユウタが、女性トラブルや周辺トラブルが多く、魔王退治までしたのにCランクどまりだったのは業界では有名な逸話である。

Bランクはギルドの職員格である。本来最初から登録するときに渡すものではないのだが、国家統治者レベルの推薦が来ると、配慮からBランクを渡すことになっている。ただ、そんな風に一足飛びに高いランクをもらうと、苦労してたたき上げでランクを上げてきた他のメンバーは決していい気持ちがするものではない。


「ほかの人たちから目を付けらないようにしばらく隠したほうが」

「ヴォルヴさん見てください、金ぴかですよ金ぴか!!!」

「ってちょっとぉおおおお!!!」


私の心配と静止をよそに、マシュマロはほかの冒険者に自分のギルド証を見せびらかいに行った。本当にこいつは言うこと聞かねえな!!!

まあ、うちの正規職員はヴォルヴさんたち3人と私、あとギルドマスターだけである。そんな陰湿なことをする人たちではないし大丈夫だとは思うんだけど……


私の心配をよそに、皆表面上はマシュマロを祝っていた。まあこんなマシュマロ小娘にいやがらせするほどおっさんたちも子供ではないようだ。ただ、格の違いは見せてやらなきゃな、みたいな目をしているのが簡単に見て取れた。なんにしろ、ひとまずお祝いだー、と騒ぐ連中に、ワインと称したぶどうジュースを出すべく私は準備を始めた。朝っぱらからお酒はダメです。マスター、そんな目をしてもだめです。お母さんに言いつけますよ。


その後、ぶどうジュースで盛り上がったおっさんたちは、マシュマロのギルド加入祝い、と言い出して狩りに行くことになった。冒険者とは狩人である、とマスターはぶどうジュースでも酔っぱらった様に言っていた。結局ぶどうジュースだろうがワインだろうが、おっさんたちにとっては変わらないのだろう。なら安いジュースのほうが良いに決まっている。

おっさん連中は先輩としてすごいところを見せようとか考えているみたいで、妙に気合が入っている。マスターは称号記念で作ったドラゴンスレイヤーを持ち出したし、ヴォルヴさんも魔法のエンチャントのかかったナイフ装備だ。ベアさんは本気の時にしか使わない鉄塊と呼ばれる巨大こん棒装備だし、ギルバードさんは珍しく魔導士のローブを着ていた。その姿に、新入りには絶対に負けないという意気込みを感じた。


「アンジェ、剣は持っていかないの?」

「え? 剣」


そんな中、マシュマロはベアさんからデカい剣を受け取っていた。刀身が私の身長よりも長く、また厚さもかなり分厚い剣だ。切れ味は悪そうだが冒険者の道具、という感じのする大剣である。確かあれは、ベアさんが練習用に振っている大剣で、丈夫だけれども切れ味はほぼないやつである。

言い方は悪いが、そんな安物の剣より、マシュマロ持参の聖剣とか大層な名前がついている剣のほうがいいのではないか。あの聖剣、まだ受付で預かりっぱなしだ。マシュマロはそれを取り返そうともしないし、忘れているのではないだろうか。引っ張り出してきて、お姫の前に置く。


「ああ、それ使いにくいから、まだ預かっておいて。壁にかけておけば照明になるから、適当にかけておいてもいいよ」

「照明代わりとかダメでしょ!? これ聖剣でしょ!? 国宝でしょ!?」

「自己主張激しくて使いにくいんだよね、あれ。すんごい光るし。軽すぎるし繊細で相手に全力でたたきこむと罅が入るし、現にパピィが使い過ぎて、何か所かひびが入ってるんだよ」

「え?」


聖剣を引き抜いて確認してみる。刀身がすごく光っているせいでわかりにくかったが、よく見ると罅が何本も走っていた。


「聖剣が!!!!」

「うちの帝国でも由緒は一番だけど同時に使いにくさも一番で、ぶっちゃけ一番不人気だったんだよねー だからボクでも簡単に持ち出せたんだけど」

「聖剣なのに!!!」

「壁にかけておけば明るくなるし、マイナスイオンも出るらしいので空気がきれいになるよ」

「聖剣なのに照明と空気清浄が役割って何!! あと『まいなすいおん』ってなにさ!!!」

「後、選ばれてない人が鞘以外に触ると手が焼けるから注意ね。ボクでも手が焼けるので、使うときは回復魔法垂れ流しながら使うことになるんだけど」

「私抜いちゃったじゃん!? 先に言ってよ!!! 焼けてないけど!!!」

「やったね受付ちゃん!! あなたが勇者だ!!!」

「なんでそうなるのさ!?」


手が焼けてないということは聖剣に選ばれたのだろうか。聖剣に選ばれるとどうなるんだろうか。勇者になれるのか。勇者になったらどうすればいいのだ、魔王を倒せばいいのか。剣なんて重いもの振ったことないし、そもそも魔王暗殺とか、単純に国際問題である。血なまぐさいおとぎ話の世界と、国際法が整った現代は違うのだ。それに、これより雪かき用スコップのほうが使い慣れているし魔王を倒せそうである。

あと、聖剣を引き抜いたとたん、魔王を殺せって聖剣がすごいうるさい。洗脳のように私に語り掛けてくる。そんなことよりマシュマロ溶かしたココアが飲みたいんだけど、さっきから本当にうるさく魔王を殺せって止まらない。


「なんかこれ、魔王を殺せってうるさいんだけど、本当に聖剣? 呪いの武器とかじゃなくて?」

「マジで本物だよ!!! 呪いの武器よりも面倒だからうちの宝物庫に基本封印されていたりしてたんだけど封印を解除してもってきたんだ」

「なんでそんな色物持ってきたの!?」

「だってかっこいいかなぁって。実際邪魔なだけだったけど。光るから野営の時とかすごく虫が寄ってくるし」


確かにすごく光ってるし、すごい勢いで虫が寄ってきそうである。

それにしても『魔王殺せ魔王殺せ魔王殺せ魔王殺せ魔王殺せ魔王殺せ魔王殺せ』って本気でうるさいんだけど…… 鞘にしまってもまだ聞こえてくるし。

そんな風に私が困っているのはするっと無視された。マシュマロは、ベアさんからもらった、雑な鉄塊みたいな、鋳造の安物の大剣を担ぎ、毛皮の耳当てを被って出発していった。いや、あったかそうな耳当てだけど、それかぶっても服があの二の腕太もも丸出しじゃ、まるで防寒性能ないんじゃないかなぁ……


ひとまずマシュマロ入りココアを作って、のんびり飲んでから、解体場掃除してきれいにしておか『魔王殺せ魔王殺せ魔王殺せ』うわあああああ!!!! この呪いの武器ほんとうにうるせー!!!!!!










日が沈むちょっと前に、みんな帰ってきた。

一番の大物をとってきたのはなんとあのマシュマロだった。彼女が持って帰ってきたのはこの辺の魔獣のトップである天氷竜の牙と尻尾だった。

本人曰く、「穏便にお話をして、交渉で自分の尻尾と交換してもらっただけ」とのこと。現にマシュマロの尻尾は途中ですっぱり切れていた。


「痛くないの? 尻尾切っちゃって」

「切れやすいところがあるんですよ。竜人族の尻尾は、切って囮にして逃げられるようになってるんですよ。それで、切れやすい線のところで切れば痛くないんです」

「え、竜ってカナチョロの一種だったの?」

「違うといいたいのですがたぶん同じなんですよね」


マシュマロはちょっと遠い目をした。

なおマシュマロと天氷竜のマスターは一部始終を見ていたとのことであるが……


「いや、あれは交渉っていうレベルじゃねえよ」

「え? マシュマロ何したの?」

「マシュマロって…… 白いし分からんでもないがなぁ。まあ、単純に言うと、出合い頭に竜の顔面を殴ったんだ、拳で」

「あの子、大剣持っていってたわよね」

「背負ったまま、拳で殴ったんだ。それで竜が吹っ飛んでいってな。その一発で牙と心をへし折った。あの牙はその一撃で折れたやつだ」

「穏便って何だろうな」

「まあそのあと、怯える竜と何か話して、尻尾を交換してたから、たぶん穏便な交渉なんじゃないか」


交渉の定義が、乱れる……

なんにしろドラゴンテイルは、煮込むとすごいおいしいのだ。皮をはいで竜皮にして、残りは煮込みに使うとしよう。竜皮も流通させればかなりの値段がつくので大事だ。


ちなみにほかの人の獲物だが、マスターは大雪牛を、ベアさんは雪熊を狩ってきていた。どちらも大物であるが、特に雪熊はかなり評価が高い。なんせこいつは力がすごく強いうえに人を恐れないもんだから、報奨金が出る。さらに肉も匂いはあるがすごくおいしいし、毛皮はかなり高級品だ。このアホマシュマロさえいなければ、ベアさんが一番だっただったろうに、と若干憐れんでいたが、ベアさんはマシュマロの尻尾を心配そうになでていた。どうやらちょん切れてるのを悼んでいるようだ。

どうせそいつ尻尾がないことなんて何にも考えてないですよ、とは思ったが黙っておいた。


ひとまず全部解体しないといけない。血抜きはしてあって内臓は全部抜いてあるうえ、雪で死体は全部冷やしてあるので、下処理は完全にできているが、ここから皮をはいで、肉を水にさらしておかないとおいしくならない。

まずは尻尾から、と思って持ち上げようとしたが、調子が悪いせいでふらつきマシュマロに支えられた。触ると本当にふわふわな上に、甘いにおいがするマシュマロである。本当にマシュマロでできてるんじゃないかとちょっと思った。


「受付ちゃん、さっきから顔色悪くない?」

「いや、これが本気でうるさいんだけど、どうにかならない?」


そこに置いてある聖剣を指さす。さっきから延々と『魔王殺せ』コールを受けて、私は結構グロッキーになっていた。いい加減黙ってほしい。

ただ、念話のようなもので語りかけてくるだけなのだが、正直だんだん頭が痛くなってきている。


「んー、封印すればいいんだろうけど、それも大変だし…… あとはもう壊れちゃえば聞こえなくなるかも?」

「それだ」

「え?」


正直言うとかなりまいっていたのだろう。どう頑張っても静かにならない剣を黙らせるには壊すしかないと思った私は、聖剣を引き抜くと、柄と剣先を持つ。そしてそのまま、両刃の刀身の平らな部分に、膝を叩き込んだ。

元々罅が入っていてもろくなっていた聖剣は、真っ二つに折れた。


「う、受付ちゃんが聖剣をへし折ったー!?」

「なにー!?」


半分にへし折ったのに『ま、魔王を、こ、殺すのだ』とまだうるさい聖剣。柄をもって壁にバンバンとたたきつけるとようやく静かになった。


「あーすっきりした」


半分になって、眩いばかりだった光もかなり弱くなった。これくらいが照明にちょうどいい明るさだろう。刀身のほうは適当に壁に刺して照明代わりに、柄は私の机の上にぶら下げてやはり照明代わりにしよう。


「う、受付ちゃん、それ、一応聖剣なんだけど」

「あ“?」

「ひぃ、ごめんなさいっ!!」


刀身のほうを適当な壁に刺していると、マシュマロが何か言ってきた。うるせえマシュマロ、お前がそもそもの原因だろうが、お前も半分に叩き追ってやろうか、という気持ちで睨むと、マシュマロは土下座して静かになった。

そう、逆らわなければいいのだ。今度うるさくしたらお前も半分にへし折るからな。マシュマロがなんと言おうが、あれはただの光る呪いの剣である。へし折った私は正義であり、呪いの武器を証明に利用するという有効活用できるやりくり上手なのだ。


「マスター、ヴォルヴさん、ベアさん。受付ちゃん、なんかたまってるんじゃ」

「お姫が来てから結構ストレスっぽかったからなぁ」


全部聞こえているので、そういう話し合いは私のいないところでしてほしいものだ。まあ、お姫がきてからストレスが溜まっているのは確かだ。こいつ、毎日のように何かやらかすので、毎日本当に胃に来る。ココアが手放せない。


「えー、私のせいにしないでよ。マスターが3日前大宴会で散らかしきった挙句吐いた処理までさせたでしょ!!!」


ああ、あれはひどかった。お姫が加入した記念宴会とか言って、マスターが大騒ぎをしたのだ。おっさんたちが酒を飲んで食うのはまあ許そう。しかし、飲み過ぎて倒れた挙句、マスターがゲロ吐いて、その片づけを私が泣きながらしたのは絶対に許さん。料理や飲み物も放置したまま帰ったのも絶対に許さん。お姫が手伝ってくれてなければきっと心が折れていた。


「ヴォルヴが昨日エリスのプリン食べたのもあった」

「あれはあとでちゃんと買ってきただろう!?」


ああ、そんなこともあった。せっかく給料から買った、白銀堂のプリンをヴォルヴさんが勝手に食べたのだ。あとでちゃんと買ってきたというが、3個200Gの安物と白銀堂の限定プリンは全くの別物だ。あれも許さん。


そう考えるとストレスのたまることばかりだ。ひとまずこんな臨時収入がみなあるんだ。私に貢いでもらってもばちは当たるまい。

なんにしろおっさん連中がこそこそしているのを後ろに、私はうっぷんを獲物にぶつけながら、解体をしていくのだった。

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