第15話 悲しみのおはぎ

 太田さんは優しいし、私のことを気遣ってくれる。私も太田さんみたいになりたい。


 そう思っていた。


 私が会社でお母さんの作ったのおはぎを配ったあの日までは。


 その日、お母さんが私のアパートに遊びに来ていて、みんなで食べなさいと朝、私の大好きなおはぎを作ってくれた。


 だけど、もらったおはぎは、一人で食べるには多くて、私は会社のチームのみんなに配ることにした。


 お昼休みになり、早速チームのみんなにおはぎを配る。


 持ってきたアルミホイルに乗せて配ると、太田さんが頬をほころばせた。


「これどうしたの。どこかのお土産?」


「母が作ってくれたんです。美味しいから、みんなに分けてあげようと思って」


「ありがとう、美味しそう~!」


 太田さんの嬉しそうな顔を見て、こちらまで嬉しくなる。いい事したな。そんな思いで満たされた。


 だけど――。


 帰りがけ、トイレに入ろうとした時に不意にこんな声が聞こえてきた。


「果歩さんさー、ヤバくない? 普通おはぎとか差し入れする?」


「お婆ちゃんかよって感じだよねー」


「せめて一つづつ包んであるお菓子にすればいいのに、迷惑だよね」


「お母さんの手作りらしいよ」


「えー、ウケる。二十六にもなって彼氏もいないって納得だわ」


「えっ、あの人そんなに年取ってるの? もしかして交際経験ゼロとか?」


「ありえる」


「高齢処女とか痛すぎ。キャハハハハ」


 居てもたっても居られなくなって、私はロッカーに行き鞄を取ると走って会社を出た。


 はぁ。


 胸がずきりと痛い。


 みんな影では私の事、馬鹿にしてたんだな。

 不思議と涙は出なかった。何となくだけど、そんな気はしていたからだ。


 でも陰口を言っていた女の子たちの声の中に、太田さんの声があったのは、ちょっとだけ応えた。


 肩を落として歩く。


 私は昔からこうだ。


 少しだけ鈍くてどん臭くて、周りのことに全然気が付かない。


 高校生の時だって、校則で男女交際が禁止だから、みんな彼氏や彼女がいないものだと私は思い込んでいた。


 だけど私以外のみんなは普通に彼氏や彼女を作ってて、何も知らなかったのは私だけだった。


 会社で契約を切られた時だって、実は前からうちの部署で人を減らす計画があって、契約が更新されないというウワサが立っていたらしい。


 だから太田さんみたいに要領のいい人は、事前に上司に根回ししてもらい、契約を切られない部署に事前に配置転換してもらったり、他の部署で再契約してもらったりする約束をしていたらしい。


 何も知らずにただのほほんと首を切られたのは私だけ。本当に嫌になる。


 私が過去を思い出し暗い気持ちになっていると、太田さんがニコニコと話しかけてきた。


「久しぶりね、果歩ちゃん。ここで働いてたなんて知らなかったわ」


「はい。色々あって、ここの店長に誘われたんです」


 しどろもどろになりながら悠一さんを紹介する。


「へぇ、そうなの。いい男ねぇ。もしかして果歩ちゃんの彼氏?」


「ち、違いますって」


 そっか。太田さんはあの時の会話を聞かれていた事知らないんだ。だから向こうは気まずくないのも当然だよね。


 私はできる限り普通に振舞おうと決めた。


「今日はどうしてこの店にいらっしゃったんですか?」


「それが、困ったことになっちゃって」


 太田さんによると、私がやめた後、太田さんは営業部へ移動になったらしい。


 そこでお客様と上手くいかず揉めてしまい、今日中に菓子折を持って謝りに行かなくてはいけなくなった、ということみたい。



「面倒臭いけど、ここのお菓子が美味しいって会社の人に聞いたから来てみたの」


「そうだったんですね。大変ですね」


「もう大変よ。果歩ちゃん、あの時やめて正解だったかも」


 よく見ると、太田さんは顔色も悪いし髪もボサボサ、目の下に隈もあってかなり疲れているように見える。


 前はいつもお洒落でキラキラしてて、楽しそうだったのに。まるで別人みたい。


「太田さんみたいに仕事のできる人でもそうなんですね」


 私がびっくりしていると、太田さんは力なく首を振った。


「そんなことないわよ。私はただオジサンをあしらうのが上手かっただけ」


「今回怒らせてしまったというのは女性の方なんですか?」


 太田さんは鬱陶しそうに髪をかきあげて苦笑いをした。


「そう。いかにも上品そうなオバサン。どうやら私のことが嫌いみたいなのよね」


「なるほど。お年を召した女性なんですね」


「はーあ、一体何を持っていったらいいのかしら」


 太田さんは深いため息をついた。

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