裏アカ歴史奇行・怪僧・天海(明智は三度死ぬ)《起》九話完

龍玄

第1話 怪説・本能寺の変-憔悴

 「信長様、謀反、謀反で御座いまする」

 仰天を顕にした警護兵の声が本能寺の闇夜に突き刺した。

 明智光秀が信長を亡き者にしようと起こした世に言う本能寺の変である。

 では、詳細を遡ることに致しましょう。

 本編は第三話・闇鴉より。それまでは序章です。では、上映時間です。

 ここは、京都の山奥で御座います。

 馬に乗った一人の立派な出立の侍、護衛のふたり、少し離れたその背後には憔悴しきった十三騎の伴が、とぼとぼと山道を歩んでいた。

 漆黒の闇と激しい雨が、行く手を遮っていた。

 豊臣勢に追われて、京都・山崎を後にしたのが、午後七時頃だった。

 微かに雨音に混じり、先頭付近の葉が、ガサガサガサと音をたてた。

 不審者の侵入に、獣が慌てたのだと思っていた。

 バサバサバサ・・・。覆い茂った枝が、大きく揺れた。

 先頭を行く三人に緊張が、走った。現れたのは、数人の落ち武者狩りだった。

 戸惑う間もなく、一機に先頭を行く三人が囲まれた。

 「死にたくなかったら、身ぐるみ脱いで、立ち去れー」

 恰幅のいい大きな野猿のような男が、野太い声で言い放った。

 男の名は、土民(百姓)の中村長兵衛だった。

 長兵衛たちは、雇われて戦に参戦し、職に溢れた時は、落ち武者狩りと変貌していた輩だった。落ち武者狩りは、敗戦し、傷つき、逃げてくる侍を待ち伏せ、鎧や刀など金目の物を奪い、それを売って、生計を立てていた。

 時には、争いになり、武将を殺すことも珍しくなかった。

 運がよければ、獲った武将の首は、相手の陣営に、高値で売れることもあった。

 「無礼であるぞ。そなたら、この方をどなたと心得るか。明智光秀様なるぞ」

 「明智だって、おまえら、知ってるか」

 「知らねーや、おらたちに、武将の名前なんて聞かせたって、無駄だ無駄」

 「そうだ、そうだ、おらたちは、口入れ屋役の侍にしか知んねーだ」

 「この方は、今や、飛ぶ鳥を落とす、織田信長をお討ちになったお方だ」

 「えっ、あの織田様をか」

 「そうだ、われら道を急ぐ、そこを、のけーぇ、のけーぇ」

 落ち武者狩りたちは、怯んで道を開け、山道の下へと身を隠した。

 闇と雨音で追随する者に気づく者はいなかった。明智一行は、その場を離れるために行く手を急いだ。

 「危のう、ござったな、光秀様」

 「ああ、先を急ごう、いつ舞い戻って来るか分かるまいて」

 「そう致しましょう。一同、急ぐぞ」

 落ち武者かりたちは、一行の後ろ姿を、不穏な面持ちで、見送っていた。

 「驚いたなぁ」

 「あぁ、あ奴が織田様を討ったとわなぁ」

 「知らねぇって咄嗟に言ったけどよ、腰が抜けそうだったぜ」

 「でもよう、後ろにいた奴ら、誰も駆けつけてこなかったな」

 「ああ、おかしいぜ、何かが」

 「きっと、でまかせだぜ。そう言えば、俺らがビビるって思ったんじゃねぇか」

 「そうだ、きっと、俺ら、いっぱい食ったんだぜ・・・畜生」

 一度は、無謀に飛び出し、引き下がったが、諦めきれなかった。

 「勘太の奴、ちゃんと後、つけてんのか」

 「もう、真っ暗だ、休み休みか、どっかで休むに決まっている」

 「いまからでも遅くねぇ、追いかけて、やっちまおうぜ」

 落ち武者狩りたちは、勘太が残した道標を頼りに、明智一行を追いかけた。

 明智一行は、先を急いでいた。しかし、その行く手を阻む闇と豪雨。

 「もう、追ってきまい、闇夜は危ない。心して参ろう」

 一行は、少し開けた場所に差し掛かった。

 刀狩りの頭目の中村長兵衛は、掌を重ね獣の真似をし、勘太に連絡を取った。

 反応はすぐにあった。「近いぞ、慎重にいくぜ」

 「何やら、獣がおりそうな、夜分、動くのは危険かも知れませぬな」

 「しかし、先を急がねば」

 明智一行は、ぬかるんだ足元、闇、雨の三重苦の中、先を急いだ。

 敗戦の悲壮感、疲れが最高潮に達しようとしていた。

 その時だった谷側から、一人の男が飛び出してきた。

 その男の持つ槍は、馬上の武士の右脇腹を突き刺した。

 「うぐぅ」刺された武士は、鈍い呻き声をあげ、落馬した。

 「光秀様~」その声は、山合にひと際大きく響き渡った。

 ただならぬ状況に、武士たちが光秀の元へと怒涛の如く、駆け寄って来た。

 その勢いに長兵衛らは、悲鳴を上げながら、谷側を転げ落ちるように逃げ去った。

 護衛に付いていた溝尾茂朝は、光秀の元に駆け寄った。

 もうひとりの護衛の木崎新右衛門は、駆け寄る武士たちを静止させた。

 「光秀様に何が御座った」

 新右衛門に進路を絶たれた武士たちは、口々に悲鳴を上げていた。

 「何事もない。戻りなされー。馬が、ぬかるみに脚を取られただけじゃ、心配は要らぬ、隊列を乱すでない、さぁ、戻りなされよ」と新右衛門は、冷静を装った。

 一行は、不安を抱えつつも従った。新右衛門は、馬の後ろに人壁を作らせた。

 溝尾茂朝は、光秀の様態を注視していた。

 「このままでは、不安を煽り、動揺が広がりまする。我ら三人の代わりを仕立て、隊を進ませましょう」

 「それでは、光秀様が・・・」と不安を抱く新右衛門に光秀は声を振り絞った。

 「心配は要らぬ、指示に従ってくれ、選択の余地はない、ことは・・・急ぐ」

 茂朝は、光秀の指示に尋常ではない危機感を察し、従った。

 溝尾茂朝は、近くの大木を見つけ、その影に光秀を隠した。

 仕立て上げた三人に口止めをし、蓑を深々と掛け、前に進ませた。新右衛門は、一行をその場からできるだけ早く、立ち去らせようと、陣頭指揮を取った。

 十三騎が立ち去るまでの時間は、途方もなく長く感じ取れた。

 一行が抜けきる時には、光秀はもう、虫の息だった。

 「光秀様、お気を確かに、光秀様~」

 溝尾茂朝と木崎新右衛門は、悲壮な面持ちで、光秀を見守るしかなかった。

 「茂朝、新右衛門に頼みがある」

 「何で御座りまする」

 「私の傷は、致命傷のようだ。そこで、そこでだ・・・かい・・・介錯を・・・」

 「そんな、そんなこと・・・」

 「武士の情けじゃ、た・た・の・む」

 光秀は、苦痛に苛まれていた。

 茂朝と新右衛門は、苦悶の表情を浮かべながら、重く頷いた。

 新右衛門が光秀を支え、茂朝が、一気に刀を振り下ろした。

 ビシュ、ゴトン。

 見る見る、ぬかるみが深紅に染まっていった。溝尾茂朝は、放心状態で立ちすくんでいた。茂朝は思った。このままでは、悲願の自害、土民に討たれた、いずれにせよ光秀様の名を汚すことになる。そう考えて、光秀の首級を近くの土に埋めた。

 首級さへ見つからなければ、何らかの手立てはあるだろう、それに期待した。

 時は、天正10年6月13日、深夜の出来事だった。


 一方、命かながら、逃げ帰った落ち武者狩りの輩は、住処に戻ると、恐怖を拭い去ろうと、立て続けに酒を浴びた。そこへ、村の長老の小島三左衛門が訪ねてきた。

 酒の勢いもあり、三左衛門は、中村長兵衛たちの武勇伝をしこたま聞かされた。

 いつものことだと受け流していたが、あながし嘘ではないのではと思うようになっていた。それを、決定づけたのは、彼らの寝言だった。

 恐怖にわめき、おののく、彼らの逃げ惑う光景が、目に浮かんだ。それほどに凄まじい、寝言だったからだ。小島三左衛門は、夜が明けるのを待った。虫の知らせというのか、ただならぬ不安を感じていた。彼らの話が本当なら、単なる落ち武者狩りでは済まされない。村にも災いが及ぶやも知れない。その心配が、体を突き動かした。

 村人から信頼の置ける者を数人伴い、彼らが襲ったという場所に、行ってみることにした。雨は上がり、一番鶏が鳴く頃だった。半刻程掛け、その場所に辿り着いた。

 辺りを見渡した。そこにあったものは、三人の亡骸だった。

 しかし、その惨状は長兵衛が語っていた内容と掛け離れていた。

 長兵衛は、光秀の脇腹を刺して、逃げた、というものだった。

 そこにあったのは、切腹したふたりの亡骸と、首なしの亡骸だった。

 首なしの亡骸の豪華な鎧には、明智光秀の家紋である桔梗が雨に洗われ、鮮やかに浮き出るように目に飛び込んできた。

 小島三左衛門たちは、近くを探した。足跡があった。それを頼りに辺り探ると、不自然な茂みがあった。そこを掘り返してみた。

 「わぁーーー、これは・・・」

 それは、布に包まれた首だった。

 その首が、明智光秀かは、三左衛門たちには、判断出来なかった。

 三左衛門は、その処理について、途方にくれ、腰から力がスーッと抜け、その場に座り込んでしまった。その時、遠くの方から、ド・ド・ド・ドォーと幾多の足音が近づいてきた。三左衛門は、身の危険を感じながらも、腰が抜けて、動けなかった。

 足音の正体は、明智光秀の一行の有志だった。彼らは、深夜の山道の出来事に不信感を抱いていた。夜が明け、雨も上がっていた。にも関わらず先頭を行く者が、蓑を取らないで俯いていた。不審に思った者が、様子を伺っていた。怪しすぎる、声を掛けてみた。しかし、返事がない。よく見れば、身なり、体格も違う。

 「御免・・・」そう言うと、蓑を剥ぎ取った。足軽が、怯えたように佇んでいた。足軽から事情を聞いた武士たちは、半狂乱になった。幾人かが、不審な出来事が起こった場所へと引き返してきた。その武士たちと三左衛門が出くわしたのだった。

 「そなたたち、何をしておる」

 武士たちは、三左衛門の手元を見て、愕然とした。そこには、三人の亡骸が、横たわっていた。駆けつけた明智軍の間宮歳三は、怒りと驚嘆に任せ、小島三左衛門らを切り捨てようと刀を抜いた。

 「お・お・お待ちくだされ、お侍様」 三左衛門は、手を合わせて拝んでいた。

 間宮歳三は、ただならぬものを感じて、振りかざした刀を上段で止めた。

 小島三左衛門は、必死な形相で事の次第を述べた。歳三は気持ちを抑え、殿の仇を撃つことに怒りを集中させた。歳三ら数名は、三左衛門の案内で輩たちの住処へと急いだ。小屋の中の様子を窺うと7~8人のやさぐれた男たちが、寝ていた。蔵三にひとつの疑問が浮かんだ。このような者に光秀様が討たれたのか?そこで、その疑問を確かめることにした。間宮蔵三は、小島三左衛門に、酒と旅人の着衣を用意させた。

 トントン、小屋の扉を叩く音がした。

 「お邪魔しますぜ」 入ってきたのは、旅人の姿に酒を持った間宮蔵三だった。

 「なんでぇ、てめぇは・・・」

 「いやねぇ、三左衛門さんの所を尋ねたら、兄さん達が、ど偉いことをなさったって聞きやしたんで。こりゃ、旅の土産話にしない手はないと思い、ほれ、これでも、飲んでもらって、武勇伝を聞かせて貰おうと、馳せ参じやした」

 「長老から聞いてきたのか・・・まぁ、それなら、断れねぇな、まぁ、座りな」

 三左衛門の紹介と聞き、長兵衛は気を許し、事の次第を自慢げに話し始めた。

 間宮蔵三は、怒りを心に、必死の思いで笑顔を作り、聞き入っていた。

 「・・・そこでだ、木陰に隠れ、光秀が目の前に差し掛かった時、えいやって、槍を奴の右脇腹に突き刺してやったのよ。そしたら、馬から落ちやがってよ、それをきっかけに近くの侍たちが刀を抜いて、襲いかかってきやがって、これはやべぇって、命かながら、逃げ帰ったってわけよ」 続けて長兵衛の仲間が話に加わってきた。

 「でも、惜しかったよな、あの鎧、豪華だったのに、惜しいことをしたぜ」

 それを聞いて、歳三は我慢の限界を超えた。

 「そうですかい、光秀様をおやりになすったのは、おめぇさんちですかぇ」

 「そうだとも・・・俺様達じゃ、アハハハハ」

 「者共、我が主君の仇討は、この者達にそういない、かかれー」

 間宮蔵三の号令と共に、有志たちが怒涛の如く、小屋に流れ込み、あっという間に、落ち武者狩りの者たちを、切り殺した。

 間宮蔵三は、小島三左衛門に、村人数人と荷車を三台用意させ、亡骸の元へと急ぎ、戻った。亡骸をそれぞれ荷台に載せて、改めて、間宮蔵三は思った。

 不本意にも土民ごときに討たれた光秀様の無念。亡骸の状況から、光秀と護衛のやり取りが歳三には手に取るように分かった。自害を手助けし、介錯した護衛の者の気持ち。首級が見つかっても、秀光様と分からぬように、顔の皮を剥いだ時の気持ち。さぞかし、無念だったろう、そう思うと五臓六腑が抉られるような苦渋に胸を焦がしていた。間宮蔵三は、溝尾茂朝と木崎新右衛門の気持ちを受け継ごうと考えた。

 蔵三は、運搬の一行を止めさせ、溝尾殿、木崎殿の気持ちを一行に訴えた。

 一同の気持ちも同じだった。蔵三は、溝尾、木崎の首も撥ねた。その首の顔の皮を剥ぎ、筵に土と一緒に入れ、腐敗を進める試みを要した。

 

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