1-⑥ “銀”の目覚め

「なんだ……コレ」


 青髪の少女と邂逅した後、ツミキはサーカス団のテントに向かっていた。その途中、先ほどまでカミラと一緒に歩いていた町の正道では虐殺が行われていた。


「やめてください……そのお金だけは!」


「この、勝手に家に入るんじゃねぇッ!」


「嫌ッ! 放してッ!!」


 虐殺。そして強奪だ。

 男は殺され、女は無理やり連れ去られている。子供の泣き声と破壊の音が混ざり合い地獄を連想させる。


「と、盗賊だ…! 正規軍はなにをやってるんだ!?」


 この時、義竜軍はこの騒ぎに気付いていたが無視していた。


 理由は英雄の右腕。義竜軍は今、辺境の市民などに構っている暇はなかった。それにこの盗賊たちの目的も英雄の右腕だ。この虐殺および強奪は少しでも義竜軍の目を引くための苦肉の策である。現状“ホトトギス”は多くの勢力がせめぎ合う戦場と化しているのだ。


 問題なのはなぜ、今、このタイミングで全てが動き始めたのか。


 ツミキは最短の道を諦め、人目の付かない森を通る回り道をしてサーカス団に向かう。


(お願いだ! これ以上、僕から何も奪わないでくれッ!)


 ツミキは転びそうになりながらも、己の足の限界を悟りながらも限界以上の速度でサーカス団に向かう。そしてたどり着いた。


「嘘だ…」


 …そこにあったのは燃え上がるテント、血みどろで倒れている見知った人達。炎の燃え盛る音がやけに他人事のように耳に響いていた。


「また、父さんと母さんの時みたいに……」


 蘇る故郷の記憶。“理由なき戦争”末期で散った両親の亡骸なきがら

 ツミキは年相応の恐怖を抱き、恐る恐る歩を進める。


「…つ、ツミキか…?」


 ツミキは聞きなれた老人の声の方を振り向く。


「団長ッ!」


 腹部に銃創を三つほど作った団長の姿がそこにはあった。


「うっ――」


 倒れかかった団長をツミキは両腕で支える。


「だ、団長……大丈夫ですか!? す、すぐに手当てを――」


 救急箱を探して辺りを見渡すツミキの腕を団長は掴む。


「いい。もう、長くない。儂のことはもういいんだ…それより、最後に聞いてほしいことがある……」


 聞いたこともない弱った声。家もない自分に居場所をくれた恩人はすでに己の命を諦めていた。


 ツミキは両目に涙を溜め、団長の言葉を聞く。


「……儂はずっと探していた…の跡を継ぐ者を……ツミキ、カミラ、ピーター…三人ともその資格がある。そう考えていたが、最後の最後で見誤った。――ツミキ、お前だ。お前ならなれる。“英雄”に…」


「英、雄?」


 団長は懐から丸い形をした【ある物】の位置を示すレーダーを取り出し、ツミキの胸ポケットにしまう。


「……このレーダーに記された座標に行け。そうすれば、きっと―—」


「団長? 待ってください、団長ッ!」


「振り返るな。進め、ツミ、キ――」


 団長の瞳から生気が消え去った。


(そ、そんな…勘弁してくださいよ…)


 ツミキはそっと団長の瞼に手を添え、閉じさせる。そのまま地面にゆっくりと体を置いて、足に力を込めた。


「カミラ、ピーターさん。無事でいてくれ……お願いします……」



『だ、誰かいないか…?』



 消え入りそうな親友の声が聞こえた。


 炎の音が鳴り、所々で叫び声があげられているのに、ツミキは彼女の声を、百メートルも先にいる彼女の声を鮮明に聞き取った。


「カミラ!?」


 気づいたら走り出していた。


 団長の死を目の当たりにして、これ以上大切な誰かを失ったらツミキは自分で自分が壊れてしまうことを理解していたから、ツミキは肺を潰す勢いでほとんど呼吸をせずに走る。



「ツミ…キ」



 カミラは焼けて倒れたテントに足を取られている。


――(大丈夫だ。右足以外は無傷……テントさえほどけば)。


 こんな状況にも関わらずツミキは笑顔でカミラに近づく。五十メートル、四十メートルと人生最高のタイムを記録しながらツミキはカミラとの距離を詰めていく。


(やった! 生きてた…生きててくれた…!)


 ツミキと同じ思いがカミラにはあった。『ツミキが来てくれた、自分はもう助かる』と、カミラが確信した時だった。












 赤色の殺意×印が、カミラの全身に現れた。









「よかった。無事だったんだな、ツミ――」

「カミラあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 ゴオオオオオオオオオオオオォオオオオンッ!! と鼓膜が破れそうになるほどの音が目の前で炸裂した。



 差し伸ばした手は届かず、無慈悲な砲撃がテントごとカミラを吹き飛ばした。

 黒煙が吹き荒れる。絶望し、膝から崩れ落ちたツミキの背後に緑色のチェイスが意気揚々と現れた。


『ふん。殲滅戦せんめつせんというのは思いのほか、楽しいものだ……』


 ツミキは大粒の涙を流しながらゆっくりとその機体を見上げる。


 その機体はアズゥに似ているが、アズゥにはない武装を持っている。いや、重要なのはそこではない。


――このチェイスの肩に、正規軍義竜軍のロゴが入っていることだ。


 なんなんだよ。とツミキは呟く。


「……昔から良いことなんて一つもなかった。でも、我慢してたんだ。いつかきっと、幸せになれるって」


 湧き上がるのは悲しみや怒りではない。もっとどす黒い何かだった。


「やっと、やっと、報われたと思った。報われると思った……彼女と出会って、変われたはずだった。なのに」


 彼女の顔をツミキは思い出せなくなっていた。名前すらど忘れしてしまっていた。記憶が濁る、一つの感情に自分が塗りつぶされていく。


「また奪うのか。僕から全部……! なにも変わらない。理由なき戦争が終わっても、なにも変わらないじゃないか義竜軍アンタらは!!!!!!! なんのために、父さんも母さんもッ!」


『む? まだ生き残りがいたのか』



「答えてください! アナタたちは何のために、誰のために戦っている!!」


 涙を流しながら嘆くように言う少年を、義竜兵は鼻で笑う。


『決まっている。人のため、人類のためだ』


「だったら……」


『ただし、そこに貴様ら下民ゴミが含まれると思うなよ。人とは富を持ち、土地を持ち、権力を持つ存在を言うのだ。どれか一つ欠けた時点でそれは人ではない、ゴミにも劣る害虫だ』


 無駄だ。そう悟った。

 ツミキにとってこんな経験は少なくなかった。ただ、彼は信じたかった。義竜軍を、正義を名乗る機関を。


 ツミキの父は理由なき戦争に参加し、戦死した。ツミキの母親は理由なき戦争を理由に金を搾り取られて、働き、体を壊して衰弱死した。


 それでもツミキは納得していたのだ。『戦争を終わらせるためなら仕方ない。父さんと母さんの死は意味があるものだ』と。だけど……理由なき戦争が終わっても、いや、終わってからの方が苦しむ人間は増えている。


「間違ってる…」


 カミラは言っていた。『義竜軍は正義の機関だ』と。どれだけ彼らの悪政を見ても、カミラはミソロジアを見限りはしなかった。


 …なのに、そのカミラを攻撃したのはあろうことか義竜軍のチェイスだ。


「間違っている……!」


 ツミキは青髪の少女から受け取った“ちから”を取り出し、握りしめた。



 …英雄はいつだって絶望から生まれる。



 その瞬間を近くの森の木の上で金髪の少年は眺めていた。



――変える“力”がいる。



け。銀将……」



――世界を変える力が……!



『消えろ下民』


「力を――」

――貸してくれ……!!


「“アズゥ”ッ!!!」



 辺りを照らす白光びゃっこうがツミキを包み込んだ。

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