第6話 スキルの代償

 起こっているはずの不都合を確認できないまま、悠真は再び街へ向かって歩き出す。


 「さっきのゴブリンには逃げられてしまったが、次からはきっちりと止めを刺さないとな」


 そう考えながら歩いていると、前方で草木がガサガサと動く音がした。悠真は咄嗟に木の後ろに隠れると、さっきとは違うゴブリンが木の実を持って現れた。いざ魔物と遭遇すると躊躇してしまいそうになるが、止めを刺すと決意した自分を鼓舞し、剣に手をかけようとしたところで不意に手が止まる。


 「あれ? 剣ってどう扱うんだっけ……」


 全く剣の扱い方が全く解らない。スキルがなくとも、誰でも素人レベルで武器を扱うことは容易にできる。しかし悠真はどう扱って良いのか自信がない。剣とは何か――そんな知識すら抜け落ちたかのようだ。

 ――悠真は気が付いた。


 「エディットの代償で、スキルが全て使えなくなってるんじゃないか? むしろマイナス効果が発生してるんじゃないか?」


 相手は躊躇なくこちらの命を奪いにくる魔物だ。そんな魔物を前にして全く戦う術がわからない悠真の額には、大粒の汗がにじみ出てきており、緊張もあってか息苦しくなってきた。


 「やばいぞ。こんな不都合が発生するなんて考えてもいなかった。くそっ、もっと慎重になるべきだった」


 どうすることもできない中、ゴブリンは木の実を探しながら、徐々に悠真が隠れている木へと近づいてくる。

 今飛び出せば逃げ切れるか? そんなことを考えていると、遠くから更なる恐怖の声が聞こえてくる。


 「アオォォォン」


 ウルフだ。ゴブリンの身体が恐怖で硬直し、木の実をドサドサと落とす。


 「――ここでもう1匹と鉢合わせたら確実にアウトだ!」


 そう判断した悠真は、ゴブリンが硬直したのを機に飛び出し、脇目も振らずに逃げ出した。本日2度目の逃走である。

 ゴブリンが追って来ていないことを確認した悠真は、いつまでエディットの代償が続くのかわからない現状でも安全が確保できるよう身を隠した。




 ……どれくらい経っただろうか。悠真はひどい空腹感に耐えながら身動きせず、周りをピリピリとした緊張感とともに警戒しながら、ひたすら代償からの復帰を待っている。すると、悠真は気が付いていないが、たった今取得したスキル――気配察知Dの効果により、背後の茂みのさらに奥に何かがいるような感覚がした。


 「ん? 何かいる気がするな。逃げるか」


 隠れる場所を変えようと、置いてあった剣を手にした。そのとき悠真は、今ならどんな武器でも存分に扱える気がすることに気付く。


 「いつの間にか代償から復帰していたのか……。それならやってみるか」


 いつかはやらなければならない事、それならば早い方がいい。先ほどの感覚を頼りに茂みの奥へと進むと、ホーンラビットが食事をしていた。


 「うさぎ……か? よし、覚悟を決めろ俺。やるぞ!」


 そう自分に言い聞かせ、勢いよく茂みから飛び出し剣を抜き襲い掛かる。結果は――ホーンラビットが襲われたことすら気が付く間もなく、絶命していた。


 「ははは……ついにやっちまったな。これからはこんな手の感触にも慣れるしかないんだ。じゃないと俺がやられ……うっ……」


 初めて命を奪ったことによるストレスからか、悠真は精神耐性Dを取得したが、吐き気を催しその場で座り込んでしまった。


 「……そろそろ……街に向かうか」


 暫く休憩し、少しではあるが落着きを取り戻した悠真は、これから冒険者として生きていくために、最寄りの街へと歩みを進めた。




 空がオレンジ色になる頃、悠真の視界に神様の手紙に書いてあった街、テミストの防壁が視界に入ってきた。どんな街なんだろうと逸る気持ちを抑えながら進むが、どうしても歩みが早くなってしまう。入口であろう門の所では長蛇の列ができているものの、スムーズに進んでいるようだ。


 「身分証を用意しておけ。身分証が無い者は入市税の準備だ。閉門の時間が近い。スムーズに進むよう協力を依頼する」


 衛兵がそう言いながら列の最後尾へと向かっている。


 「すみません、入市税ってどれくらいでしょうか?」

 「ん? 市民なら銀貨2枚だ。あの門の所で支払ってもらうが、それまでに用意して貰えると助かる」


 そう言って衛兵は目を光らせながら列の最後尾へと再び向かう。


 「銀貨2枚か。貨幣価値がわからないと、高いのか安いのか判断が難しいな」


 門まで進み、悠真は入市税を支払うと何の問題も無く街へ入ることができた。


 「着いたー。まずは宿を確保してから冒険者ギルドかな」


 さながら上京したての観光客のようにキョロキョロと周りを見渡しながら、街を進んで行くと冒険者ギルドらしき看板が視界に入った。


 「先に冒険者ギルドに行ってみるか」


 予定変更である。西部劇にあるような観音扉を開き中へ入ると、冒険者ギルドに併設されている酒場で、多種多様な冒険者達が楽しそうにお酒を飲んでいる。

 悠真は後ろ髪を引かれながらも、登録をしに来たんだと思い直しカウンターへと向かい――悠真の順番が回ってきた。


 「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょう?」


 曲がったことが嫌いといった印象をしている犬の獣人の女性だ。胸に付けたネームプレートには『受付嬢 ローサ』と記載されている。


 「えーっと、冒険者登録をしたいんだけど、どうしたらいいですか?」

 「新人の方ですね。ではこちらの用紙にご記入下さい。得意な武器と、魔法が使える場合は使える魔法も書いて頂けると、パーティーを紹介する際に参考にさせて頂きます」


 ソロでの冒険を考えている悠真にとってパーティーは必要ないし、真面目に全部記入する必要もない。むしろSランクのスキルを隠さないとトラブルを招くことにもなりかねない。


 「有難う御座います。ユーマ様ですね。それでは確認させて頂きますので、この真実の水晶に手を乗せて頂けますか?」


 ローサがそう言うと、カウンターの後ろから持ってきた乳白色の水晶を差し出してきた。


 「いくつか確認させて頂きますので正直にお答えください。答えたくない場合は水晶から手を離して頂いて構いませんが、場合によっては登録を見送らせて頂くことが御座います」


 そう注意事項を伝えるとローサは質問を始めた。


 「この用紙に記載されていることは事実ですか?」

 「はい」

 「犯罪歴はありますか?」

 「いいえ」

 「過去に冒険者資格を剥奪されたことはありますか?」

 「いいえ」


 そんな質問に正直に答える度、真実の水晶はうっすらとではあるが青く光りを発している。


 「有難う御座いました。質問は以上になります。ギルドカードの発行手続きを行いますので、あちらにお座りになってお待ちください」


 そう言うとローサは水晶と共に奥へと消えて行ったので、後ろのベンチに腰掛ける。青く光ったら真実だとみなされるようだ。


 「よう兄ちゃん、俺はガフってBランクの冒険者だ。見ない顔だが、新人かい?」


 ムッキムキの筋肉で、スキンヘッドの男が笑顔で話しかけてくる。


 「ええ、今ギルドカードの発行待ちですね」

 「そっかそっか。差し出がましいかもしれんが、先輩冒険者からの助言として聞いてくれれば嬉しいんだがよ、冒険者登録したってことは教会でスキルの確認は済んでるな?」

 「ええ、前に教会で確認しました」


 悠真は「なぜ教会?」と思いながらも、隣に座ったガフに話を合わせる。


 「なるべくこまめに確認をしろよ。スキルは成長するからな。あとはそのスキルと冒険者ランクに適したクエストを選ぶことだ。それだけでグッとクエストの失敗率、討伐系ならば死亡率が下がる。当たり前のことだが新人はそれができないやつが多いから気を付けろよ」


 そう言うとガフは悠真の背中を、気合いを入れるかのようにバシッと叩き、酒場の方へと向かう。


 「何か困ったことがあったら何でも聞いてくれ。クエスト中でなければ宿かここの酒場にいるからよ」

 「有難う御座います」


 悠真はガフの背中に向かってそう言った。

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