いっしょにテレビを見ながら夫がつぶやいた何気ないことに、きょうもこんなに驚かされる。

 夫の快気祝い。ピザパーティー。

 私たちはやっとありつけたごちそうを頬張りながら、テレビ番組「マツコの知らない世界」を大きなテレビで流していた。


 いろんなカルチャーのなかで、テレビというのは私にとって、もっとも普段ふれていないもののなかに入るだろう。嫌いなわけではないのだが、映像がどうしても疲れる性質たちで、たとえば毎週視聴を前提としている(あるいは毎週視聴したほうが楽しい)バラエティ番組などは、どうしても追っかけて観ることができなかった。

 その結果、夫と暮らすまでろくにテレビリモコンさえさわったことがない、最後にテレビをよく見ていたのはまだブラウン管だった時代(!)みたいな、そこだけピンポイントに箱入りみたいな状態ができあがっていた。


「マツコの知らない世界」は噂には聞いていたが、観たことはいちどもなかった。だが、夫と暮らしはじめてから、観るようになった。「水曜どうでしょう」と並んで、彼が毎週録画をして、夕食時に流す番組だからである(ちなみに水曜どうでしょうは私すごく隠れファンです。ほぼぜんぶ見たし書籍も読んだよ。普段あまり言わないのだけど!!)。



 なので、その日もわれわれの休日の通例に従って、「マツコの知らない世界」を流していたわけだ。

 なんでも、二時間スペシャルだそうで。銀座ママ、カップラーメン、失恋ソング、の豪華三本立てだった。



 私はピザを食べながら、へえー、と番組冒頭時においての感想を言う。


「銀座ママ、カップラーメン、失恋ソング、ときたか。すごいねえ。どれも見たくなる感じ。いや、普段のも気になるんだけど。広く、みんな見たくなるお題を、ばんばんばーん! ってもってきてる、っていうか。現にいま私も気になってるし」



 順番的に、銀座ママが最初にはじまった。

 念のためご存じないひとのために簡単にこの番組の説明をしておくと、マツコ・デラックスという強烈なキャラクターのかたがいらして(ちなみに余談ですが私はマツコさんは中村うさぎが対談していた時代から好きです。なんとなくずっと追っかけていた。こんなにたくさんテレビで見られるようになるとは私は予想できなかった)、

 そのマツコさんと、毎回呼ばれるなんらか(今回は、銀座ママ、カップラーメン、失恋ソング。ほかにもいつも、薔薇とかお菓子の包み紙とか、いろんな食べものとか、はたまた蚊とか、いろんなものがある)に精通しているゲストが同席して、ゲストのひとが簡単なプレゼン形式でそのひとの「推しなんとか」についてしゃべりつつ、マツコが反応していく、って内容。

 シンプルな番組構成だけど、マツコさんのリアクションがおもしろくて、際立ったおもしろさになってるなあといつも思う。



「マツコの知らない銀座ママの世界」。夫といっしょにピザを喰らいながら、観てゆく。銀座ママについての説明は、まあ、いいかな……もしご存じなければ検索してもらったりするとよろしいかと……。



 銀座ママの経歴や、暮らしぶり、はたまた最高月収などが明らかになっていく。

 ふえぇすごいひとだなあ、と私は夫に感想を述べた。


「ぜったい、このひと、しゃべりたくなるもん。というか自慢したくなるね。たぶんどんなとんちんかんなこと言っても、変なこと言っても、この雰囲気でうなずいてくれそうだもん。持論を気持ちよく言いたい。それでぜったい否定されないんだもん。内心はどうあれ。

 こういったところには、性別と立場的にぜんぜん縁のない、私でさえそう感じるんだからなあ。これ、そういう立場でお金もあれば、生涯通いつめるのわかるわ」


 そのなかで、銀座ママの忙しい一日が紹介される。

 まさに仕事に生きるひとという感じだ。

 なかでも、自分の開いたお店でのミーティングでの様子の覇気と迫力は、すさまじい。


 私のほうからまた感想を述べる。

「当たり前なんだろうけど経営者のかたの目つきしてる」

「まあ、そりゃ、ねえ」

「マツコとしゃべってるときのお着物の雰囲気と当たり前だけど違う」


 そちらの銀座ママは、毎日髪の毛を美容院でセットするらしい。

 そのあと、着物の着付けをするらしい。


「ふわー、すげえ。さっきまで経営者だったのに、どんどん『ママ』になってくね」


 直後にお客さんのところにお邪魔するそちらの銀座ママの映像。そのときには、もう――笑顔の、顔つきが、違った。

 すみから、すみまで。



「……うーわ、やっぱり、すごい。経営者の顔と、ママの顔、そんで私には想像もつかないようないろんな顔……そういうのがここまで徹底してるからこそ、うーん、その、なんというのかな、トップクラスのひとなんだろうけど、いやー、わー、すごいなあ……」

「変な話、」



 夫がそう言ったので、私は耳を澄ませた。夫は「変な話」が好きだ。だからそのワードが出たら、私は即座に耳を澄ますことにしているのだ。




「変な話、儀式なんだろねえ」




 ――儀式。

 つまり、ひとが、……そうやって、成っていくことの。

 なにかに。あるいは、いかようか、に。




「そうやって自分の気持ちを高めていってるんだろうね」

「……あー、そうだね、儀式、うん、儀式かあ、うん、そうだな、儀式だな、そうやって儀式をしてるんだな……そうだよな……」



 夫の言葉に感心しっぱなしの私は、そんなふうにその言葉を繰り返すことしかできなかった。

 なんか当たり前のようだけど、夫の言語センスというか全体的な感覚というのは、すさまじいものがある。一見ごくふつうのことを言っているようなんだけど、いちおうこれでも本を読み書く私には、夫のそこらへんがやばいことくらい、わかる。なにを食ってたらあんな発想を次々できるのだろう?




 そのあとは、銀座ママの一日をふたりで見続けて、いやほんとこんな接客してるのすごいわ、そもそもだからこそこのお仕事できるんだろうしね、私らはこういった方面のお仕事は無理だねーっておしゃべりをした。




 あ、そのあと、カップラーメンと失恋ソングのやつも観ました、ふたりで。カップラーメンはこれ食ったことあるとかないとか。失恋ソングは私マッキー好きなんなんだよねーとか。今回も、大変、おもしろかったです。また、ふたりで観ます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る