第14話【ハッキリ言って沼津は聖地です!】

 それで、行ってみた。

 僕とにっこーちゃんと生徒会の正副会長という摩訶不思議なる謎の組み合わせでここは南校舎屋上。

 たった今三両編成の電車が走り去ったところだ。


「どうだ尾久くん、これで分かったろう?」と生徒会長は言った。

 副会長は何も言わない。

「こうして校内から列車が見える。この事実を知る生徒がどれだけいるか? 尾久くん、君はどうか?」とさらに生徒会長が続けた。

「まあ見えることは知りませんでした、と取り敢えずは正直に言いましょう」

「〝取り敢えず〟は余計じゃないか? 〝見える〟ということは『鐵道写真部』が成り立つという証明じゃないかね?」となぜだか生徒会長はくぐもった声で言った。

「そうは言いますが、この部活は客観的に考えて設立するにはかなり無理があります。『鉄道が撮れる』と言っても校舎の屋上からかろうじて見えるだけじゃないですか。普通一回撮ったらもう終わりになるでしょう?」と副会長は言って厳しい表情でにっこーちゃんを見た。そして言った。

「あなたに訊きたいことがあります」

「な、なんでしょう?」とにっこーちゃん。

「毎日毎日同じ写真を撮り続けるんですか?」

「え、と〝同じ〟と言ってもまったく同じように写真を再現することはできません」にっこーちゃんは答えた。

「それは屁理屈です」と副会長はビシリと言い切った。

「露出を変えたり、天気だって晴れたり曇ったりあるし、ホワイトバランスをいじれば色だって色々と変えられます」とにっこーちゃん。

「でもどんなに長く見積もっても2週間も撮り続ければもう撮りようが無くなりますね!」とピシャリ。

 あまりに副会長の言うことが正論過ぎて反論の余地が無い。にっこーちゃんも黙り込んでしまう。これに勢いを得た副会長がさらに畳み掛けてくる。

「『鐵道写真部』なんてものを造ってしまったら文化祭が地獄になります。理解していますか?」

 そんな話し初めて聞くが。

「どうして地獄に?」とにっこーちゃん。僕と同感らしい。

「いいですか⁉ 文化祭では文化系の部活は全て、なんらかの出展義務があるんです。『写真部』の写真と比較して明らかに劣ったおかしな写真を展示してその〝羞恥プレイ〟に耐えられるんですか⁉」

 副会長、女子なのに〝羞恥プレイ〟なんて言って。しかしあの写真部の撮った写真と鉄道写真を並べられてしまったら……と思いかけたとき、

「このわたしの撮った写真が恥ずかしいってんですか⁉」とにっこーちゃんが噛み付いていた。

「立派な写真と断言して申し分ない」と微妙におかしく肯定する声が耳に入ってきた。そんなことを言うのはむろん生徒会長だった。

 副会長が生徒会長を睨む。

「文化祭については問題が無いということだ」とまったく怯む様子もなく生徒会長は言った。

「まあそういう写真で構わないと言うのならこれ以上わたしに言うべきことばは見つかりません」と副会長。

「なら問題ないな」

「いいえ、日常の活動がほぼ屋上でのお喋りになるなんてもはやこれは〝部活動〟とは言えません!」

「文化系なんてそういうノリじゃないの?」

「なに言ってるんですか会長、真面目にやっている文化部に失礼でしょう⁉」

「僕はしかし、この心意気、買うべきじゃないか! と、そう思っている」

「それは単に会長の心意気でしょう? 別にこの二人が心底『鉄道写真』とやらを本気でやりたがっているのか怪しいと、見破っていてなおそう言いますか?」副会長が訊いた。

「むしろ本気だったら絶対にこれを部活動にしようとはしない。だからそれでいい」生徒会長は迷いも感じさせず言った。


 もはや〝構図〟が変わってしまっていた。

 『鐵道写真部』は隠れ蓑だと見破られた僕とにっこーちゃんはただのウォッチャーに。

 今や『鐵道写真部』設立に熱心なのはなぜか生徒会長で、懐疑派の副会長を説得してくれている。


「ここにいる二人の心意気と比べたら僕の心意気などは問題にならない。なぜなら、この不毛地帯の〝静岡〟に『鐵道写真部』を作ろうという、これぞ真の心意気だ」生徒会長はなおも熱弁をふるう。

「いま、確かにわたしの耳が『ここは不毛地帯』と聞いたのですが」と副会長。

「うん、言ったな」

「ならなおさらこんな活動は部活として成り立ちません」

「でも成り立たせたい。そう思っちゃダメか?」

「はい?」

「今は18キッパーにさえ〝魔のアツハマ〟にされてしまう静岡だが——」

「なんですか? その〝アツハマ〟ってのは?」

「熱海—浜松、ほぼほぼロングシートでの移動を強要される魔の区間。運良く313系8000番台に出会わない限りは」

「……」

「——しかしここは伝統と由緒正しき東海道本線だ。走る列車はマニアの心にまるで刺さらなくても〝サッタ峠〟からのあの眺望を見よ! 正に東海道こそ王道だ!」

「まるで〝沼津推し〟の感覚ですね」

「尾久くん、君は目の付け所が良い。ハッキリ言って沼津は聖地であるっ!」生徒会長がメガネのツルを押し上げながら断言した。

「えええっ⁉」となぜか浮き上がったような不思議なリアクションをした副会長。

「かつての東海道本線、単線化されたとはいえ旧線が現代まで生き残っているキセキの路線御殿場線。その始発駅が沼津だ。そしてかの国鉄沼津機関区! 百年の歴史を持つ今は無き国鉄屈指の名門機関区‼ 広い広い駅構内、たむろう機関車達、それがどれほどの光景か一度でもいいから見てみたかった。今やかつて優等列車が往来を繰り返した頃の残滓、明らかに今の列車の尺に合っていない長すぎる駅ホーム、そしてそのホームに林立する古色蒼然とした柱、柱、柱、柱、そして屋根。かろうじてこれが残るのみだ。だというのに駅を高架化してしまったらその光景すらも永遠に失われてしまう!」


 沼津駅高架化についてはちょくちょく話しを聞くけど、そういう理屈で反対する人を初めて見た。地権者も納得しもう決定事項らしいのに——


「分かりました」唐突に副会長が言った。

「認可いいの? 『鐵道写真部』」と生徒会長。

「文化祭を乗り切る覚悟があるというのなら止める理由はありません」と副会長は言い切った。

「えっ、じゃあもう正式発足で間違いない?」と、にっこーちゃん。

「正式なんかにできてはいませんよ。最低限必要な部員数ってのがあるんですから」と副会長。

「あと二人かぁ……」とにっこーちゃんがつぶやく。

「仕方ありません。わたしが入ることにします」この眼鏡の副会長はそう決めてしまった。にっこーちゃんじゃあるまいし、女子の入部希望者が出るとは! いったいどういう展開だ、これは!

 生徒会長入部の次は同副会長の入部、しかも副会長は女子である、と。

 なんというさらなる超展開!

「えっ、尾久くんが入ってくれるんだ?」なぜか生徒会長がそう返事していた。

「ええ、会長が入るので」と副会長のふしぎなお返事。


 しっかし生徒会長と副会長が同じ部活に入るってのもなかなかないよな。っていうかどこの世界にある?

「いいんですか?」「いいの?」と僕とにっこーちゃんの声が重なる。ほぼ同時の念押しリアクション。

「じゃあ彼女、生徒会副会長の名前も部員名簿に書いておいて」生徒会長が場を仕切るかのように言っていた。

「二年の尾久・惟織(おく・いおり)。ご紹介に与った通り生徒会副会長です」

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