1-4

こっこたち1組は次は体育だと言うので、一香は早めに教室を後にした。

7組に戻っても、一香は相変わらず上の空を遊泳していたが、青野のことではなかった。葉桜が風に吹かれているのをぼーと眺める。親友、こっこのことを考えている。元々は友達の友達で、たまたまお互い学級委員長をすることになって、仲良くなって。弁当を食べる頃には一番の友達という地位まで登りつめていた。こっこちゃん、一体何を考えてるんだろう。一香は心の穴にヒューヒュー風が吹き抜けるのを感じて、なんだか気分が悪くなる。いつもそんなタイミングで、あいつは私のところに来る。

「おい、一香、ちょっと来いよ」

廊下にはニヤついた岸蔦……先輩。呼ばれて思わず席を立ったから廊下に出たけど、引き返してやっても良かった、と一香は思った。

「何ですか」と不機嫌そうな声の一香に、岸蔦はたじろいで「なんで怒ってるの、まさかバレてた?」

「? 何の話?」

「いや、ごめん。俺今日プレミアムソース焼きそば勝ち取ってたんだけど、隠してた、鞄に。あとハサミ貸してくれない?」

「ちょっ……なんで言ってくれないの! あとハサミが本題でしょバレバレだからね!」

「俺相手だったら力ずくで奪おうとするかなと思って。ハサミはついでだ」

「しないですー」と言ったが、内心するかも……と思ってしまった。

「それにしてもまあ……」岸蔦先輩でも取れたなら本気出せば今日は……と続けようとして、気づいた。プレミアムソース焼きそばは3個限定のはずだ。あと一つの在り処を、この人は知っているだろうか?

「先輩。今日のプレミアム、先輩と友介先輩と、もう一人は誰が勝ち取ったか知ってますか?」

「同クラの神林ってやつだよ。二人でダッシュしたからな」

「え、嘘ですよね?」

嘘に賭けた一香を無意識に残酷に岸蔦の言葉が阻む。

「いや、本当だよ。なんなら証拠のパックも教室のゴミ箱にあると思う」

岸蔦が嘘を言っていないことは、一香には十分すぎるくらい伝わった。

ということは、こっこちゃんのあれはどういうことなんだろう。

「実はもう一人、今日のプレミアムソース焼きそばを勝ち取っている子がいたんです」

「まじかよ、幻の4個目!? これは面白くなってきたな」

「いや、真面目に考えてください。どうして3個限定なのに、4個目が存在するのか。私全然分からなくて」

唇をキュッと噛んだ一香を見て、岸蔦の表情が引き締まる。一香はそんな変化に気づかない。どうして、の文字が隙間なく一香の脳内を埋めようとしていた。

「パックの金シールは確認したか? 日付が書いてる」

「はっきり見てます。今日の日付と曜日。もちろん紋章も入ってます」

「そいつは困った」

シールの日付で勝ったも同然、と岸蔦は思っていた。シールを確認すれば、パックだけ前の日のものでした、おしまい、でハッピーエンドのシナリオだったのだ。それ以外考えられない。まさか本当に幻の4個目じゃないだろうな、何だかんだ探究心が心を揺さぶって、楽しい。一香が怒りそうなので表情には出さないが、岸蔦の少年心がとびはねている。

「一香、ノートとペン貸して。悪い、お前の教室入るわ」

クラスメイトの視線が二人を捉える。二人はどう逆立ちしても男女という関係なのである。多感な思春期に、男女二人行動というものは、いかなる理由があろうとも視線を集める。だが、一香も岸蔦も互いに目の前のことに夢中だったのか、全く気づかない。岸蔦はノートに走り書きで昼休みの行動をまとめた。


12:30 授業終了

12:30〜31 購買で購入(友介、神林、俺)

12:40頃 お前とばったり会った


「4個目の子は、いつどこで入手したんだろうな。てか、友達より俺が購入したことを信じるってことは何か違和感でもあったんだろ?」

「うん。あった。まず時系列に書き加えてもいい?」

岸蔦が頷くと、ノートにペンを滑らせる。達筆な字が格好良くうなっていて、岸蔦は少しため息をついた。


12:30 授業終了

12:30〜31 購買で購入(友介、神林、俺)

12:39? 4個とばったり会った

12:40頃 お前とばったり会った

12:45 4個の焼きそばを確認


「4個ってなんだよ」

「いいでしょ、名前は。本名晒すのはアレかなって。とにかく12:45にはもう手元にあるってことね」

それから一香は、こっこと会った時のことを覚えている限り詳しく話した。一番気になっているのは、一緒に教室まで戻らなかったことだというのは、岸蔦も一緒だった。

「食べるところ探して、結局なくて教室に呼び出す。時間稼ぎにも思えるな。あと俺と会う直前に会ったのか」

「うん……でもどうしてこんなことしたんだろ」

「それは冷静になったら分かるさ」

あっけらかんとして言う。でも堂々と、目を合わせて。「今は冷静じゃないから見えないんだろ」

「あと、決定的におかしいことがあって」

「ほう、なんだ?」

「焼きそばの麺が冷たかった」

岸蔦、何かがチクリと引っかかるのを感じて、もどかしくなる。その顔を見て、完全に察していないのが分かった一香は「プレミアム焼きそばは全部出来たて熱々でしょ? 普通のやつと違って。でも明らかに冷たかったんだよ」

岸蔦は懸命に考える。

つまり、パックによると今日の昼のプレミアム焼きそば。

しかし、麺を食べれば作られた時間帯にズレがありそう。

相手は時間稼ぎをする必要があった?

ありったけの要素をズラーっと並べる。人差し指と中指でトントンとリズムを刻む。昔、将棋をやっていた時の岸蔦の癖だった。今、彼は最善手を導き出そうと懸命になっている。一香も眉間にしわを寄せて悩んでいる。いつしか彼らに向けられる視線はなくなっていた。二人はもはや別空間にいて、この謎の世界にすっかり入り込んでしまっている。一香も少しだけ楽しんでいる自分に気づく。

その時、外界から音が響いてきた。お昼の放送終了の音。

『いかがだったでしょうか? 本日は佐藤友介でした。またね!』

岸蔦は一つ、閃いた。

「一香、4個さんは何組だったかな」

「1組。どうして?」

「確認したいことがあるんだ」

うっすら口角が上がっている彼。その彼の瞳を見つめる。細目の瞳。キラリと黒目がのぞく彼の瞳。私のタイプじゃないけれど、悪くはないと思った。

「何を確認するの?」

「その子の背中だよ。一香、廊下で4個さんとすれ違った時の彼女の服装は?」

「カーディガンを脱いでた。それが?」

「それは都合が良いね。まあ推測でしかないんだけど、確かめる価値はあるよ」

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