第11話 酔っ払いの相手は大変だ

 翌日、早速フォボスダンジョンへ来ており現在9階層だ。身体能力Sと戦闘の心得Sの組み合わせのお蔭で、順調にダンジョンを進んでいる。


 「セラ! 後ろから魔物がまた来てる感じがする。そっちの対応を任せた!」


 悠真は転移してすぐ使用した鑑定以来、自身の鑑定をしていないためまだ気が付いていないが、日本から転移してきた森の中で、全スキル無効となって身を隠していた際に、あまりにも気を張り詰めていたせいか、気配察知Dと隠密Dを取得している。


 「承知しました。対応します」


 目の前のポイズンフロッグに右薙ぎで止めを刺したセラはそのまま後方へと振り向き、後方から来ている魔物に対応する。


 「スモールトレント1体、ゴブリンアーチャー1体です」


 魔物を目視で確認したセラはその情報を直ちに悠真に伝える。


 「わかった! 直ぐにこいつを終わらせる」


 悠真はそう言いながら、目の前のスモールトレントが振り回した枝を軽いステップでかわすが、敵も必死だ。木の葉をちらし、悠真の視界を遮りながら反対の枝で悠真の横腹を狙う。


 「スモールトレントは木の葉で視界が悪くなるのが厄介だなっと」


 そうは言うも戦闘の心得Sの恩恵か、危なげなくスモールトレントを縦に切り裂き後方へ向きなおす。


 「スモールトレント1体は俺が対応する、アーチャーを狙ってくれ」

 「承知しました」


 矢を打ち終わり、番え直す間にゴブリンアーチャーへと迫るセラ。接近してしまえばゴブリンアーチャーは通常のゴブリンと大差ない。難なく止めを刺したセラは、スモールトレント1体を悠真と挟み撃ちにした。

 悠真を攻撃するスモールトレント、その背後から攻撃を仕掛けるセラ。苦も無く魔物を打ち取った。


 「1人だとこうも簡単に攻略できないかもな。助かるよセラ」

 「非才なれどお役に立てて光栄です」

 「いやいや、適正はSなんだから、非才ではないよ」


 などと会話をしながらドロップアイテムをマジックバッグへと収納する。

 外の魔物のように魔素から直接発生した魔物ではなく、ダンジョンが産み出している魔物だからだろうか、魔物の死体は残らずドロップアイテムだけが残る。ダンジョンが魔物の死体を再利用するために回収しているのだろうか? ドロップアイテムは回収に漏れた物?

 そんな考察をしながら進んでいると、前方から座り込んで微動だにしないパーティーが見えてきた。


 「怪しい者じゃない。通らせてもらっていいか?」


 敵意が無いことを示すよう両手を上げながら話しかける。


 「助けてくれ。全員が毒にやられて解毒剤がもうないんだ。俺以外もう皆が動けない。頼む、この通りだ」


 確か解毒剤は5本ほど買ったことを思い出し、マジックバッグから3本取り出した。


 「有難う。助かった……」


 そう男が言うとまずは自分が飲み、残り2本を仲間の女性に飲ませていく。しばらく様子を見ていると2人とも意識を取り戻した。


 「あぁぁ、ナリア、シア、良かった!」


 男は涙し、悠真達に感謝する。


 「有難う、本当に有難う」

 「お互い様ですよ。誰か困っている人がいたら助けてあげて下さいね」

 「ああ、約束する。この恩は忘れないよ。本当に有難う」

 (さすが神様です。慈愛の精神ですね。誰にも言えませんけど、私はちゃんと理解しております)


 しばらく5人で話をしていると、解毒剤もポーションも尽きているらしく、今回はもうダンジョンから出るつもりらしい。悠真達も初回の挑戦ということと、助けた3人の体力も回復していないこともあり、今回はここで切り上げて5人でダンジョンから出ることにした。


 「厚かましいかもしれないが、そうしてもらえると助かる。こんな状態の俺ら3人では正直不安があったんだ」


 改めて話を聞くと、解毒剤の補充を忘れた事に加え、不幸にもポイズンフロッグの群れに遭遇してしまったらしい。




 9階層に設置されている転移の魔法陣から1階層に転移し、ダンジョンから出た3人はそのまま宿へと戻るらしい。悠真達はドロップアイテムの換金などがあるため、冒険者ギルドへと向かう。

 そろそろ夕暮れ時ということもあり、冒険者ギルドへと近づくにつれ冒険者の姿が増え、冒険者ギルドに併設されている酒場もにぎわいを見せ始めていた。そういえばまだこっちに来てからお酒を飲んでないなぁと思いながらも、悠真は換金専用カウンターへと足を運んだ。


 「お疲れさん、あまり見ない顔だね」

 「ええ、ダンジョンに挑戦しようと、最近こっちに移動してきたばかりなんです」


 そう言ってドロップアイテムをマジックバッグから取り出し、カウンターに並べていく。


 「えーっと、ウルフの牙とゴブリンの耳、トレントの葉にウルフの牙……」


 そう呟きながら査定をしていくドワーフの男。背は小さいながらもずっしりとした体格で、人が良さそうな印象を受ける。


 「ほい、お疲れさん。フォボスにでも潜ってたのかい? 今回は銀貨85枚だ」

 「フォボスの9階層まで今日は行けました。まだ様子を見ながらですけど、次は20階層目指して潜りますよ」

 「そうかい、12階層か13階層くらいからレッドウルフが増えて群れ始めるから、十分に気を付けてくれよ」


 ダンジョンの情報と報酬を受け取った悠真達は、解毒剤を補充してから足早に宿に戻った。

 今日は初ダンジョン挑戦を祝い、1階の食堂でビールと共に食事を楽しむつもりだ。




 「ご主人様、ほんとに私もお酒を頂いてよろしいのでしょうか。奴隷がお酒を飲むなんて本来はあり得ませんが……」

 「いいのいいの。経緯は確かに奴隷商会でというのはあるけど、俺はセラを奴隷とは思ってないし、できれば対等の仲間でありたいと思ってるからね」

 「有難う御座います。でも対等というのはどうかお控え下さい」

 「まぁ俺はそう考えているよってことで、セラはセラの価値観で考えてくれていいよ」

 「お待たせしました。ホーンブルのステーキ2つと、生ビール2つです」


 鉄板がジュゥジュゥと音を立てながら、美味しそうな匂いと共に目の前に運ばれてくる。


 「毎回思うんですが、こんな贅沢ほんとにいいんでしょうか……。奴隷には衣食住の確保が必要と言っても、残飯とか普通にあるんですが……私不安になります」

 「ちゃんと食べないと明日以降の攻略にも差し支えるよ。んじゃかんぱーい」


 悠真はそう言って無理やりに乾杯し、久しぶりのビールを勢いよく喉に流し込んだ。


 「っかぁ! 美味いな! やっぱりビールは明日への活力の源だよ」


 転移前の悠真は、健康診断で肝臓にE判定が出てから少し控えるようにはなったが、一時期はほぼ毎日缶ビールを4本か5本飲んでいた時期もある。俺の血はビールでできていると豪語していたことがあるほどビール好きだ。


 「ご主人様もビールがお好きなんですか?」

 「も、ってことはセラもビール好き?」

 「はい、強くはないんですが、冒険者として活動していた頃はよく飲んでました」

 「お、それならこれから飲むときは一緒に飲みに付き合ってもらおうかな。冷めないうちにステーキも食べようか」


 串焼きでも十分に美味しかったホーンブルの肉だが、ステーキだとさらに美味いんじゃないかと期待して、悠真はセラの分と合わせて2つ注文していた。

 一口大に切った分厚い肉を噛むと、ジュワッと肉汁が口の中に溢れだすと同時に脂の甘みを感じ、さらに肉を噛むと肉の旨みが全身を駆け巡った。


 「やばっ、美味すぎるぞ。毎日でも食べたいくらい美味いわ!」

 「幸せです……」


 美味しい物を食べると自然と笑顔になると聞くが、あれは本当だった――。

 そんな美味しいホーンブルのステーキを食べ終わる頃には、悠真とセラは5杯目のビールを飲んでいた。


 「か……ご主人様は凄いです! 初めてダンジョンに挑戦したのにベテラン並みの洞察力で指示を頂けますし、すごく安心できます」

 「俺よりも指示に的確に答えてくれるセラの方が凄いよ」

 「ご主……かm……もうっ! ご主人様は凄いんです!」


 酔いが回って、ご主人様と言っているのか、神様と言っているのか判らなくなってきたセラだが、ギリギリ残った理性で耐えている。


 「セラも酔いが回ってるし、そろそろ部屋に戻ろうか」

 「もうちょっと飲みましょう。ね、あと1杯だけ」

 「また今度ね」

 「やーだー。まだ飲みたいぃ」

 「すみませーん、会計をお願いします」


 酔っ払いの相手は大変だ……。セラにビールを勧めたことをちょっとだけ後悔した悠真であった。

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