1-③ “アンドロマリウスの右腕”

 サーカス団の朝礼。


 ステージ上に集められた総勢五十名に及ぶサーカス団のメンバー。その視線の先にはサーカス団の団長が立っている。


「――昨晩。近くの砂漠地帯で“トリゴ使い”が現れたそうだ」


『へぇ…トリゴ使い。って誰?』


 メンバーは声を揃えて言う。

 団長は「そういやウチに新聞を読む奴はおらんかったな…」と眉間にシワを寄せた。


「トリゴ使いとは旧型の量産機“トリゴ”を使い、正規軍である“義竜軍ぎりゅうぐん”を襲っている奴だ」


「あ! 俺知ってるぜ! トリゴって言えば操作性最悪でたった一か月で生産中止されたやつですよね?」


「カミラの言う通り。トリゴは欠陥だらけのチェイスだ。しかし、奴はトリゴ一機で義竜軍の最新鋭量産機“アズゥ”を十一機落としたらしい、一晩でだ」


 カミラは隣にいるツミキの袖を引っ張り、目をキラキラと輝かせる。


「…聞いたかツミキ! 旧型で新型を圧倒する、カッコいいよな!」


「…やめなよカミラ。要はテロリストでしょ? カッコいいなんて言ったら反逆罪で捕まるよ」


 ちぇ、と腕を組むカミラ。

 むす、っとするカミラに背後から近づく影が一つ。


「なーにいじけてんだよカミラッ! 可愛げがねぇぞ~」


 サーカスの司会担当のピーターが後ろからカミラの頭を鷲掴みにする。ピーターは司会として舞台に立つ時は化粧が濃く、ピエロのような容姿だが今は普通の好青年といった印象だ。


「ピーター! いい加減ガキ扱いするんじゃねぇ!」


「ガキじゃねぇか。胸も身長も」


 ピーターはまな板のようなカミラの胸をポン、ポンと手の甲で叩き言い放つ。当然の如く、カミラの顔には血が集まり、堪忍袋は破裂寸前になっていた。


「――お、お前…いいだろう。戦争だこの野郎…‼」


「ふ、二人共ちょっと…」


「お前ら…儂の話聞いとるのか?」


 団長はゴホンッと咳払いすると、朝礼の締めに取り掛かる。


「近くで銃声などがしたら迷わず逃げるように。では各員、今宵のショーに向けて準備を始めろ。朝礼は以上だ。――それと、ピーターはこの後儂と一緒に行動してもらう」


「え? 俺っすか?」


「うむ。さぁ終わりだ! 解散解散!」


 ツミキとカミラは早速ショーに必要な物を指示された買い出しに行く。


「じゃ、行こうか。カミラ」


「ああ。パパッと終わらせようぜ!」


 テントの外へ出て市場の方へ向かう二人。


 その途中、彼らは一人の茶色いローブを被った小柄の少年とすれ違う。ツミキとカミラは平然と通り過ぎるが、その少年は足を止め、視界の中心にツミキを据える。


「…ほう。無駄足ではなかったようじゃな」










* * *



 メインテントから一キロは離れた場所に団長とピーターはいた。


「一体なんの用ですか? 団長」


「…ピーター。お前は、“アンドロマリウス”というチェイスを知っているか?」


「え!? まぁ、ボチボチ? 千年続いた戦争を一機で止めたチェイスですよね?」


「そう。強大な力を持ったチェイスだ。アンドロマリウスは突如義竜軍の切り札として登場し、たった一機で敵国語師軍の戦力を削ぎ切った。では、アンドロマリウスが戦争を終結させた後、どうなったかは知らんかな?」


 ピーターが頬を掻き、目線を上げると砂漠の中にあるものを発見した。


 それは小さなピラミッドだ。砂に埋もれて見えにくいが、間違いなく四角錐状の建造物である。


「ピラミッド?」


「今は有視化しているが、普段は砂と光の屈折によって視認できない」


 団長はピラミッドについているキーボードをカチカチと動かす。するとピラミッドの側面に扉が出現した。


「…すっげぇ…」


「さて。さっきの話の続きだが、アンドロマリウスは戦争を終結させた後、その圧倒的な武力を恐れられ、あらゆる人民から処分を要求された。軍はその要求を無下にするわけにもいかず、しかし失えば抑止力としての働きが無くなることを恐れた。結果として、アンドロマリウスは六つのパーツに解体された」


 団長はピラミッドの中に入り、さらに一つ、二つとセキュリティを解除して中に入っていく。


「頭部・右腕・左腕・胴体・右足・左足。義竜軍はそれぞれのパーツを別々の場所に隠して管理している。――が、その内の一つ、“アンドロマリウスの右腕”は軍の手には無い」


 ピーターは話を聞きながらピラミッドの内部に入る。


…そこは幻想的な空間だった。


 少し薄暗い空間。広さはショーを行うメインテントと同じくらいある。その中心には、一つのチェイスの腕が天井から差し込まれた一筋の光に照らされていた。

 ピーターは布に包まれたそのパーツに近づいていく。


「なんすかコレ。チェイスの右腕?」


「恐らく、くだんのトリゴ使いの目的も、街の近くに現れた義竜兵の目的も、この右腕だ」


「え…? ちょっと待ってください。まさか――」


 団長は懐かしそうにチェイスのパーツを見つめ、その名を口にする。




「そう。これこそ儂が三年前に義竜軍から盗み、隠してきた英雄の右腕。――“アンドロマリウスの右腕”だ」




 ピーターは団長の言葉に驚き、声を荒げる。


「こ、こんなの…どうして俺なんかに見せたんですか!?」


「儂はもう歳だ。もし儂が死んだら、お前にコイツの管理を頼みたい…この右腕は世界を変える可能性がある。誰にも渡してはいかん」


 ツミキとカミラ。

 ピーターと団長。

 謎の二人組の少年少女。

 そして義竜軍。


 四つのグループの思惑が混じり合い、弾けるのは今夜…

 少年ツミキの知らない所で“理由なき戦争”に続く大戦、“アンドロマリウス争奪戦”が起きようとしていた。

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