第29話 夏の夜に

 私と悠一さんは、当たり障りのない会話をしながら二人で家に帰った。


 どういう訳か、合コンのことはあまり聞かれなかった。ひょっとして、私や鳩場さんの様子から色々と察して気を使ってくれているのかもしれない。


 家に着くとすぐに私はテレビをつけた。なんとなく、明るい音が欲しい気分だった。


 タイミングよく、毎年夏になると放送されるアニメ映画の予告が流れてくる。住み慣れた家の気配がして、何となくホッと息を吐いた。


「私、この映画好きなんですよね」


「そう。じゃあ、一緒に見ようか」


「はい」


 悠一さんがソファーに腰掛ける。


 私は洗面所に行って、メイクを落とした。てっきり酷い顔をしていると思ったけれど、鏡に映る自分の顔は、思ったよりはましだった。


 ポイポイと着ていた服を脱ぎ捨て部屋着に着替えると、心にはまだ小さな波は立っていたけれど、見た目は完全にいつもの自分に戻っていた。


「よし」


 頬をパシパシと叩くと、気合を入れて居間に戻る。


 ソファーに腰掛けると、悠一さんは立ち上がり、ちょうど冷蔵庫から何かを取り出しているところだった。


「それ何ですか?」


「葛餅だよ。果歩さんも食べる?」


「はい、食べたいです」


 実を言うと、合コン会場ではお酒メインだったし、緊張していてあまり物が食べられなかったのでお腹が空いていた。


 悠一さんは冷蔵庫から冷えたお皿を取り出すと、その上に笹を一枚敷き、葛餅を乗せた。


「わぁ、美味しそう」


 透明な葛の下から色とりどりの餡が透けていて、まるでガラス細工みたい。


「でもどうしてわざわざお皿を冷やして出したんですか?」


 私はひんやりと冷たいガラス容器の縁をなぞった。


「葛餅は冷やすと固くなるから、お皿の方を冷やして清涼感を出しているんだ。笹を敷くのも、見た目が涼しそうってのもあるけど冷たいお皿に直接葛餅が触れないための工夫だね」


「そうなんですね」


 凄い。ちゃんと食べる人のことを考えてお菓子を出しているんだ。


 私は冷たいお皿の上に乗った色とりどりの葛餅を見つめた。


「色んな味があるんですね」


「うん、これが梅味。こっちが夏みかん味で、これが白餡と普通の餡子」


 早速気になってた夏みかん味を口に入れる。甘酸っぱくて爽やかで、口の中でサラッと溶ける。夏にピッタリの和菓子だ。


「うわぁ、美味しいですね。他のも食べていいですか?」


「もちろん」


 甘さの中に酸味と塩味の効いた梅味。しっとりとした白餡。定番の餡子。どれも口の中でとろけて最高に美味しい。


「どれも美味しいです」


「良かった」


「でも、この中だったらやっぱり普通の餡子味が好きだな。やっぱりここの餡子の味が好きなので、私」


「うん、僕も好きだよ」


 悠一さんが嬉しそうにうなずく。


「あ、丁度映画が始まるね」


 悠一さんがテレビを指さす。私たちは、二人でソファーに並んでテレビを見つめた。


「一応、ブルーレイは持ってるんだけどね」


 悠一さんがボソリと呟く。


「でも、こうやって日本全国同じものを見てる感じがいいんですよ」


 私が言うと、悠一さんはクスリと笑った。 


「そうだね」


 オープニングが終わると、CMが始まった。私が下を向いていると、悠一さんは静かな口調で尋ねた。


「合コンはいまいちだった?」


「……はい」


 膝の上で手を握り、コクリとうなずくと、私は笑みを作った。

 

「ほら私、元々ああいう場所って好きじゃないですし、なんか人を品定めしてるみたいな会話ばっかりで、そういうのダメなんですよね」


「ああ」


 私の話を聞くと、悠一さんは納得したようにうなずいた。


「何となく分かる。僕も嫌だから、そういうの」


「……ですよね」


 会話とともにCMが終わり、私たちは再びテレビ画面へと視線を戻した。


 鳩場さんにあんな事をされて、正直なところ、かなり動揺していた。


 落ち込んでもう駄目だと思ったけれど、不思議なことに、こうして二人で映画を見いると不思議と心が安らぐ。


 男の人と二人、同じ屋根の下、こうして並んでテレビを見るなんて少し前までは考えられなかったのに。


 人生は、考えられないことの連続だなぁとつくづく思う。


 まるで真夏の不思議な夜の夢を見ているみたい。



「あー、面白かった」


 映画が終わると、私は大きく伸びをした。

 昔何回か見たことはあったはずなんだけど、細かい部分なんかは全然覚えてなくて、改めて見ると面白い。


「私、昔からあの自衛隊の人が好きなんですよね」


「僕はおじさん派だな」


 二人で感想を語り合う。映画の好きなところや気になった所、上げればキリがなくて、いくらでも話せる気がする。


 あ。


 その時、何かがストンと腑に落ちた気がした。


 そっか。


 きっと私が悠一さんと一緒にいて心地いいと思うのは、私の好きだと思ったことを素直に話せるからなんだ。


「どうかした?」


 悠一さんが私の顔をのぞき込む。


「あ、いえ、なんでもないです」


 窓からは、柔らかな月の光が差し込んでいた。


 そういえば、初めて悠一さんと会った時、満月みたいな人だなと思ったんだっけ。


 今思えば、その第一印象はあながち外れでもないような気がする。人を月に例えるなんて、なんだか不思議だけど。優しくて、真っ直ぐに照らしてくれる光。


 遠くでセミが鳴く声がする。


 結局合コンは上手くいかなかったけど、そんなことはもうどうでも良くなっていた。


 二人並んで映画を見て、葛餅を食べた夜が、私にとっては特別なものになっていたのだった。

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