第25話 洋服を買いに

 月曜日になり、私と大吉さんは駅前にある大きなショッピングビルにやってきた。


「うわぁ、高い」


 私がショーウィンドウに飾られた洋服の値段を見て絶句していると、大吉さんが笑う。


「果歩ちゃんは、普段どういうお店で服を買うの?」


「こまむらとか……ですかね」


 何となく恥ずかしくなりながら普段買い物するファストファッションのお店の名前を答える。


「じゃあ、こういうお店にはあんまり来ないんだね」


「は、はい、そうです」


 大吉さんに言われて縮こまる。やっぱり、三十にもなってこういうお店で買い物した事ないっておかしいのかな。

 でも、この服を買うお金があれば、好きな本やお菓子がいくつ買えるかって考えると、とてもじゃないけど手が出せない。


「そうだ。とりあえずワンピースなんかどうかな。コーディネートを考えるのも楽だし、ちゃんとして見えるから」


 大吉さんがハンガーにかかったワンピースを物色しながら提案してくれる。


「ワンピースですか。あっ、これとか可愛いかも」


 たまたま目に入ったリボンのついたピンクのワンピースを指さすと、大吉さんは苦笑する。


「うーん、二十代前半ならそれでいいかもしれないけど、もうちょっと大人っぽい方がいいんじゃないかな」


「そうですか」


 しゅんとしながらワンピースを元の場所に戻す。可愛いと思ったんだけどな。


 雑誌やテレビから得た情報で、なんとなく男の人はピンクや白のスカートが好きなんだろうと思っていたけど、どうやらそういう訳でもないらしい。


 でもよく考えたら自分にピンクのフリフリなんて似合う訳もないので止めてくれて正解だったと思う。


「あっ、ここに同じデザインの紺がありますよ。これはどうです?」


「あー、紺ならいいかもね。少しフリルが多いけど。試着してみる?」


 服を買う時は必ず試着するんだよと念を押され、試着室へと向かう。


 早速着てみると、身長が低いせいで思ったよりも丈が長い。胸元もスカスカだし、全然似合わない。私は自分の貧相な体に泣きそうになった。


「どう、着替え終わった?」


 試着室の外から声がかかる。


「はい。ちょっとイメージと違いました」


 ワンピースを脱いで試着室の外に出ると、大吉さんが残念そうな顔をする。


「あー、着替えちゃったの? 残念。果歩ちゃんがワンピース着てるところ見たかったのに」


「ははは。でも似合わなかったので、見なくて良かったと思います」


 やっぱり買う前に試着して良かった。そう思いながらワンピースを元の場所に戻す。


 その後しばらく自分に合いそうな服を探したんだけど見つからなくて、私たちは別の店に移動した。


「これはどう?」


 大吉さんが差し出してきたのは、白地に黄緑花柄のついた、ストンとしたデザインのワンピースだった。


「これにこのカーディガンを合わせると可愛いよ」


 隣のハンガーから緑のカーディガンを取る大吉さん。

 早速試着してみると、今度はサイズもぴったりだった。


「うん、似合うよ。後ろも見せて」


 大吉さんに言われた通り、試着室の中でくるくる回る。何だか小っ恥ずかしい。


「思ったよりいいですね。着る前は少し地味かと思ったんですけど」


「果歩ちゃん、さっきからフリルだとかリボンだとか付いてる服ばかり見てたからね」


 私は恥ずかしくなって下を向いた。


「いえ、そういう服が好きな訳では無いんですが、合コンと言ったらそういう服かなと」


「ふふ。でもそういう装飾が凝ってる服より、ある程度の歳になったら、こういう素材やシルエットにこだわった服の方が素敵に見えるよ」


「な、なるほど」


 値札をチラリと見る。普段買う洋服と桁が一桁違う。


「うう、高いなぁ」


 普段はこまむらとかウニクロでしか服を買わない私に取っては大きな出費だ。

 だけど合コンに行って私一人だけ貧乏臭いのも恥ずかしいし仕方がない。そう自分に言い聞かせレジに持っていく。


 はぁ。このお金があれば好きな本やお菓子が沢山買えるのになぁ。


 無事にお洋服を買い終えた私たちは、お昼ご飯を食べに近所のカフェに向かった。


「わぁ、美味しそう」


 私が頼んだのは明太子のパスタセットで、大吉さんがが頼んだのはタコライスだ。

 木のプレートに乗ったオシャレなパスタセットは、瑞々しいレタスと小さなヨーグルトがついている。


「大吉さんはそれで足りるんですか?」


「大丈夫、こう見えても意外と少食なんだよ。いっつも女の子より食べる量が少ないからビックリされる」


「そうなんですね。なんか意外」


 そんな具合に二人で昼食を食べていると、隣に見慣れた女の子がやってきた。


「あれっ、果歩?」


 そこには茶髪をクルクルと巻いてお団子にした華やかな女の子。話しかけてきたのは、今回の合コンの幹事でもある麻衣ちゃんだった。


「麻衣ちゃん!」


「また会ったねー。偶然!」


「麻衣ちゃんも買い物?」


「うん。服を新調しようと。ところでこちらのイケメンは!?」


「あ、うん。大吉さん。ほら、水族館で一緒にいた悠一さんのお兄さんなの。今日は合コンに着ていく服を選んでくれて」


 私が買い物袋を見せると、麻衣ちゃんはニコニコと笑いだした。


「ええ~、そうなんだ。ほら、果歩ってば顔は悪くないのに服装も髪型も地味じゃないですかぁ。だから思い切ってオシャレすべきだといつも思ってたの!」


「僕もそう思うよ」


 大吉さんは小さくうなずくと、急に声を落とし、イケメン口調になり麻衣ちゃんに迫った。


「ところで、君が果歩ちゃんを合コンに誘ったっていう麻衣ちゃん? なんて素敵なレディなんだ。こんなに美人でスタイルがいいのに彼氏が居ないなんて信じられないなぁ」


 大吉さんの色男スマイルを浴び、麻衣ちゃんが赤面する。


「やっ、やだぁレディだなんて。私なんて全然モテないし、太ってるしぃ」


「そんな事ないよ。あまりにも素敵すぎて、僕は目眩がしてきそうだよ」


「またまたぁ~」


 うっとりと大吉さんを見つめる麻衣ちゃん。こ、これはヤバい!


 大丈夫かなぁ。こう言っちゃアレかもしれないけど、大吉さんってプレイボーイっぽいし。二人とも大人だし、フリーだし、私がどうこう言うことじゃないけど。


 私がオロオロしてると、奥の方から麻衣ちゃんに女の人が声をかけた。


「麻衣ー、行くよー」


「あ、いけない。友達を待たせてたんだった。じゃあ、またね!」


 ウキウキで去っていく麻衣ちゃん。


 私はその後ろ姿を、呆然としながら見つめたのだった。

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