3-7

ひらめいた、ただその説を立証するには今日では証人が足りないだろうから明日にしてくれ、と言われしぶしぶ帰った二人だが、家に帰っても待ちきれず、特に真文はジタバタ落ち着かず、ながい夜をこえ、朝一の時間、誰よりも早い時間に3人は集まった。

職員室前に。

「この時間には来てるはずだよ」

椎名は相変わらずわくわくしていて、昨晩も微熱の興奮が続いてよく眠れなかった。仮説と結論のお披露目はこの後だ。

失礼します、と扉を開け、名を名乗り

「教頭先生に用事があるのですが」

教頭先生は、椎名くんが? と目を丸くしたが、微かに『何か面白いことでも思いついたのか』という期待がまなこの裏にこびり付いているのを、千紗は感じていた。3人は中へ入ると、椎名が先手必勝、単刀直入に切り出す。

「先生のお孫さんについて聞きたいのですが」

「おう、もしかして午前中一緒に遊んでくれた女の子が君かね? それとも君?」

千紗、真文にそれぞれ視線を向けるが、二人はブンブン首を横に振る。真文は寝違えていたため、首に激痛が走って変な声が出る。ふっと千紗は吹いたが、構わず椎名は続ける。


「お孫さんにエレベーターのカードキーを持たせていましたか?」


ああ、持たせてたよ。使ったー! って言ってたような。雪が積もったように白いあご髭を撫でながら、教頭は答えた。


盲点だった、と考えたのは千紗たち。二人は来賓と聞いててっきり大人のスーツの偉い人を想像していたが、まさかこんな小さな子が。

椎名はまだ続ける。

「カードキーを使ってどこに行ってたか、とか聞かれました?」

「それは分からないが、優しいお兄さんと遊んでたとは聞いたな。てっきり椎名くんと思っていたよ」

「僕はたしかに遊びましたが、階段で一緒にグリコをしただけです」


職員室を出て、次に向かったのは3-5、真文の教室であった。途中の廊下で、千紗と真文の頭はぐわんぐわん、混乱の一途をたどり、椎名の推理力、いや、発想力というべきか、とにかく頭のキレに圧倒されるばかりであったが、椎名はまだ終わってないと言うもんだからよろけた。よろけた脳でぼーと待っていると、たった一人の天文部員、中野ひつじが入ってきた。

相変わらず早いねー、と真文と椎名が声をかける。椎名は朝のあいさつを生徒会が校門前でするため、いつも一番乗りのひつじのことは知っていた。

椎名自身、クライマックスが迫っていた。

仮説が合っていれば、これが最後のピースであった。

「中野さん、昨日、小さい子ともう一人誰かが天文部の部室前を通らなかった?」

ひつじは急に向けられた三人の質問+視線に驚いて、目をまーるくして三人を見回した後、

「通るどころか、入ってきました」

動機は切って考えていた椎名だが、一応埋めておくために聞く。

「何か目的でもあったのかな?」

「うーん……星座図とか、星のかけらのレプリカを、見に……いや、欲しがっていました」


つまりはこういうことだと思うよ、と椎名が切り出したのは3-5の教室ではなく、屋上、誰もいない場所であった。折り鶴にただならぬ感情か秘密を持っているはずの二人を気遣ってのことである。千紗と真文は食い入るように椎名を見つめる。

「ゆうとくんは、キラキラしたものが好きだったんだろう。元々、夜景や街が好きなのは聞いてたんだけど、星、それから僕の銀の腕章にも興味を持ってた。光るものだよ、全部」

今、異常なほどキラキラしている椎名の目もゆうとくんは好きなのだろうか、千紗は思った。知ってはいたけれど、やっぱり面白いことが好きなんだな。優しく春風が三人を撫でていった。椎名は続ける。

「そしてゆうとくんはキラキラしたものを欲しがった。というか、手の内に収めたかった。ゆうとくんと遊んでいたもう一人は、なんとか願望を叶えてやろうとエレベーターを使って3階で降り、天文部に行ったけれど、あげられるものはなかったんじゃないかな」

「次に思いついたのは吹奏楽部。昨日から置かれていたあの金の折り鶴はどうだろう、なんて思ったんじゃないかな」

階段でグリコしていた僕らは、ちょうど1〜2階付近にいたんだろう、3階から4階に上がっていった二人に気づかなかったんだろうね、と続け、最後に、

「ただ、犯人は分からない。でも動機は今話した通りだよ。問題あるならもう少し調べればいい。たぶん、分かるよ」

静かな高揚がふっとうし始めた椎名は、感情を冷ますべく屋上を後にした。楽しかった、と聞こえない声でつぶやいて。じゃあね、と聞こえる声で手を振って。屋上に取り残された二人は、ただ笑うしかなかった。

「その通り、だろうね」

「ね」

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