心壊ドリーマー

みぐゆ

プロローグ



 ーーー春。



 それは出会いと別れの季節。苦楽を共にしたかつての仲間との別れを惜しみ、新しい仲間との出会いに胸躍らせる季節。


 俺は最寄駅で電車を降りて、学生の通学路となっている川沿いの桜並木の下を歩く。生徒のほとんどは電車通学のため、他の生徒もその道を通り、皆談笑を楽しみながら学校へと向かっている。


 川沿いに続く桜は、四月下旬の今では既に満開時期を過ぎており、花弁が風に揺られては地面へと落ちていく。


 俺は独り言を呟きながら、空に目線を移す。


「今日もいい天気だなぁ」


 薄桃色の桜の隙間から覗く群青に染まる空には、白い羊雲が気ままに泳いでおり、暖かな日差しが木々の隙間から降り注ぐ。


 高校二度目の春は、平凡な毎日を渇望する俺にとって、実に平和にゆったりと時間が過ぎていた。


隼人はやと!おっはよー!」


 背後から俺の肩を叩きながら、満面の笑みで挨拶してきたのは俺の幼馴染みの白井千花しらい ちか


 黒髪のショートヘアーが特徴的で、いつも笑顔を絶やさない活発すぎる幼馴染だ。


「あ、おはよう。千花」


 俺は振り向きながらそう挨拶し、千花はごく自然に俺の隣を歩く。


 やはり今日も追いかけてきたか。


「もー!なんで今日も先に行くのかなー。私、隼人が迎えに来てくれると思って待ってたのに。おかげでここまで走って来ちゃったよ」


 千花は額に汗をかきながら残念そうに肩を落とし、口をすぼめる。


「いつも言っているだろ?俺は一人で登校したいんだ」


 高校生にもなって幼馴染みと毎日一緒に登校なんて、とてつもなく恥ずかしい事を堂々とする勇気はない。


「えー、何それ。隼人、なんか最近冷たくない?」


 千花は置いていかれる事が本気で嫌だったのか、俺の脇腹を軽く突きながらふてくされる。


 千花は言わば俺の妹のような存在だ。


 俺の二つ隣の家が千花の家であり、近所に歳の近い子供は俺と千花しかいなかった。また、幼い頃から親同士の仲が良かったため、必然的に俺と千花も幼い頃からよく遊んでいた。


 幼稚園から現在まで同じ学校に通い、偶然にも同じクラスで授業を受ける。


 そんな漫画のような関係を今まで続けている。隣にはいつも千花がいて、いつも変わらず笑顔で俺に話しかける。それが俺にとっての日常であり、常識だった。だからか、恋愛対象として見ることはできない。


 周りの友達は俺を羨ましがるが、千花と少女漫画のような展開になることは勿論ない。むしろ、恋愛対象として見る事に抵抗さえ感じる。


 ただ、千花が大切な存在であると認識していることは確かだ。


 しかし、周囲からは俺と千花の距離が近いという理由だけで付き合っているのではないかと勝手に思われてしまう。そのせいで会ったことのない男子からも妬みを買われることも多い。


 この間も机の中に呪いの言葉を綴った手紙が入っていて本気で怖かった。


 どうして俺がそんな身に覚えのない恨みを買わなければならないのか。


 俺はそんな目にあいながらも頑なに否定し続けているのだが、千花は満更でもなさそうで、照れ臭そうに頷くだけだ。


 それが余計に俺と千花の付き合い疑惑を迷宮入りさせている。


「折角隼人とまた同じクラスになれたのに、つれないなぁ」


「俺は平凡に生きたいからな。


 お前がいると、何かと面倒事に巻き込まれるんだよ」


 こいつと話しているだけでも、クラスの男子から恨まれるのだ。


 このままでは平凡に生きる事が難しくなる一方だ。


「またまたぁ。そんな事言ってても、なんやかんや私を助けてくれるのが隼人の良いところだよね」


 千花はえへへと笑って照れる。


「俺に構わなくても、お前なら友達くらい沢山いるんだし、その子と行けば良いだろ」


 なんでわざわざ俺と一緒に行こうとするのか。理由は予想できるが言いたくない。


「友達とは学校でまた会えるからいいもん。でも、隼人は教室に入ったら私と話してくれないでしょ?」


「話さないんじゃなくて、話したくないんだ。ただでさえ変な噂が広まっているのに、そんな火に油を注ぐような事は自分からはしないさ」


「ふーん。


 じゃあさ、もし私が誰かに告白されたらどうする?」


 千花は俺の目をまっすぐに見てそう言った。


「……唐突だな。お前が誰かに告白されたら?うーん。多分、全力で応援するだろうな」


 俺がそう答えると、千花は一瞬だけ悲しそうな表情になるが、すぐに元の笑顔に戻る。


「もー。そんなんだから、いつまで経っても彼女の一人もできないんだよ、隼人は」


 驚いた。千花の今の反応は引っかかるな。


 なぜだろうか。


 いつもなら、すぐに笑い合えたはずだろ。冗談だって笑えば済む話だろ。そんなショックを受けたような顔をしないでくれよ。


「あっそ。けど、別にお前に関係ないだろ」


 この話はしない方がいい。お互いの気持ちは、知らない方がいい。これは、俺のわがままだ。俺が、この関係を壊したくないから。



「関係なくないよ!だって私は……」



「おっはよー!二人共。朝から痴話喧嘩?相変わらず仲良いね。俺も混ぜてくれよ」


 俺の肩を組みながら話しかけてきたのは同じクラスの村田圭介むらた けいすけだ。


 硬式野球部の次期エースとして大いに期待されており、ガタイのいい体とスポーツマンなのに爽やかな雰囲気が女子にウケるのか、なかなかモテる。


「言っておくが、これは痴話喧嘩じゃないからな」


 俺は念を押してそう否定する。すると、圭介は笑って俺の肩を叩く。ちょっと痛い。


「喧嘩するほど仲が良いって言うだろ。いやー。朝から元気だなぁ」


 お前はもっと元気だな。まぁ、でも話を切り替えてくれて助かった。ナイスタイミングだ、圭介。


「朝からハイテンションの圭介に言われたくないな」


「だよね。圭介君が一番元気だし」


「ははっ!まぁ、それが俺の取り柄だからな!」


「それ以外特に取り柄なんてないもんね」


「ひどいっ!」


 よかった。いつもと同じ笑顔で圭介と話している。


 そうこうしているうちに俺達は学校へ着き、下駄箱で靴を上履きに履き替えてから教室へ向かう。教室は東棟二階にある二の一の教室だ。ドアには『二の一』と書かれたプラスチックのプレートがぶら下げられてあり、教室の中からは生徒達の楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 クラスは一学年で四つで、都内の学校では少ない方だ。一クラスは約三十人程度。都内の少子化が進んでいる証拠だな。


 新学期が始まった教室では、クラス替えによって仲の良かった友達は圭介だけになり、俺は圭介と一緒にいる事が多くなった。


 だから千花から話しかけてこない限りは、千花とは話さない。


 千花はというと、近くの席の友達と喋りながら、他の男子とも談笑をしている。その様子を遠目から見ていてもいつもと変わらない。そして、朝のホームルームもそそくさと終わり、面倒な授業が始まる。



「……年前、北朝鮮のアメリカへの核攻撃が引き金となり、第三次世界大戦が勃発。日本はアメリカの友軍として北朝鮮と対立することとなり、戦争は激化。そしてその七年後、アメリカ側が勝利を収め、旧日本は韓国および中国大陸の一部を新たな植民地として手に入れた。そして、日本国の名を改め、現在の日本大国が誕生した。その首都がここ、東京だ。東京都は権力集中により戦争時に激しい攻撃を受け、他の県との供給ラインを断たれることが多々あった。


 日本政府はその対策案として、権力を各都市に分散させ、他県との供給ラインを絶たれた場合でも独自の生活ラインを築き上げるために四つの区に分けられた。東京都の区はその名残により今でも東西南北で区切られ、たった四つとなった。東区、西区、南区、北区の四つだ。

 ここはその中の南区にあたるな」

 先生は黒板に内容をまとめて書きながらそう説明する。教科は日本史だ。

「南区の特徴は分かるか?村田」

「うぇっ!?」

 突然先生に当てられ、圭介は当てられないと思っていたのか、焦りながら立ち上がり恐る恐る答える。

「あ、えーっと。南区は海に面していて、主に漁業が盛んである……でしたっけ?」

「あぁ、正解だ。漁業以外にも貿易業も行なっているな」

 圭介はほっと胸をなでおろして椅子に座る。この先生は間違えたら内申点を下げられるからな。逆に答えられたら点数を上げてもらえるらしいけど、絶対答えられる自信がないと手なんて挙げられない。そんな自信があるのかというと。

「では、他の区の特徴を言える者はいるか?」

 あるわけもなく、誰も手を挙げようとせず、先生とも目を合わせないように視線をそらす。もちろん俺も、目を合わせて当てられないように逸らしている。すると、千花が静かに手を挙げた。

「はい」

「白井か。答えてみろ」

「はい、東区は都内でも人口が最も多く、観光業が栄えています。また、西区はオフィスビルが建ち並ぶオフィス街となっています。そして、北区は山林地帯となっているので、人口は少ないものの、農業が盛んに行われています」

「ふむ、正解だ」

 千花は賢い。いつもの陽気な姿からは想像しにくいのだが、テストでも高得点をよくとっている。成績も良くて性格が良くて、先生からの評判も良くて……って、俺の幼馴染すご過ぎないか。


 俺はそんなことを考えながら机の中からノートを取り出そうと手を入れた時、指先に覚えのない紙の感触を感じた。


「ん……?」


 机の中でその紙を取り出すと、それは手紙だった。白い封筒に入れられており、封は閉じられたまま。


「誰からだ?」


 俺は自分でこの手紙を机の中に入れた記憶なんてない。なら、誰かが入れたという事になる。


 これは、まさか。


 俺の脳内に瞬時に駆け巡ったのは、これがラブレターだという可能性。俺の机の中に入っていたのだから、その可能性は捨てきれない。だが、送り主の名前が書いていないので、ラブレターかどうかはまだ分からない。変に期待してラブレターではなかった場合、糠喜びになる可能性もある。


 けれど、俺の事を好いてくれている人がいるのなら、中を見てその人の思いに応えないといけない。そうだよな。見ないなんて送ってくれた人に対して失礼だ。少しだけ。少しだけ見よう。


 俺は授業中だという事も忘れて手紙の封を丁寧に開け、胸の高鳴りを抑えながら中の手紙の内容を確認する。


 そこに書かれてあったのは。


『gift→狂犬』


 の一言。


「……は?」


 gift。ギフト。つまり、贈り物。俺への贈り物が、狂犬?いやいや、まずこの手紙の意味が分からない。俺が首を傾げながらその文を読み終えると、書かれていた文字は唐突に透明になり消え。


「っ!!」


 そして、訪れたのは突然の耳鳴り。キィーンと、神経を削るような高音が警報のように脳に直接響き、俺の不快感を掻き毟る。


 続けて目の前がぐらりと揺れ、眩暈まで起こった。


「あ……っ……」


 胃がその不快感に耐えきれずに吐き気を催し、意識を手放そうともがく。なんだ、これ。


 考える暇なく、ガクンと体から力が抜け、視界が真っ黒にシャットアウトされ、俺は。


 気を失った。




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