[2-03] 私の指姉妹は悪人面

 女同士で薬指の相指を交わした二人を指姉妹と呼ぶ。

 百合姉妹ではない。指姉妹だ。

 薬指の相指は婚姻関係を意味し、本来は愛し合う男女で結ぶべきだと定められている。しかし、それは成人した後の決まりごとだ。

 まだ未成年の女生徒たちには、貞操を守り通す証として薬指を女性と結ぶことが奨励されている。多くは親友と結ぶが憧れの先輩に小指を借りるケースもある。古い家だと母親や祖母と結んだりもする(その場合は指姉妹と言わないけど)。

 いずれにせよ、娘たちにとって指姉妹は特別な存在だ。成人し夫を迎えるために指姉妹をほどいた後も、家族ぐるみの付き合いが続くことがおおい。


「よく考えたら、私の指姉妹ってレヴィアちゃんなのよね」

「何を今さら」


 と、ぶっきらぼうな返事が鏡の向こうから返ってきた。

 鏡にはPCモニタを睨みつけながら、せっせとペンタブを動かしている私の姿が映っている。見た目はおばさんだが、その中身はフェン公爵家のご令嬢であるレヴィアちゃんだ。

 学院の寄宿舎に帰り、書記さんからの提案をレヴィアちゃんに話し終わったところだった。


「それにしても、イジヴァルの小娘がそんなに調子に乗っていたとはね」とネームのフキダシにセリフを入れながら、レヴィアちゃんは苦笑いを浮かべた。

「小娘ねぇ……」いや、同い年でしょ。

「おおかた、生徒会の宮廷ママゴトが楽しくて、猿山の大将気分ってところかしら。自分には大した実力がないから、適当な弱者をみつけて相対的な優位を周りに見せつけたい、ってところでしょうね」


 こういう悪口をさせたら、レヴィアちゃんの右に出る者はいない。頭の良い彼女は語意も豊富な上に、それを上手く繋げて相手をえぐり取ってしまう。こういうところが嫌われる原因なのでは?


「スズリさんを助けてあげたいのよ」

「それで、スズリの五指になってテーブルを手伝うか。良いわよ。当てがはずれたイジヴァルが本性を現して、猿のように顔を真っ赤にするなら私も見てみたいわ」

「う、うん」


 いや、まぁ、そうなんだけど。そう言われると逆にこっちが意地悪しているみたいで、なんか嫌なんだけど。


「それで、私に綾取りの指輪を新しく編んで欲しい、と」

「ええ。なんか、この場合はフェン家から贈るのが普通なんだってさ。こっちの家格が上位だからって」

「いいわよ。スズリの家は元が次男坊で聖騎士だったらしいから、綾取りの編み方なんて教わってないでしょうし。あれはそれぞれの家門の秘伝で編模様あみもようも独特だから」

「そうなの?」

「そうよ。左手に並んだ指輪を見るだけでその人物の人脈と影響力が分かる。そして見事な糸をそろえた者には発言力が与えられる。それが貴族政治の基本で、だからこそ、五指の茶会なんてものがキャーキャーと騒がれる」

「レヴィアちゃんてさぁ。そこまで分かっているのにどうしてそんななの?」

「BLサイコー、三次元はクソ」


 などと、フェン家のご令嬢が供述しており……。


「宗谷はどう思う?」


 部屋に呼んでおいた宗谷を振り返る。レヴィアちゃんを説得する場合に、役に立つかもしれないと考えて、あらかじめ呼んでおいたのだ。


「ノーコメントで」

「なによそれ」

「いや、レヴィにBLを教えたの、母さんだから」


 ……そうだけどさぁ。

 そうだけど、それをさぁ。昔に討ち取った鬼の首みたいに、毎回掲げてくるのもどうなのよ。そんなの言ったらさぁ、ある日突然帰ってきて勝手に体を交換させた宗谷サイドにも問題があるのでは?


「そんなことよりも。レヴィ、母さんが五指の茶会に参加するのは構わないんだな」

「ん〜、まぁ、ね」

「スズリ家と指を結ぶことも」

「まぁ、勝手にすれば。スズリは私のマンガのファンだから嫌いじゃないし」


 レヴィアちゃんは相変わらずペンタブを置こうとしない。


「だったら、あの件は進めるぞ」

「あ〜。あのババアにお父様のことを聞くってやつ? まぁ、やってみれば? お父様が殺されてすぐに、実家へ逃げ帰るような薄情女が何か知っているとは思えないけどね。あっ、でも、私は絶対に会わないから。これは絶対よ。顔を見た瞬間に殺してしまう自信があるわ」

「分かってるよ」

「なら、いいわ。それで指輪を編むのよね。今度そっちの世界に行った時に編んでおくわ」

「今度っていつ?」

「う〜ん、次のイベントの入稿締め切りも近いからその後がいいわね。そういえば、どの指に結ぶの? 指姉妹って言っても薬指はもうふさがっているから、別の指でしょう。それで編む時間も変わるんだけど」

「それがね」


 ガリュさんには指姉妹を提案されたのだけど、あの後、私の薬指がすでにふさがっていることを明かして別の指にすることにした。聖王の第一後継者であるミハエル王子と婚約しているレヴィアちゃんが薬指を結んでいると何かと噂が立つので手袋で隠していたのだ。

 ガリュさんには親戚にふさいでもらっていると嘘をついたが、ちゃんと調べられたらバレてしまう。貴族には手繰士たぐりしという綾取りの関係を調査する専門の秘書官がいるのだ。フェン家の令嬢の薬指の相手が見つからない、ってなるとちょっと面倒だ。


「小指の相指と考えていたのだけど、スズリさんが恐縮してしまって、こっちは小指であっちは親指の別指べっしってことになったの」

「ふ〜ん、まぁいいんじゃない」


 ねぇ、ちゃんと考えてる?


「あと、茶器やテーブル家財は? どうせスズリの家にはないのだろうから。フェンの屋敷から取り寄せるんでしょ」

「ああ」と宗谷が引き継いだ。「そこらへんは僕の方で手配しておくよ。スマホの術でクヴァル様に事情を説明すればスムーズだろうし、聖都への搬入はヘイティの商会に頼めば数日だ」


 ヘイティくんは飛竜を討伐した時に、宗谷に協力してくれた友達だ。彼が経営している商会はフェン領と聖王領を結ぶ交易路を管理している。


「だとすれば、残る問題はどんな茶事を披露するかね」と、ようやくレヴィアちゃんがペンタブを置く。「せっかくなら、イジヴァルをコテンパンにやる。あいつが唯一の自信は茶だけ。それさえも成り上がりの伯爵家のテーブルに負けたら、さぞ悔しいでしょうねぇ」


 うわぁ〜。悪い顔してるよ。ちょっと、人の体で悪人面するのやめてくんない。


「お義母さま」と横目をこちらに向けてくる。「これからフェン家の喫茶術についてご教授いたします。ある程度は魔術を使えるようになったのでしょう?」

「えっ」


 悪人面で目を光らせている。


「その、確かに、勉強して、多少はね、使えるようにはなったかもだけども。火とか雷とか大爆発とか、そういう難しいのは全然ダメよ」

「喫茶に用いるのはシンプルで定則が多い儀式魔術です。その中心となる花魔術は素朴で原始的なので複雑な術式も少ない。糸に念話を通せるようになったお義母さまでしたら造作もありませんよ」

「そうなの」

「ええ、三徹すれば」

「……三日も眠れないのは、ちょっと」


 思わず顔を歪めてしまった私に、レヴィアちゃんは畳み掛けてくる。


「前から喫茶術を勉強したい、と言ってたじゃないですか」

「そうだけど、徹夜でしょ」

「どんなことでも始めの方は無理をしなければなりません。興味はあるのでしょう。そうだ、フェン家の秘伝、雪木花衣せつもくはなころもの大茶事にしましょう。一度覚えてしまえば、後は簡単なもんよ」

「え〜、でもさぁ」


 いや、本当に興味はあるのよ。やってみたい。そのセツモクハナコロモっていう、やけにカッコイイのも気になる。

 ……だけどね。レヴィアちゃんに教えてもらうのは不安だ。

 天才肌特有のスパルタ徹夜コースに付き合わされて、心折られる未来が目に浮かぶ。貧相な才能を努力で埋めようとして、体まで壊してしまうのはマジで勘弁したい。


「レヴィってさ、お茶できたっけ?」

「……」


 突然、割り込んできた宗谷の質問に、鬼軍曹の悪人面がピタリと凍る。


「前、茶なんてかったるいものやってられるかー、とか言ってなかった?」

「デキマスヨ。タブン。……いや、だって、喫茶魔術なんて定則ばかりじゃん。湯を沸かして、手順通りに花とか煮立てるだけじゃん。子どもの頃にちゃちゃっと覚えてしまったから、多分、出来る。全然、問題ない」

「作法とかもあるだろ? たとえば会釈とか、茶器の並べ方とかも」

「あんなの飾りです。ソーヤにはそれが分からんのです」

「その飾りが重要なんだろ? 社交とか礼儀とかはそういったものだろうし」

「ぐぬぬ」


 うめき声を口にして、レヴィアちゃんは「だったら」と啖呵で切り返す。


「他に方法はあるの!? イジヴァルの目論見をけちょんけちょんにする方法は? どう考えたって、フェンの秘伝、雪木花衣でボッコボコにするのが一番でしょ!」

「別にイジヴァルさんを倒す必要はないだろ。そんなマンガの必殺技みたいな使い方も」

「あるのよ! スズリが可愛そうでしょ!」


 いや、絶対に目的変わってたよね。スズリさんのこと忘れて、イジヴァルさんを必殺技でボッコボコにしようとしてたよね。


「レヴィアちゃん、」とその言い合いに割って入る。「今回はスズリさんを助けることが第一よ」


 イジヴァルさんへの仕返しはあくまでも二番目です。


「難しいお茶にする必要はないわ。ちゃんとしたお茶をみんなに出せれば、それでいいの」

「ぐぅ」と唇を噛んで「ちゃんとした、ねぇ」と頭をひねる。「他のかったるい茶事なんて覚えてないわよ」

「……でも、レヴィアちゃんのいう通り、茶事は重要よね」


 う〜ん、こっちの世界のお茶の作法を教えてもらえる人か。

 確か、本来なら親とか祖母がやってきて指導してくれるんだっけ。どうしよう。黒薔薇会のメンバーにお茶の得意な人いるかな。


「まぁ、茶事の先生なら何とかなるんじゃない?」

「ん、宗谷?」

「喫茶三家のフェンを代表する有名な人がいるよ。頼んだら教えてくれると思うけどな」

「あら、どなた?」

「カーラ様だよ」


 色気むんむんの三十路美人の姿が脳裏に浮かび上がった。


「先代フェン公爵の妹だったカーラ様なら、基本から極意まで全てご存知だと思うけど」


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