第6話 Mortification Ⅲ -Father-

戦争が完全に終わると

徴兵された兵の多くが家へと帰った

私の父も五体満足で帰ってきた


父の無事は私たち家族の喜びで 幸福だったが

妬まれたのだろうか 恨まれたのだろうか

周囲の者達はそんな私達のささやかな喜び 幸福すら許さない


父は戦争時 ナチス・ドイツの捕虜となり

ソビエト政府に対して弓を引いていた

その事実が何処からか知られ

言いふらされたのだ


裏切り者!! 人々は石つぶての如き悪意の言葉を私達にぶつけ

恥晒し!! まるで私達だけが悪であるかのように罵り続けた


戦争中 ナチス・ドイツの活躍を手放しで喜んでいた連中が

カミンスキー旅団やロシア解放軍の活躍を願っていた連中が

自分のことを棚に上げて 私達だけを責める


幼心に思った 嗚呼 人とは何て矮小で恥知らずなのかと


そんな者達に責められるのは屈辱であったし

その屈辱が私には大いに不安だったのだが


ソビエト政府に弓を引いたのは事実だから仕方ない 父はそう言い

そのような噂 放っておいても収まるに違いない 母はそう言った

事実 そうなったのだが


私の心の奥底の 無意識の澱の中へ

この屈辱は静かに沈み込み


人々が戦争のことすら忘れ去ろうとする そんな頃合いになっても

ひきずることになるとは この時夢にも思わなかった


私もまた母の言う通り

愚かな大衆と同じように この屈辱をすぐ忘れることになるだろう

そう思い続けていた

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