1-⑨ 勝てると思ったのか?

 



 ガゴォンッ!!




 敵パイロットアーノルドは音だけを聞いた。実際に何が起こったのかを理解するには十秒の時間が必要だった。


『た、体当たりされたのか? だが野郎も……』


 アーノルドはウィリディスを反転させ、突撃してきた影の正体を見る。


 先ほど“アンドロマリウスの右腕”を装着したアズゥは壁に激突し、態勢を崩していた。


『ふ、ふざけるな……なんで量産型アズゥの速度が禁呪ゲッシュを解放した発展型ウィリディスに迫るってんだッ!?』


「しゅ、出力が三倍以上に膨れ上がっている! 一体なにが起きたんだ? でも、これなら――」


 互いに武器は持っていない。あるのは互いにボディのみだ。ならば、必然と、


――肉弾戦……!!


 ウィリディスの禁呪解放は赤色の太陽剣“ソルグラディウス”を紫色の月光剣“ルナグラディウス”に変更させ、己の体を貫くことで作動する。“ルナグラディウス”に破壊の力は無いに等しい、だが代わりに貫いた個所からエネルギーを多量に送り込み、機体を活性化させる。――が、反動も凄まじい。持って五分といったところだ。それをオーバーすれば機体スペックは著しく下がり、量産型にも劣るようになるだろう。


 “アンドロマリウスの右腕”。傍から見れば“ルナディウス”の活性化と似た効果をアズゥにもたらしているが、 “ルナグラディウス”とは仕組みが根本からして違う。もっと歪で、もっと狂っている。その異常さを理解しているアーノルドは自身の機体の状況も考えて焦らずにはいられなかった。


(短期決戦だ! 長引かせる理由はないぜッ!!)


 先手をかけようとするアーノルドだったが、動体視力を超える動きをするアズゥを見て出鼻をくじかれた。 


量産型ポーン級の体が最上位型クイーン級の出力に耐えられるはずがねぇ――なんだってんだ、なんだってんだよあのは!?)


「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」


 迫りくるアズゥの左拳を避けてアーノルドは頭を冷やした。


(落ち着け。相手は素人だ、膨れ上がった出力に対応できていないッ!)


 禁呪を解放したウィリディスの主な攻撃方法は当然素手である。禁呪解放により強固になった装甲による打撃だ。


『おらよッ!』


「……!」


 一息で距離を詰め、ウィリディスは拳をアズゥに向かって振るった……はずだった。


――ウィリディスが振るった拳はどこに当たるわけでもなく、ただ空気を殴った。


『(いない!?) ――後ろかッ!』


 背中に迫るアズゥを軽いステップで避けるウィリディス。


 心能“一貴一賎いっきいっせん”による思考強化がここにきてきていく。逆境でこそパイロットの真価は問われるのだ。


(この運動性能……右腕を取り換えてからだ。この右腕は一体――?)


 攻撃を躱されたツミキは後退しようとする。しかし、アーノルドはそれを許さなかった。


『おっと、逃がすかよ……! (コイツが速度に慣れていない内にぶっ殺すッ!)』


「は、速い…! (捌けるか? この速度の攻撃をッ!)」


 加速する互いの思考。心理戦は経験の多いアーノルドがはるかに上。そんなことはツミキもわかっている。


――だからツミキは余計な思考を辞め、危険信号感覚に頼ることを選択した。


『死ねやッ!!』


 殺意がこもればこもるほど、危険信号はハッキリと現れる。


(0.4秒後右わき腹。1.2秒後左肩!)


 一つ目回避。しかし、ここで危険信号のパターン変更。


(コックピット――)


 回避。


(1.3秒後首元、2秒後股関節ッ!)


 回避、回避ッ!!


(やれる、やれるぞ! この機体性能なら対応できるッ!!)


(野郎、ぶっ殺す!!)


――そこから激しい肉弾戦が繰り広げられた。


 地面を蹴り、壁を跳ね、空中を自由自在に駆け回り攻撃するウィリディス。


 高機動にものを言わせた“線”ではなく“点”の動きで翻弄するアズゥ。


 素手ステゴロでの争いは二機がロボットである事実を忘れさせる。それほどに軽やかな攻防。しかし、どちらの攻撃も相手を捉えることはなかった。


 先に精神を削られたのは戦闘経験豊富なアーノルドだった。


(クソッタレ!! 腹が立つぜくそ下民がッ!!!!)


 アーノルドはまるで意思のある葉っぱを相手にしている気分になっていた。


 やる気を出せば出すほど、気合を入れれば入れるほど、殺意を込めれば込めるほど、相手は遠のく。危険信号心能に高機動がかみ合った瞬間、アーノルドは一つの純粋な疑問を思い浮かべた。


――俺の攻撃はコイツに当たるのか?


 攻撃が当たらないというのは想像するよりも何倍もストレスでありプレッシャーになる。命を賭けてのやり合いで、自分の攻撃が一度もクリーンヒットしない。しかももう、何十回も攻撃を仕掛けているのに。


 だがそこで諦めるアーノルドじゃない。開花型の心能、それによって得た名案をアーノルドは実行する。


(よし、ここだ)


「なんだ?」


 ツミキは目を疑った。

 さっきまで距離を離してきた緑色のチェイスが一転、距離をとって膝を付いている。同時に、紫色に発光していたチェイスが輝きを失っている。


 傍から見たら力尽きているように見える。先ほどウィリディスは禁呪を解放している、ならばエネルギーを切らしてもおかしいことではない。


「まさか……エネルギー切れか! ――貰ったッ!!」


 ツミキは全速力フルスロットルで膝をつくウィリディスに突進する。




 その時だった。




――ウィリディスは再び体に光を灯した。


 アズゥのコックピットに浮かぶ危険信号。ツミキは心臓を鷲掴みされた錯覚を見る。


「ふぇ、フェイク!?」


『これが貴族レベルの思考だぜバーカッ!!!!』


(ダメだ…速すぎて軌道修正できないッ‼)


 ウィリディスはアズゥのコックピットが一秒後に来るであろう位置に狙いを定める。そして突き刺すように右手を差し出した。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 対してツミキも反射的に、銀の右腕を前に出した。


――その時、アーノルドは確かに見た。銀腕ぎんわんに黒い稲妻が走ったのを。


 ガッ――という虚しい衝突音。


 ぶつかり合った両者の右手。その勝敗は…いや、勝負にすらなっていなかったのかもしれない。それほど容易く強化されたウィリディスの右腕は“アンドロマリウスの右腕”によって


(っざけんなコラァ……! 豆腐じゃねぇんだぞッ! 強度だけで言えば、高性能型ビショップ級にも負けないってのに!!!!)


 アーノルドは唾を飲んだ。強化されたはずのウィリディスの右腕はまるで相手にされてなかった。

 虫に呟くように、意思のないはずのアンドロマリウスにこう言われた気がした。





――“勝てると思ったのか?”




『こ、これが――“英雄の右腕アンドロマリウス”ッ……!』


「返せよ……!」


 攻守一転。


 銀腕による猛攻がウィリディスを襲う。


「カミラを!」


『ぬぅ…!』


「みんなを――!!」


(捌ききれんッ!)


「僕の居場所すべてをッ!!!!」


 ウィリディスの体はアンドロマリウスの右腕によって右腕だけでなく脇腹や左腕も損傷した。


 もはや勝ち目無し。“一貴一賎”によってアーノルドが導き出した最善の行動は逃走だった。


(ここは退く! 退くぞッ!! 血がマグマになるぐらい腹立たしいが、一生俺の人生の汚点として刻まれるだろうが、ここは退くッ!!!)


 ウィリディスは入ってきたピラミッドの穴に行く。アズゥは追おうにも地面に足を取られ出遅れた。


 ツミキは拡声器のスイッチを入れ、叫ぶ。


「逃げるのか臆病者ッ!!」


『下民が……! その足りない頭によく刻んでおけッ! 我が名はアーノルド・ミラージ、アーノルド・ミラージだッ!! この雪辱は必ず果たす! それまで死ぬことは許さん、必ず私に殺されろッ!!!!』


「勝手なことばかり……!」


『さらばだッ!』


「待てッ!!」


 ツミキはモニターに映し出されたエネルギー残量を見て驚いた。


「そ、そんな……もう一%もない。さっきまで半分以上もあったのに――」


 アズゥのエネルギーが切れる。同時に黒い筋はアズゥの体から消え去った。――もし、アーノルドが逃げずに戦いを続けていれば、ツミキは負けていただろう。アーノルドの敗因は心能ゆえの見切りの早さ、最後の最後でそれが裏目に出てしまった。


 ツミキは呼吸を整える。目の前の情報を処理しきって、ツミキは一筋の涙を流した。


「カミラ、ごめん。仇は――」


『諦めるのはまだ早いのではないか?』 


 少年の声がツミキの耳に飛びこむ。


 少年はピラミッドの中心にいた。金髪碧眼の少年。だがその雰囲気はどこか大人らしい、古びたマントを羽織り、袖の深い衣服を着ている。


 少年は腕を組み、右手の親指を自分に指し言い放つ。


「我が名は“サンタ・クラ・スーデン”ッ! 歴史に名を残す名軍師であるッ!!」


「サン、タ…?」


「ワシが全ての真相を語ろう。――此度こたびいくさ、起こした黒幕を。おぬしが倒すべき仇敵きゅうてきを――」


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