甘くはない。

雑草文学

甘くはない。

 良い夢を見た。一月一日のことである。それまでは恋人と過ごしていた。

 恋人は元旦から用事があるらしく、正午前には帰ってしまった。夢を見たのは、その後のことであった。部屋にはまだ恋人の気配があった。

 昼は自分で作った料理を食べた。料理と呼べるほどのものでは無い。実に簡単な食事だった。パンと卵の目玉焼きとベーコンソテー。作ってすぐに平らげてしまった。食べるのも簡単だった。

 暇になり、することもなかったから、眠ることにした。午後であった。昼寝というのだろうか?僕はいつからいつまでに眠ることを昼寝というのか知らない。興味もなかった。

 とにかく僕は眠りについた。深い眠りだった。

 部屋にはやはり居るはずのない彼女の気配がした。布団の中で一瞬、彼女の髪の匂いが、鼻をかすめた。無論夢である。僕はすでに眠っていた。彼女の肌の感触があった。それから、また匂い。肌の匂い。無いのは声だけだった。

 満たされていた。しかし、寂しくもあった。僕は夢の中で泣いていたように思う。夢の中での垂泣を数に含めていいのかはわからないが、泣いたのは数年ぶりだった。

 僕が泣かなくなったのには理由があった。そのことを彼女は知っていた。涙が枯れるということが本当に起こることを知っている人間は、いったい何人いるのだろう。そう多くはないと思う。しかし、少なくもないだろう。

 少なくない数の人間が絶望を経験していると僕は思う。そして、その絶望をどうすることもできないまま、生きて、死んでいく。人間とは所詮、その程度の生き物なのだ。自らの無力さ、愚かさを知り、諸々のことに諦めがつくと、人は涙を流さなくなる。少なくとも、僕の場合はそうだった。

 目が覚めるとすでに日が暮れていた。もう、寂しくはなかった。僕は満たされていた。

 恋人からチャットが届いていた。内容はこうである。

「あけましておめでとう。今年もよろしく」

「あと、ありがとう」

 部屋に恋人の気配はもう無かった。寒いからコーヒーを淹れた。苦い味がした。あまりにも苦かったから、ミルクを加えた。ミルクが苦さを中和していった。砂糖は入れなかった。




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