第36話 甘栗の気持ち(2)

 私たちは、果樹園の横にあるレストランへと移動した。

 木を組んでつくったログハウス風の建物は、テーブルや椅子も木製でお洒落な感じ。


 私たち四人は、みんなで表紙に載っていた「秋の味覚セット」というのを頼むことにした。


 それにしても、お洒落で雰囲気はいいけど、お昼時だというのに店の中には私たちしかいなくて、少し不安。


 けれど料理が運ばれて来ると、その不安はすぐに吹き飛んだ。


「うわぁ、美味しそう」


 私は目の前に運ばれてきた秋の味覚たちに思わず伸びあがった。

 栗ごはんに、さんまの塩焼き、焼きナス、キノコの味噌汁と旬の食材がふんだんに使われたメニュー。

 特に栗ご飯の栗は大粒で、黄色くツヤツヤと輝いて見えた。


「いただきまーす」


 栗ごはんを口に入れる。何これ! ホクホクしてて、凄く甘い。


「ん~」

「おいひい!」


 麻衣ちゃんも満面の笑みでほっぺたを押さえている。

 口の中いっぱいに広がる栗の風味。幸せな気分に浸っていると、大吉さんがサンマを指さした。


「サンマも脂がのってて美味しいよ」


「本当ですね」

 

 サンマも香ばしいし、ナスもトロットロ。

 どれもこれも美味しい。


「旬の食べ物は良いよねぇ」


「うんうん。旬のものは格別に美味しく感じるね」


 私たちは、青く澄みきった空の下、秋の味覚を存分に味わったのだった。 





 栗拾いを終えた私たちは、兎月堂に戻ってきた。


「さてと」


 悠一さんは、果樹園で拾ってきた栗をドサリと厨房に置く。

 私の分と悠一さんの分、一人一キロなので合計二キロの栗だ。


「これはどうするんですか。とりあえず茹でるとか?」


 私が大量の栗を眺めていると、悠一さんが教えてくれる。


「いや、拾ってきた栗は一晩水につけておく。そうすれば虫が食ったのは浮かび上がってくるから」


「そうなんですね」


 悠一さんは仕込み用の鍋に栗を移した。

 そうして一晩水につけた後、次の日の朝から悠一さんは栗を茹で始めた。


 一体どんなお菓子が出来上がるんだろう?

 まだ見ぬ栗のお菓子を想像するだけで、私の心もホクホクと温まるようだった。


「こんにちはー」


 仕事が終わると、麻衣ちゃんと大吉さん、秋葉くんがやってくる。

 拾った栗で作った和菓子を食べてもらうためだ。


「わぁ、美味しそう」


 大吉さんたちの目の前に、栗をふんだんに使った和菓子たちが運ばれてくる。


「これが栗まんじゅう。こっちが栗きんとんを入れた羽二重餅で、こっちは栗あんをどら焼きに入れてみたんだけど」


「どれも美味しそうですねえ」


「商品にするのはもっといい栗使うけど、今回のは試作品ってことで」


 言い終わる前に、秋葉くんがどら焼きに手を伸ばす。


「いっただきまぁす」


 勢いよく栗あんのどら焼きにかぶりつく秋葉くん。


「んー、美味い。栗の味とバターの風味がすげー合う」


 それを見ていた私たちも、それぞれ目の前のお菓子に手を伸ばす。


「こっちのお餅も美味しい。栗きんとんが口の中でとろける~!」


 麻衣ちゃんがほっぺたを押さえ蕩けそうな顔をする。


「じゃあ私も」


 ゴクリと唾を飲み込み、私も目の前の栗まんじゅうにかぶりつく。


「んん、美味しい!」


 爽やかな白あんの風味と絶妙に歯ごたえを残した栗とのハーモニーがたまらない。


「凄いですね。栗まんじゅうなんてよくある和菓子がこんなに美味しいだなんて」


 私が夢中になって栗の和菓子を食べていると、ふっと悠一さんが目を細めた。


「そう? 自分たちで取った栗だからかな」


 私は何だか嬉しくなって踊りだしそうになった。やっぱり甘いものはいい。みんなをハッピーにするのだ。


「和栗は洋栗よりも甘みは少ないけど、実が大きくて粘り気が多く、風味がよいのが特徴なんだ」


 悠一さんが教えてくれる。


「日本では古代からお菓子として食べていたらしいよ。言わば日本最古の和菓子だね」


「へぇ、そうなんですね」


 ふと横を見ると、大吉さんと麻衣ちゃんが楽しそうに話していた。

 初めは大吉さんかぁ大丈夫かな、と思っていたんだけど、こうして見ると二人って、美男美女で本当にお似合いだと思う。仲睦まじいカップルって感じに見える。


 少しすると、大吉さんがその場を離れ、秋葉くんと話し始めた。

 私はすかさず麻衣ちゃんに駆け寄ると小声で囁いた。


「そういえば、大吉さんとはどうなったの?」


「ふふっ、とりあえず連絡先を交換することには成功したわ!」


 小さく手でOKサインを作る麻衣ちゃん。

 すごい。さすが麻衣ちゃん、行動力が違う。


「えー、凄い。良かったね」


「それでね、今ちょくちょくやり取りしてるんだけど、優しいしマメだし、ますます好きになっちゃいそう」


「へぇ、良い感じだね」


 まさかあの栗拾い一回でそんなに進展していただなんて。でも普通の人の恋愛ってそうなのかな。私にはとてもじゃないけど無理だなぁ。


「でも大吉さんって、誰にでも優しそうだし、ちょっと不安というか……いい感じになってるっていうのも私の勘違いかも」


 麻衣ちゃんが不安そうな顔になる。


 確かに、大吉さんは誰にでも優しいかも。特に女の子には。そう言いかけてやめた。


「でも大吉さん、私とも連絡先を交換したけど、私には全然連絡なんか寄越さないし、絶対に脈ありだと思う」


「そう? それならいいんだけど」


「大丈夫だよ。麻衣ちゃん可愛いし!」


「そんなことないわよ! それより果歩は、悠一さんとはどうなの?」


 急に意地悪そうな顔になる麻衣ちゃん。


「どうって……別に付き合ってもないし、何も無いよ?」


 私が呆れながら言うと、麻衣ちゃんは首を傾げた。


「何も無いって、一緒に住んでるんでしょ?」


「本当に、ただ住んでるだけだよ」


「悠一さんにデートに誘われたりしないの?」


 びっくりして思わず聞き返す。


「何で悠一さんが私をデートに誘うの」


「だって大吉さんが『悠一は果歩ちゃんのことが好きだと思う』って言ってたから」


 くらくらと目眩がしそうになった。


 だ、大吉さ~ん。一体何を言ってるの!?


「そ、そんな馬鹿な。大吉さん、何か勘違いしてるんだよ」


「そうかなぁ」


 なぜか納得いかない様子の麻衣ちゃん。


「だって私には、悠一さんに好きになってもらう要素なんかないもの」


 特別美人でもないし、可愛いくもない。スタイルも良くないし、料理上手って訳でもない。根暗で和菓子と読書が好きなことしか取り柄がないのに、どうして悠一さんが私を好きになるっていうの。


「そんなことないでしょ。果歩だって、そりゃ美人系ではないかもしれないけど可愛いと思うよ」


「それは背が小さいからってことでしょ」


「違う違う。もっと全体的な雰囲気」


 何それ。漠然としすぎてる!


「とにかく、悠一さんが私の事好きなんてありえないから」


「えーそう? 私は結構お似合いだと思うけどなぁ」


 なおも納得いかない様子の麻衣ちゃん。

 私はチラリと悠一さんの方を見た。


 悠一さんは外見が格好良いだけじゃなく、優しいし、仕事熱心で、色々気遣ってくれる。私には釣り合わないほどいい人だ。


 麻衣ちゃんや美優みたいに可愛いわけじゃないのに、どうして私のことを好きになるっていうのだろうか。

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