第34話 第4の被害者

 食事と後片付けを済ませたぼくたちは、

 リビングの椅子にもたれてハカセさんの来るのを待っていた。


「おっせえなぁー」


 テーブルの上で頬杖をついたまま、

 あねごさんがうねり声をあげる。


「やっぱり起こしに行ったほうが良さそうですか?」


 時刻は8時半に差したところ。

 ぼくがハカセさんと別れたのが2時くらいだったから、

 およそ6時間は経っている。

 仮眠を摂るにしては多いくらいだ。

 もしかして? 

 いや、ハカセさんに限ってそれはない。


「このまま待ってても釈だから明日にしないか? 

 もう眠くて眠くて」


 リンゴ1個分くらい大きな欠伸をするあねごさん。


「そうしましょう。

 でもどうしますか、ハカセさんのカレー?」


 テーブルの上には、

 1枚の皿とカレー鍋とごはん鍋が固まっている。


「はあーあ、しゃーねーなー。

 メガネの分は冷蔵庫にしまっておくか。

 あたしカレー持っていくから、

 太朗はごはん、白は皿持ってきてくれ」


 キッチンに移動して、

 カレーとごはんを別の皿に分けてラップを被せ冷蔵庫に入れる。

 中央間へ行き2階へ上がるとあねごさんが、


「メガネの様子見てくるわ」

 と、ハカセさんの部屋のドアノブをひねる。


「鍵かかってるな。

 おーい、メガネー、起きろー」


 ドンドンドンと乱暴にドアをノックし始めた。


「朝まで寝かせてあげましょうよ」


「しゃーねーな。あたしも寝るわ。

 歯でも磨いてくる。

 つーか風呂もまだだった」


「あ、ぼくも」


 えりを摘んでクンクンと鼻を鳴らすと、

 吐き気をもよおすような汗臭さを捕らえた。


「一緒に入らねえからな」


 マッチ棒を横に2つ並べたようなジト目で、

 あねごさんは睨みつけてきた。


「わかってますって、白ちゃんは入ったの?」


 ぶるぶると小刻みに否定する。

 汗臭さに比例して入浴を考えていたが、

 浴槽は切断された足が浮いていて赤く染まっていたはず。

 例え清掃しても入る気にはなれないだろう。


「あねごさん、お風呂のことですけど、

 諦めたほうがよさそうですよ」


「ん? あっそか」


 一時停止していたあねごさんは、

 ぼくが言っていることが通じたらしく納得してくれた。


「歯だけ磨いて寝るか。お前たちも行くだろ?」


 脱衣所で歯を磨き、

 用を済ませたぼくたちは、

 各々の部屋に別れて就寝を摂ることに。


 部屋の電気をつけて窓辺に立った。

 無数の星と月明かりのせいで、

 森は薄い闇に染まっている。


 いよいよか。

 ぼくは枕元にある、

 サーベルタイガーの牙を連想するサバイバルナイフに目を送る。

 もちろん護身用と威嚇を兼ねて。

 本当なら使用しないで事が弾めばいいんだが。


 ガラス越しにぼくの姿が心霊写真のように薄く映る。

 歯を磨いているときにも確認したが、

 ほっそりとやつれているように感じる。

 記憶を失って4日が経つ。

 尋常じゃないことばかり起きて疲れが見え始めたのだろう。


 もう一息だ。

 もう一息で真相が明らかになる。

 窓から離れて、

 ベッドにうつ伏せに倒れ込み両手で枕を抱いて顔を埋める。

 このままだと眠ってしまいそうだ。


 枕から手を離し、

 くるっと反転して天井と対峙する。

 そっと目を閉じると、

 ドタドタと騒がしく足音が近づいてきたピタッと止まった。


「おーい太朗。起きてるか?」


 釘を打ち付けるようなノックオンが部屋中に広がる。


「どうかしましたか?」


 声の主はあねごさん。

 ベッドから飛び上がり鍵を外して開けると、


「メガネが! メガネが!」


 呼吸は荒く、肩は上下に弾んでいる。


「落ち着いてください」


 なだめると、

 あねごさんは手を大きく広げて胸に押しつけながら深呼吸をした。


「んなこと言ってる場合じゃねええ、早く来い」


 ぼくの手を掴んで部屋から引きずり出されてしまった。

 あねごさんの手は柔らかく汗がしみこんでいる。

 尋常ではなかった。

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