御門エリカの恋物語

【御門エリカの恋物語、前編】 気になるあの人

※時間軸は二学期の初め。旭が未だに壮一と琴音をくっつけようとしていて、空太の気持ちに全然気づいていない頃のお話です。



「どう、最近上手くやれてる?」

「はい、おかげさまで友達も出来ました」

「そう。なら良いけど……ところで、その大荷物は何?」


 その人は、私が両手いっぱいに抱えているノートを見て言いました。これは今日提出するための、数学のノート。係である私はクラス全員分のノートを持って、職員室に向かっている最中でした。その途中で、彼に合って声を掛けられたのです。


「何も一人でやる事無いんじゃないの?係は君一人じゃないでしょ」

「それはそうなんですけど、もう一人の係りの子は風邪で休んでいるんです」

「手伝ってくれる子はいなかったの?」

「それは……ミイちゃんとサヤちゃんが手伝うって言ってくれましたけど、悪いので断って……あ、ミイちゃんとサヤちゃんというのは……」

「新しく出来た友達、でしょ。だいたい分かるよ。けどせっかくの好意なら、素直に受け取ればよかったんじゃないの?」


 彼はそう言いましたけど、やっぱり悪いですよ。それに私は……正確には私の姉が、よく騒ぎを起こしては学校の皆に迷惑をかけているんです。妹の私まで、誰かの手を煩わせるわけにはいかないのです。だけどその事を言うと、彼はため息をつきました。


「君はくだらない事を気にしすぎ。確かにお姉さんは少し……いや、大分周りに迷惑をかけているけど、君は関係ないだろ。もしかして君自身が一番、自分とお姉さんは違うんだってことを分かってないんじゃないの?」

「あっ……すみません……」


 あまりに的を射た指摘に、恥ずかしくなって思わず顔をそむける。すると彼はため息をついた後、ポンポンと私の頭を撫でてくれました。


「まあ、あんまり考えすぎないことだね。で、これは職員室にもっていけばいいんだよね」


 そう言って彼は、私の持っていたノートの半分を手に取りました。


「あ、あの、先輩に手伝いをさせるわけには。これくらい運ぶのなんて、大したことないですし」

「ならその半分を運ぶくらい、もっと大したことじゃないって事だね。さっさと行くよ、エリカさん」


 口調はぶっきらぼうでしたけど、その声はとても温かく思えて、不思議と胸の奥がざわざわしてきます。

 歩き出す彼、日乃﨑空太先輩の後を、私、御門エリカは慌てて追いかけます。臨海学校の解きに仲良くなって、それ以来学校で私を気にかけてくれるようになった日乃﨑先輩。私は今日もこうして、先輩に助けられています。



              ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ねえ、エリカって日乃﨑先輩と付き合ってるの?」


 お昼ご飯を食べている最中、サヤちゃんが不意にそんなことを言ってきて、丁度お茶を飲んでいた私は思わずむせ返した。するとそんな私を見て、ミイちゃんが背中をさすってくれた。


「大丈夫、エリカちゃん?」

「うん、ありがとう。けどサヤちゃん、いきなりどうしたの?私が日乃﨑先輩と付き合ってるなんて、そんなわけないよ」


 いったいどうしてそんな風に思ったのだろう?するとサキちゃんは疑わしそうな目を向けてくる。


「ええー?でもさっき、一緒にいるところを見たよ。しかも先輩、エリカのことを名前で呼んでたし」

「サヤちゃんだって名前で呼んでるじゃない」

「何言ってるの?男子と女子とでは重みが違うじゃない」


 確かに。サキちゃんの言っている事はよくわかる。だけど本当に違うのだ。

 日乃﨑先輩が私のことを名前で呼ぶのは、私が『御門』という苗字で呼ばれることを嫌がっているから、気を使ってくれているだけなのだ。苗字だと、この学校ではどうしても皆お姉ちゃんのことを連想してしまうから。

 こんな理由で名前で呼んでもらっているだなんて、恥ずかしくて言いにくかったけど、このままだとあらぬ誤解を生みかねない。恥ずかしいのを我慢して打ち明けると、案の定ミイちゃんもサキちゃんもクスクスと笑う。


「何だ、そんなこと気にしてたんだ」

「わ、私にとっては重大な事なんだよ」


 そう答えながら、ふと日乃﨑先輩に言われた事を思い出す。お姉ちゃんと私は姉妹だけど、だからと言って気にすることは無い。先輩はそう言っていた。なのに私は我儘で名前呼びなんてさせて、先輩は迷惑ではないだろうか?今まで考えた事も無かったけど、こんな風に誤解を招く事もあるわけだし。


「ど、どうしよう。名前呼びさせるだなんて、私、日乃﨑先輩に迷惑をかけてるんじゃ……」

「うーん、そこまで気に病む必要は無いんじゃないかな?けど、あの日乃﨑先輩と仲が良いなんて、ちょっと羨ましいかも」

「ああ、確かに。日乃﨑先輩、人気あるからねえ」


 ミイちゃんとサヤちゃんの言うように、日乃﨑先輩は女子人気が高い。背は少し低めだけど、テニス部に入っていて運動が得意で、整った顔立ちも相まってファンが多いのだ。


「エリカ、何なら本当に付き合ってくださいって言ってみたら?日乃﨑先輩だって案外、エリカの事、良いって思っているかもよ」

「ええっ⁉」


 いきなり何を言い出すの⁉


「私は別に、日乃﨑先輩と付き合いたいとか、そう言う大それた事は考えてないから」

「とか何とか言いながら、本当のところはどうなの?本当はエリカ、日野佐紀先輩の事好きなんじゃないの?」

「うん、エリカちゃんって先輩と話している時、凄く幸せそうだもの」

「ミイちゃんまで……本当に違うから。本当に……」


 そう答えながらも、心臓はバクバクしている。これは図星を刺されて動揺しているんじゃなくて、慣れない恋バナをしている事にドキドキしているのだと、自分に言い聞かせる。そりゃ確かに日乃﨑先輩は優しくて面倒見が良くて格好良いけど……

 春乃宮さんは日乃﨑先輩の事をよく子供だと言っているけど、私からすれば随分大人に見える。むしろ春乃宮さんよりも大人びているような気が……って、ダメダメ、そんな事を思ったら、春乃宮さんに失礼だよね。春乃宮さん、か……


 さっきまで帯びていた熱が途端に引いて来て、頭の中がクリアになっていく。私はワクワク顔で日乃﨑先輩とのことを聞いてくるミイちゃんとサヤちゃんに、笑いながら答える。


「ははっ、私と日乃﨑先輩は、絶対に無いって。だって日乃﨑先輩、好きな人がいるもの」


 臨海学校の時、春乃宮さんに熱い視線を送る先輩を見て確信したのだ。先輩はきっと、春乃宮さんの事が好きなんだって。きっと私じゃ、割り込めないくらいに。


「え、日乃﨑先輩に好きな人がいるの?」

「大事件じゃない!相手は誰?これはファンクラブが荒れるよ」


 しまった、つい口を滑らせちゃった。勝手に言いふらしたりしたら、それこそ先輩に迷惑が掛かってしまうだろう。

 私は何とか二人を宥めて、話を終わらせるのだった。

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