第4話 宣告

 確かに、たった今あの砂はヘビのように動いて見えた。

 でも、どうやって動かした……

 まさか、本当に砂の精霊がやったっていうのか……?


「まさか……本当に……」

 王はアウィヤが出した答えに呆然とただ立ち尽くすのみであった。


 ブラッキオも辺り一面に散らばった砂を見つめて沈黙していた。


 王が騎士達に手で合図を出すと、彼らはブラッキオの拘束を解いた。


「ブラッキオ……お前に嘘は無いと分かった。私は馬鹿だな……何も……」

 王は俺たちに背を向けて玉座の方を向いた。

「何も分かっていなかったのだな……お前のことも……息子のことも……」


「陛下……」

「ブラッキオ、私はお前を信じなかった。お前の気が晴れるならなんでもいい……お前が望むものをくれてやろう」

「私はただ、陛下のために戦いたいのです。私が望むものはただそれだけです」

「そうか……だが遠慮するな。何か言ってみろ」

「では新しい剣を。あと1つ、奴に質問を……」


 王は黙って頷いた。


「砂の呪術師、なぜ分かった」

 ブラッキオがアウィヤに問う。


「将軍殿はローリエ様がお亡くなりになるところをその目でご覧になられた」

「ああ。そうだが」

「同じように、精霊達もそれを見ていたのです。精霊達はありとあらゆるものに宿っております。木々や草花、火や水、そしてあなたのその剣や鎧にも……」

「仮にそうだとして、なぜお前に分かる」

「呪術師は様々な方法で精霊達と話せるのです。私めは砂の呪術師……砂の精霊が見たもの知ることができるのです」


 まさか、本当に精霊と会話していたのか……

 信じ難いが、さっき目の前で砂がうねうねと動いているのを見てしまったからには否定はできない。


「呪術師アウィヤよ……その砂の精霊には、我が息子の魂も見えるのか?」

 王はアウィヤに尋ねた。


「はい。ガウダー様」

「では、我が息子が死後の世界で望むものを知りたい」

 王はアウィヤに頼んだが、彼女は素直に承諾するそぶりを見せなかった。


「あの……ガウダー様」

「何だ」

「私めの呪術は、1回使う度に1日分の体力と、10日暮らせるだけのお金がかかるのです……私めにはそれを補えるだけの持ち合わせが無く……」

「分かった。術が終わったら文官に必要な額を言え」


「ガウダー様、ありがとうございます。では早速……」

 アウィヤは一人満足げな表情を浮かべると、王子の髪が埋め込まれた人形を手に取った。

 そして、人形の頭を片手で抑えながら、また何かをぶつぶつと唱え始める。


 ユラドゥシプおしゃべり大好き グラク コォル砂の精霊達よ シャールシャール聞いてきなさい トゥシュカ シェル ハ王子の願いを ナミ


 暫くすると、人形の下で砂がまた動き始めた。

 砂は動物の角のような形に変化し、それが3本、渦を巻くように回転し始めた。


「これは……我が家の紋章……」

 王は砂をじっと見つめていた。


 そうだ、これはトリケラトプス家の紋章。

 ここに住む者なら、毎日嫌でも目にするからすぐに分かる。


 アウィヤは何度も何度も、呪文を唱え続ける。


 3本の角がさらに動き始めた。


 ……?


 こっちに向かってくる……


 砂が俺の体を登ってくる……


 俺の右手首に……右手首に焼印されたトリケラトプス家の紋章に集まってくる……


「うああああぁぁ」


 右手にズキズキと激しい痛みが走り、俺の脈が砂に伝わっていくのを感じる……


 アウィヤが近づいてきて、俺の体から砂を払い拭る。

 そして痛みは全て消えてしまった。


 アウィヤはすぐに王の元へ歩いて行った。


「ガウダー様、分かりました。ローリエ様はこの奴隷の男を望んでおります」


 一体どういうことだ……


「アウィヤよ、それはどういうことだ」

「ローリエ様は死後の世界に連れてゆかれる者をお望みなのです」

「つまり、その奴隷の少年をローリエと共に殉葬させよということか」

「はい。あの少年は、死後の世界でも主人に仕えることができるのです」


 ……?


 殉葬……? 


「おい、そこの奴隷。お前は主人と共に葬られる。準備しておけ」

「ガウダー様、この奴隷は生き埋めにしてくだされ。魂をそこに縛り付けねば」

「うむ。しかし、この私自身が行ってやれないことが残念だ。息子は私を嫌っていた……こんなに優しい子なのに、私は何も分かってやれなかった……」

「ガウダー様の想いはきっと王子に伝わります……」



 えっ……今なんか言ったか……?


 この王様はなんで泣いているんだろう……

 一体なにを言っているんだろう。


 なんだか頭がぼうっとする。


 俺は王子の奴隷なんだ……特別な……他の……奴らとは……違うんだ……


 俺は大広間にただ立っていた。ただそこに、立っていた。



 なんで俺なんだ……


 このつまらない生活に希望が見えてきたばかりじゃないか。

 なんで今なんだ……なんで俺なんだ……


 あのクソ王子は何故死んだ。

 次の王になるっていう話は……?


 ブラッキオ、お前も王子を死なせたんだ。図体がでかいだけの将軍め。

 お前は守れなかった……


 それに、呪術師がなんだって言うんだ……

 あのアウィヤとかいう老婆め、本当に余計なことをしやがって……


 こんなゴミみたいな死の正当性を教えてくれ。


 くそっ、助けてくれ

 あんた呪術師なんだろ……さっきみたいに変な呪文でなんとかしてくれよ。


 ここはお前にお願いするしかない……

 責任を取れ……


「アウィヤ様、どうか、私の旦那様をあなたの術で生き返らせてください……なんでも致しますから……」

 俺はアウィヤに懇願した。

 ブラッキオが俺を止めようとしたが、王がそれを止めた。


「ローリエ様を生き返らせるじゃと?それは無理じゃ。たとえお前の命を引き換えにしたとしてもそれはできぬ」

「どうしても……無理なのですか」

「そうじゃ少年よ。王子様にとって一番良い事は、死後の世界エーリュシオンで冥界の審判をお受けなさるまで、お前がしっかりとお供することじゃよ」

「……」


 無理なのか……


 死後の世界エーリュシオン?誰がそんな場所に行ったと言うのだ。そんな話を信じられるか……


 ガウダーが歩いてくる。


「我が息子に仕えた奴隷よ、お前は今までよく務めを果たした。そしてこれが最後の務めになるだろう。冥界でも息子を頼む」


「……、はい。王様」

俺は反射的に答えた。

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